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「雨と優しい痛み(呂呂)」
季節の変わり目に降る雨は、事の他気分を落ち込ませる。
日に日に冷え込みが増す晩秋に、冷たい雨が大地を濡らす。木々の葉から零れる雫が爆ぜる音が、まるで旋律のように奏でる。

窓から吹き込む冷えた風と雨の匂いを感じ、呂蒙は手にしていた筆を硯に降ろす。
そろそろ陽も傾く時分と思い、戸を閉めようと席を立つ。

ズキッ
「つっ!」
突然左肩を走る痛みに、右手で抑えながら再び椅子に座る。
身体の中から湧く鈍い痛み、鼓動と同じ速さで襲う。痛みを鎮めるつもりで掌で撫でるものの、それは気休めでしかなく。
「やはり、こんな日は痛むというのは、本当らしいなぁ」
仕方がないと苦笑い。左肩を抱いたまま外を眺め痛みが引くのを待つしかない。椅子の背に凭れ深く座る。
雨の音と、鼓動の音が重なるような気がした。


「呂蒙?」
じっと座ったまま動かない呂蒙に、執務室に入ってきた呂布が怪訝そうに声をかけた。
手にかかえた書簡の束を手近な机の置くと、そのまま呂蒙の傍に近づいた。
「どうした?、寝るなら部屋に行け」
「残念ながら、眠れそうにはない」
素っ気無い呂布の言葉を気にせず、呂蒙は左肩を無意識に摩る。痛みはまだ鎮まらない。

「雨の日は古傷が痛むなどと、迷信だと思っていたのだが…」
「…痛むのか?」
「ああ。どうやら本当らしい、自分が経験してみないと分からんものだな」
呂布は手を伸ばすと、突然呂蒙の着物を掴んだ。そのまま一気に襟合わせを割り開き、左肩を露にする。
鍛えた逞しい肩が目の前に晒される。
「お前は!いきなり何なのだ!」
「ふん、傷は残っていないようだが、何をした?」
「そういう事なら口で聞け!」
しげしげと生肌を見た呂布は、特に興味は無さそうに尋ねる。
呂布の突拍子も無い行動にそろそろ慣れては来たと思っていた呂蒙だが、はやりまだだと思い直しながら、真っ赤な顔で脱がされた着物を直す。

「若い頃に、馬から落ちてな。その時に左肩を痛めたのだ」
「ほう、落馬で肩一つ痛めただけで済むとは、お前は運が良い。そのまま馬に踏まれ蹴られて逝く者もいるというのに」
「冗談でも縁起の悪い事を言わんでくれ、あの頃は…色々と無茶をしたのだ」
「お前の無茶は今に始まったことではないのか。其れは初耳だ」
冗談を交えて話しながらも、呂布は開けたままだった窓の戸を閉め、置いたままの書簡を手に取るとそれを呂蒙の座る執務机の上に置く。
「若気の至りという奴さ、まさかこんな責務を背負う任に就くなどと考えもしなかったが…」
目の前に置かれた書簡の一つを手に取り、開いた中身に目を通す。
「こんな物も、満足に読めなかった俺が、今では城の太守だ。世の中分からんもんだ」
「それに、この俺を部下に従えるなど、夢でも思いつかんだろう」
「そうだな」
痛む肩を摩りながら、次々に書簡に目を通す呂蒙。
そこへ、そっと触れる呂布の手。肩に乗った大きな手が、痛みごと呂蒙を包み込む。
「呂布?」
「痛むなら、今日はコレぐらいにしておけ、呂蒙」
「いや、お陰で大分楽になった。もう少し続け…」
「呂蒙」

ガタンっ!
主を失った椅子が、床に倒れる。
「うぉ!、降ろせ!」
「止めておけ、これ以上痛む傷を付けたくないだろう」
「何をする気だ!?、担ぐな!歩く!自分の足で歩くから降ろしてくれ!呂布!」
武人としてそれなりに逞しい身体の呂蒙を軽々と担ぎ、呂布はそのまま執務室を出る。
城内の通路ですれ違う従者たちに見守られながら、向かう先は呂蒙の私室。
こうなっては聞く耳を持たない呂布を身を持って知っているだけに、呂蒙は抵抗を諦めざるを得なかった。

収まってきたはずの古傷が、再び痛み出しそうだった。


私室に入るとそのまま寝室へ、文字通り放り込まれた。

「薬師に痛みを抑える薬湯を調合させる。其れを飲んで大人しく寝ろ」
「大袈裟だな、唯の古傷だぞ?」
「お前は!、己の責務を全うしたくないのか!、無茶は昔からだとは分かったが、それを改めん言い訳にはならんぞ!」

突然声を荒げ諭す呂布に、呆気に取られた。
その表情は真剣だった。

「今の事だけではない、お前は一人でこの城を守る気でいるな?」
「そんな事は無い、此処に集まってきた民と仕えてくれる皆と共に」
「ならば、俺にも頼れ」
「…何?」
呂布の大きな身体に包まれた。頭上に感じる息遣いが呂蒙の癖のある髪を僅かに揺らす。
髪に鼻先を埋めながら。静かに問いかける呂布。
「何の為に俺が傍にいると思っている。お前との約束など、とうの昔に捨てたというのに」
「それは…分かっている、分かってはいるのだが…」
「だが、何だ?」
呂蒙は少し顔を上げれると、そこで見下ろす呂布の視線と合う。

かつては、己の身体を代償にこの武人を手元に留まらせていた。
城を守る為、乱世を再び起こさない為に、過去の鬼神を身の内に隠そうとしていた。
しかし、呂蒙一人で隠せるほど呂布という存在は容易く小さくはなかったのだ。

何時の間にか、囚われていたのは呂蒙の方だった。

何物にも捉われない信念と強さを持つ、この鬼神と呼ばれた男に。

「お前に、甘えたくは…ないのだ。俺はお前に仕えて貰えるだけの強さを、失いたくはない…」
「誰が甘えろと言った?、俺は頼れと言ったぞ」
「…は?」

意味が、意思の疎通に若干のズレを感じた。

「頼る事と甘える事は違う。甘えは、己の研鑽を怠り他者の力を当てにする、堕落した奴がする事だ。だが頼る事は違う。信じる者と力を合わせて自身を高めようとする事だ」
「…はぁ…」
「何だその反応は。俺は真面目に言っているのだぞ」
「いや…それは分かるのだが…、何と言うか、至極真っ当な弁論に、目の前に居るお前が本物の呂布かどうか見定めていた」
「呂蒙…俺の事を考え無しの無頼者と思っているな」
「ああ、だがその考えを今改めた。いやまったく、正論だ」
「呂蒙!!!」

呂布が語った持論は、確かに当てはまる。甘えは一方的な依存になりかねない。
しかし仲間に頼る事は、力を合わせることが前提にあると、そう言いたいのだろう。

突拍子も無い言動も、身体を代償に求められたことも。
思えばその根底には、呂蒙に対して何らかの意図があったのだ。

怒鳴りつつもその腕は解かず、相変らず呂蒙を抱きしめたまま呂布は憮然と構えている。
乱暴でも触れて来るときは、ちゃんと暖かい優しさを持っている腕。

一方的に受け入れるだけだった関係から、踏み出したのは呂蒙の方。
ならば、何を躊躇することがあるだろう。

「呂布、頼みがあるのだが、いいか?」
「ああ、存分に頼れ」
呂蒙はゆっくり腕を伸ばし、呂布の背に手を添える。それに気付いてか、更に強く抱き締められる。
「古傷は、寒さでも痛むらしい…。今宵、温めてくれないか?」
「いいだろう、痛む隙も無いほどに温めてやる」

誘いの言葉に一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに嬉しそうに微笑む。

どちらかともなく近づく。

口付けは、今宵の約束。


雨の音が静かに奏でる。
まだ不確かで戸惑いながらも、寄り添い進もうとしている二人を癒すように。


(いきなり進展してますが、その話も何時か書きたいです。…需要は無いと思われますが)
(落馬=事故=実話。後遺症は歳を取るごとに痛みを増す)
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