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「雨が包む二人(呂呂)」
筆を持つ手を休めると、椅子の背も垂れに深く座る。
何気なく触れる左肩、この季節になると違和感を持つ痛み。
若気の至りは歳を追うごとにその重さを増す、衰えてゆく身体には、顕著に現れる。
窓から外を見れば、遠くの空に浮かぶ灰色の雲。
湿った風に冷えた流れも感じ、間のなく雨雲が居城の上空にも辿り着くだろうと思う。

左肩を抑えながら席を立つと、其処に書簡の束を抱えた呂布が現れた。
「あの毛色の変わった猿め!、次は返り討ちにしてくれる!」
「また甘寧か、懲りないな」
「お前の躾が成ってないからだ、馬鹿は甘やかすと図に乗るぞ」
「そうか?、呂布は聞き訳が良いのにな」
「俺と奴を同等に…ん?、それは俺が馬鹿だと言っているのか?!」
「手間のかかる奴ほど、構いたくなるものだぞ?」
怒る呂布の頭に手を載せ、良い子良い子と撫でる。
背の高い頭に伸ばした腕、怒りながらも振り払うことはしない呂布。
手に抱えた書簡を机に置くと、そのまま呂蒙を抱き締めた。
「雨が降る、お前はもう休め」
「運河の治水の件は、呂布に任せても良いのか?」
「その程度の仕事、港の者共に任せておけ、指示が無くとも充分に働く」
呂蒙の左肩に添えられる、呂布の大きな掌。
古傷の痛みを癒やすように包み込む、何度も守られ救われてきた。
痛みの中に感じる温もりを、何度も分け合ってきた相手。
恥ずかしさに拒んだ昔を懐かしむ、今は気兼ねなく身を預けられる、委ねられる事を望む愛おしい男。
「薬は要るか?」
「いや…、お前が居れば…それで良い」
甘えではない、共に過す残り少ない時間を精一杯生きる為に、信じて頼る。

微かに聞こえた雷鳴。
窓の外に視線を向ける事無く、呂布の腕の中で呂蒙は目を閉じた。


静かにざわめく音。
厚い雲が日差しを遮り、昼間でも薄暗い寝室の窓から吹き込む湿った空気。

前日の暑さを忘れさせるような肌寒さは、降り続ける雨のせい。

大地と木々の葉を濡らす音が、静かに続く。
それは胎内を流れる血液の音にも似て、横たわる身体を包み込む。
目を閉じると、眠りの淵に誘う音と、踏みとどまる意思。
ただ、こうして眠る日々を過す。それでも一日でもと望む人の為に、雨の音を聞きながら眠る。

「---う、---もう、呂蒙!」
「ん…む」
雨の音を遮る名を呼ぶ声に、瞼を開けばそこには愛おしい男の顔があった。
頬に触れる手も、何時もの労わる優しい手だった。
「ど…した?…呂布」
「どうしたではない!、驚かせるな…」
安堵したように身を倒し、呂蒙を抱き締める。
暖かい、風に冷やされた空気も温めるように、そこに生気が戻る。
「呂布よ…も…少し、腕…痛いぞ」
「これくらいで根を上げるな、生きている証拠だ…喜べ」
「うむ…だが、これでは、お前の顔が、見れんぞ」
言われて顔を見せる呂布は、何時ものように憮然としたしかめっ面で、不安があると見せる表情だった。
そして、呂蒙は察する。
「大丈夫だ、俺はまだ…逝かない」
「当然だ、俺に断りもなく勝手に逝く事は許さん!」

命令する呂布に、微笑みながら頷く呂蒙。
もう少し、望むならばもう少し。

優しい雨の音に紛れて、零れる涙が沁みる音。


夜が明けて、雨が上がった朝は心地よい。

居城に引き込んだ大河の流れ。交易の要となる運河の港には今日も船が行き交う。

手漕ぎの小船には網を載せ、川魚を捕らえる漁も生活の大事な営み。
暮らしの糧を自らの手で得る、命の理。

日々続く、今を生きる。

港に立ち寄った呂布に、人々は恐縮し頭を下げる。
船から水揚げした篭の中は大漁らしい、生きの良い魚が跳ねる。
「おい、その魚の中で一番旨いのはどれだ?」
言われた漁師は身の厚い大きな連魚を指すと、呂布はそれを手に取った。
「後で城に来い、本当に旨かったら褒美をやる」

昼餉の香りが漂う頃、呂蒙の部屋に運ばれた食事には魚料理。
蒸した身に控えめな調味料、香草の香りが淡白な身を芳醇な味わいに変える。
箸で簡単に解れる白身の魚料理。
今の呂蒙の身体には、丁度良い食事だった。
「旨いな、脂が乗っていてそれでいてしつこくない」
「気に入ったか?」
「ああ、呂布は魚の目利きも出来るようになったのだな」
少しづつ、ゆっくりと口に運ぶ呂蒙を見守りながら、呂布は満足そうに笑う。
床に就いたままの昼餉の時間、呂蒙の身体を労わりながら夏の暑さを凌ぐ。
「交易船だけではなく、漁船も増やすか」
「そうなると、新しい船着場も整備しないといかんな」
「任せておけ、直ぐに作ってやる」
「頼もしいな、本当に…お前が居てくれて良かった」
信頼の微笑が愛おしい。

一日でも長く、この微笑の傍らで添い遂げてやりたいと、呂布は強く願った。


※病床末期の呂蒙と介護する呂布※
※この後、呂布は太守の任を引き継ぐ。※
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