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心の臓に触れた棘
2010-12-15(水)
薔薇バラ薔薇


甘い。噎せ返る様な甘さが鼻腔を燻って一護は重たい瞼をこじ開ける。
ガタンゴトン揺れる電車の中、過ぎ去る街灯の明かりが様々な影を生み出しては消し去っていく。切れかけの蛍光灯がチカチカと煩わしい。
虚ろな視界に入って来たのは目の前の白と金色。
黒のスーツをきっちり着こなした男は一護の目の前の席に座って長い脚を組み、どこかを見ていた。
男の膝に置かれた白百合の花束が電車に合わせて揺れる。かさかさかさかさとビニールと紙の擦れる音が泣いている様だ。
甘い。ああ百合の香りだったのか。
うっそりと囁く様に思う。百合の甘さか、はたまた男の纏った香水の香りか。それともそのどちらもが極上に甘いのか。夢心地の頭に巡る甘さが憧憬にも似た感覚が胸の内側に宿る。

「あゝ、目が覚めましたか」

ゴトトンゴトン。電車の規則正しいリズムの音と合わせるみたいに奏でられる音のなんと甘い事。甘い事。
ヤベ……この男…。
一気に眠気が吹っ飛び、目を大きく見開いた一護にニンマリと微笑みかけた男の影に囲われる。黒い影が似合わないと思ったのは男が持ち合わせている色彩がどれもこれも闇とは程遠かったからだろう。着込んでいるスーツでさえも男の明るくて甘い色彩を壊さんとばかりに自重していると言うのに。
自由を奪われた身体は鉛の様に重たいけれど、巣食われる前の心は清清しい程に空っぽで、そして男の甘さを含みほんわかと暖かくなっている。不思議だ、こうも目を奪われる輩に出会ったのは。
男の唇が動き言葉を成したのを見届けた後、一護の意識はストンと闇の中に誘われ墜ちた。








甘い百合の香りが夜に漂う。


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