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日記
2014-11-07(金)
俺んとこ来ないか?

「俺んとこ来ないか?」
くしゃりと顔を歪めて僕に聞いたのは、暗くて淋しい世界から連れ出してくれた人だった。


*****

俺は所謂、育児放棄された子供だった。
生まれた時からゴミに囲まれた狭い世界で育ち、一度も外に出ることなく世界のすべてが糞ババアだけだった。ババアは昼間は死んだように眠り、夜になると蝶のように着飾って何日も帰ってこなかった。飯なんて思い出した時に大量に持って帰ってくるコンビニの弁当。生きるためにどのおかずが腐り難いかを、何度も腹を壊しながら学習した。
そしてある日、とうとうババアは帰ってこなくなった。

よくある話で、腐臭に耐え切れなくなった隣人からの苦情で見に来た管理人が、死にかけの俺を発見したって訳。


当時の記憶だと、管理人はたぶんまだ20代前半の若い男だった。何を思ったのか、男はすぐには通報せず俺を自分の家へ連れ帰った。その時に発した言葉が「俺んとこ」云々だ。
それまでの俺の世界は、俺を殴るババアだけだった。何度も罵られて、捨てられたと思いたくないのに体は動かなくて。寂しくて寂しくて、そんな時に手を差し伸べられたらどうなる?

欲しかったものが突然降ってきた。
それからの数日は、夢のようだった。
初めて微笑みかけてくれた男の存在が俺の全てに塗り替えられたとき、あっさりと繋いだ手は離される。

今思えば、当たり前だ。未就学の子供を行政が放っておくはずもない。似たような環境のガキを集めた施設に入れられた俺は、こうして2度捨てられた。
希望なんてのは、与えられてから奪われる方がきっと辛い。
ババアの時はまだ良かった。俺自身が半ば諦めていたんだ。でも次は駄目だった。
信じていいと縋った瞬間に振り払われた手は、伸ばしたまま空を掴む。ソンナコトナラ、ハジメカラステオイテクレタホウガ ズットヨカッタ ノニ

*****

「コウちゃんはさ、何であんな親の遺産食い潰して生きてるようなおっさんが良いの?」
「別に良くねーよ」
「嘘だねー。だって昔からこのマンションの前で隠れちゃ、ゴミ捨て場の整理するおっさん盗み見てるじゃん」
しかも中学卒業して園を出てから、3年。
そう言いながら俺の横でガムを噛むヨウジも、なんだかんだ言いながら毎回ついて来る。正直ウザい。何度か殴ったらヨウジの悲鳴でおっさんに見つかりそうになった事もある。あの時はヨウジ殺そうと思った。

可愛そうな子供が集められた場所で、俺は生まれ変わった。悪い方に。
もう大人なんて信じられなかったし、自分を好きになるような人間は信じられなかった。幸い俺はまともな飯を食えば急成長したし、顔の作りも非常に良かったので、生活していくには困らなかった。

園を出て一番金持ちの女の所に頼まれて転がり込んだ俺が、まず初めに向かったのは、懐かしい場所。

予め調べていた住所に向かい、一度しか見た記憶の無い外面を見上げても、何の感慨も無かった。
なのに……去る前に必死で盗み見た部屋番号の前に立った瞬間、怖くなった。
色褪せたインターホンを押して、出てきた男に俺はいったい何を言うつもりなんだ?
男が―――俺を、覚えてなかったとしたら?気づかなかったら?迷惑そうな顔をしたら?

「―――会える訳ねーだろぉが」
「ん?コウちゃん何か言った?」
「お前はボロ小屋へ帰れつったの」
「帰らないよぉ。コウちゃんもいい加減俺達と住もうよぉ。嫌々粘着質なお嬢様と暮らす事無いじゃん」
それにさ、とヨウジがつまらない事を企んでいる時にする表情で俺を見る。

「俺達、来月このマンションに引っ越しすんの」
「はあ!?」
「どーするー?俺達と一緒に住むー?」
「テメェ…どういうつもりだ」
「住む?住むよね。よし今からコウちゃんの荷物引き取りに行こー!」
「馬っ鹿、デカイ声だすなっ」

離れた場所で住人のゴミを分別する男に気付かれないように、俺は急いでヨウジをタコ殴りした。


※世捨て人冴えないおっさん←コウからのヨウジ×コウになるのか、おっさんがコウと気付かないままコウを好きになっちゃう系の話になるのか謎

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