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日記やネタ倉庫 思い付いた物を書くので、続かない可能性大。
2016-02-11(木)
とある龍の話5(江戸)

かあちゃん孫だよ
ようやっと産まれるんよ

やっとかい
やっとかい
良かったがぁ
ほれ、かあちゃんに触らせてみぃ
子当てをやってやるが

どうやが?

ああ
ああ
男の子だや
かあちゃんには分かる
男の子だや

ほんま?

ああ、ほんまやが

あは
あははははは!

どうしたが?

嬉しいんよ
この子はわたしん子よ
私達の子よ
女の子やったらダメやったが
男の子ならわたしんらの子よ
やったやったやったぁ!

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

日青は一座に戻った。

一座の知り合いだと名乗る陰陽師が彼に術を施してくれ、彼の肌は元の滑らかな物となり鱗はなくなった。

一座の者達は何処かに逗留しているようだったが、衰弱した日青は自分が何処にいるかと気にする余裕はなかった。ただ、親しい者に囲まれ、ふかふかな布団にくるまって安心しきっていた。毎日毎日、一座の者が来て自分を撫で、肩を叩き「よく、耐えた」「よく頑張った」と褒めて労ってくれるだけで嬉しかった。訪れる一座の者は枯れ果てた彼に美味なる水を与えてくれる。それはキンと冷えているが喉ごしは優しく滑らかで、飲み込むとすぐに体に染み込んで体の汚れを無くしてくれるような今まで飲んだ飛騨や米原の名水等と比べ物にならないくらい彼の体に合っていた。

美味い水をたらふく飲み、日青は満足で満ち足りていた。ただ、その満ち足りた気分をあの子にも味あわせてあげたいと心の中で思った。それは無意識の中にしっかりと刻まれた異なる願いで、願いは微睡みの中にたゆたって揺らめいていた。

仲間による手厚い看病と与えられる美味なる不思議な水。それにより、日青は凄まじい勢いで回復していった。三日も経つと、あの枯れ木のような様子が嘘のように日青の体は元通りになった。逆に、美味なる水のおかげか髪は艶々と輝きを増し、肌は張りを増してきめ細かくなり、瞳は綺羅綺羅と輝いてその黒さを増していた。外見は変わっていない、相変わらず彼の見た目は軽薄そうな美形なままで、性格も気弱であった。だが、その何かが満ち足りた彼は輝いている様でもあり、一種の神気を纏っていた。一座の者は日青の回復を喜びはしたが、複雑な眼差しで彼を見つめていた。ある日、水使いの年増が、綺麗になったねと彼に言った。その物言いに不思議に思った日青が、「姉(あね)さんの方が綺麗でやんすよ」というと、水使いの年増は優しさで悲しみを隠したような表情で彼の頭を撫でた。その笑顔は、日青の母の浮かべていた表情とそっくりだった。

回復してくると、周りを見る余裕も出てくる。日青がいる部屋は、広く古い家の匂いがした。厚く乾いた木の香りは不思議と甘く、日青の精神を癒していた。室内には日青が寝ている布団が敷かれ、右手には障子があり外は縁側なのだろうか紙を透かして太陽の光が差し込んでいた。また、彼の左手には簡素だが良き品だと一目で分かる衝立と座卓、花台が置かれていた。花台には南天の枝が飾られており、屏風には珍しい水の絵が描かれていた。日青はその屏風に強く心惹かれた。一座の者がいない時間は、その屏風を見つめていた。普通、屏風には美人画や水墨画が描かれるが、その屏風は一面が青色で塗りつぶされていた。ただの青一色ではない、場所によって薄くなったり濃くなったり、緑がかったり白みがかったり、絶妙な濃淡と様々な青色の使い分けによって水の流れや透明感が表現されていた。それは水の絵だった。

屏風をずうっと見ていると、次第にその中に引き込まれて水の中に浮かんでいるような気持になり、とても気持ち良かった。その屏風に触ろうとしたが、それはいけない事のように感じた。伸ばした手を引っ込めて、日青は慌てて布団の中に潜って屏風に背を向けて眠った。

だが、その晩。日青は目を冷ました。水の流れる音がしたのだ。雨でも降ったのかと起き上がるが、障子紙越しに差し込んだ月光が室内を煌々と照らしていた。満月だ。障子越しにでも分かる大輪の満月が、その月光を部屋の中にまで伸ばしていた。障子紙を通り過ぎた月光は室内を横切り、ちょうど屏風の位置で消えていた。それはまるで導くようであり、月光に誘われるように屏風を見つめる日青。

「なんと……見事な」

屏風のあまりの美しさ、生々しさ、深さ、透明感、それらが混ざりあった圧倒的な迫力に、日青は思わず感嘆を漏らした。月明かりを受けてぼうっと光る水の絵はまるで闇から浮かび上がっている様であり、陰影を濃くした絵の具は透明感を増して一種の凄みを纏っていた。水の滑りけ、水草の生臭い匂い、水が流れる落ち。存在しないはずのそれらを感じるくらい生々しい屏風は水気を発し、人を引きずり込むような魔性が潜んでいても不思議ではなかった

気付くと、日青は屏風に触れていた。その両手は掻き抱くように、苦しむように、歪に力を込められて筋が浮き、だが触れるかどうかの力加減で優しく絵の表面を触れていた。

「ああ、ああ」

日青の口から狂おしくも艶かしい声が漏れる。最初は手で触れる程度だった。次第に額を付け、頬を擦り寄せ、肩や胸、腹までをピッタリと屏風の表面に合わせ、その様は絵の中に入ろうとしているが如しだった。

コポコポコポコポ

屏風に耳を付けると、彩色が施された紙の向こうから水の音がした。生まれる前から聞きなれた子守唄は日青に強烈な眠気を与え、彼を深い眠りの底へ引きずり込むのだった。

その次の日の朝。

朝日が差し込む室内。まるで子供の様に体を丸め、部屋の中央付近の畳の上で眠る日青の体には冷えぬようにと一枚の衣が掛けられていた。健やかな寝息を立てる日青の傍らには幾つかの影が蠢いていた。術者の霊力と、依代となる小物の魂によって形作られる者達。それは都では式神と呼ばれる類いの者であったが、術者の力量が凄まじいのだろう。手のひらに乗りそうなほど小さいなりをしているが、その霊力はつまらない妖怪程度ならば霧散させてしまうほどの強さを持っていた。

「昇ったね」

日青の足元にいた牡丹が言った。

「ああ、昇った」

日青の腕に座っていた椿が言った。

「報告せねば」

椿の反対側の楓が言った。

「綺麗だね」

日青の前に立つ芭蕉が言った。

「来るよ」

牡丹が振り向いた。

「くるくる」

椿が笑った。

「主様の御呼びだね」

全員が歓声を上げて、この楽しい見世物の顛末を期待した。

あの強大な雨竜はどうなるのか
あの美しい花嫁の青年はどうなるのか
あの武らかな武士の少年はどうなるのか
そして、この竜はどうなるのか

愉快な顛末になりそうだ

彼等の主が大好きな、一人が不幸になって全員が救われる
腹を抱えて笑い転げる

そんな愉快な顛末になりそうだ

遠くから聞こえる足音を聞いて、日青の周りにいた式神達が一斉に消える。残ったのは健やかな寝息を立てる日青と屏風のみ。その屏風には、【水面から昇る太陽】が描かれていた。

朝だ朝だ

陰の夜から、陽の気に溢れた日中に変わる狭間だ

何処かで屋敷の主が笑った

【さあ、証明はされた。可愛い弟子と憐れな竜を助けてやろう】

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