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「愛を請う(呂呂)」
執務室に吹き込む風に、若葉の匂いが微かに漂う。
風が揺らす葉の音と共に、近づく足音に呂蒙は気持ち身構える。

仕事机の前にやって来た呂布は、憮然とした態度で立つ。
「呂蒙、一緒に来い」
「今でないとだめな事か?」
「そうだ、今だからこそだ」
「…わかった」
呂蒙は小さくため息をつき、筆を置いて立ち上がった。
予告もなしに同伴を強要されることは、すなわち「約束」を意味する。

何時如何なる時も、呂布の要求に応えること。

呂布が副官として太守呂蒙に仕え、居城の復興に尽力する。
その見返りの要求は、立場を超えた交わり。
肉欲の捌け口として扱われた、数日前の夜を思い出し知らず知らずの内に唇を噛み締めた。
呂布の後ろを付いて行く、その先に辿り着く場所。

「此処に座れ、正座でだ」
「何をする気だ?」
「さっさとしろ!」
連れて行かれた先は城内の庭園。廃墟同然だった居城の建て直しも進み、荒れ放題だった草花が生い茂る庭園も手入れが進み憩いの場に相応しい彩りになった。

その一角、梅の木の元に腰を下ろした呂布は、そこに正座するように呂蒙に命令した。
どっかりと座る隣、新芽が伸びたばかりの芝生を叩き座る様に催促する呂布に、一体何をされるのか不安になりながらも呂蒙は言われたとおりに正座した。

「よし」
「お、おい?!」
座った呂蒙の足の上に、呂布が頭を乗せた。
所謂、膝枕。
もぞもぞと置き所の良い場所を探して頭を動かし、収まりの良い場所を見つけたのかそのまま動かなくなった。
「このまま耳かきをしろ」
「は?」
「ほら、これを使え」
呂布は寝たまま懐から一本の棒を呂蒙に差し出す、それは耳かき棒。
手渡された耳かき棒と、頭を預けたままの呂布の横顔を見比べ、呂蒙は改めて確認した。
「ここで、膝枕をしながら耳掃除をしろと?」
「ふん、それ以外で何かできるならやってみろ」
「いや、俺がしたいことは別にないが…それだけで良いのか?」
「ああ、それでいい」
「わかった、大人しくしててくれよ?」

呂布の耳の中を掃除しながら、黒い髪を撫でる。
木陰から降り注ぐ日の光に、その黒い髪は艶やかに光る。
「痛かったら言ってくれ」
「その前に、痛まぬようにしろ」
時折くすぐったいのか肩を揺らす呂布に、気を使いながら耳掃除に勤しむ呂蒙。
「なかなか上手いな」
「お前が大人しくしていてくれるからだ、反対もするか?」
「任せる」
ごろんと寝返りを打つように、反対側を向ける。
呂蒙に任せたまま、瞼を閉じて大人しくしている呂布。
静かに穏やかな風の吹く、そして木陰が揺れる。

耳掃除が済んだ頃、風に乗って何処からともなく食欲を刺激する香りが運ばれてきた。
「そろそろ昼餉だな…、何時までこうしている気だ?」
「俺の気が済むまでだ、大人しく従え」
「しかしな…」
どうしたものかと思案している呂蒙の視界に、こちらに向かってやってくる人影に気付いた。
城に仕える使用人が、盆を持って来るとそれを二人の前に置いた。
盆の上には二人分の食事が載せられている。
「ご苦労、お前達も休め」
「これは…」
呂布の指示に従って頭を下げた使用人は、そのまま建物の中に下がっていった。
起き上がった呂布は、配膳の昼餉に手を付ける。
正座しながら足を拘束されていた呂蒙は、開放された足を伸ばし胡坐をかいて座りなおすと、目の前に並んだ昼餉の膳を見つめた。
二人分の食事を、二人きりの場所に用意させていた。これはどうゆう事なのだろうかと、呂蒙は怪訝そうに呂布を窺い見る。膳に手を付け様としない呂蒙に呂布は不思議そうに声をかけた。
「どうした?、食わんのか?」
「何故これを…此処に運ばせたのだ?」
「飯を食うのに理由が要るのか、お前は」
「そうゆう事ではない、わざわざ外に運ばせることも無いだろう」
言われながら漸く食事をする気になった呂蒙は、やはりまだ納得していないようだった。
一口食べると、また隣に視線を向ける。
その視線には、不安と戸惑いが見え隠れ。このまま何も無く開放されるとは思っていない、強要される約束をまだ果たしていない。
「昨日、昼餉を取らなかったらしいな」
「え?、ああ…確かに、仕事が片付かなくてつい食べ損ねてしまってな」
「お前は一人だと食べることすら満足に出来んのか、世話の焼ける太守だ」
もっきゅもっきゅと、食べながら話す呂布に聊か眉を顰めながらも、言われたことは間違いではなく自身の落ち度だと反省する。
それと今の状態と何の関係あるのだろうか。
「食べろ」
「ああ、わかった」
命令されて食べるというのも気分は良くないが、黙って食事を済ませることにした。
食べ始めた呂蒙を見つめ、呂布が目を細めた。

お茶で食後の喉を流し、ほうっと一息ついた。呂布は空になった膳を見届けるとそれをそれを脇に下げ、呂蒙の肩を掴みそのまま身体を引き倒し呂布の足に頭を乗せられてしまった。
「何をする?!」
「今度は俺が耳かきをしてやろう」
「何?!」
「お前も好くしてやる」
何時の間に取り出したのか手には先程の耳かき棒、呂蒙の頭を押さえつけ不適に笑う。
その顔だと手にした唯の耳かき棒すら、鋭利な凶器に見えてしまう錯覚、呂蒙は慌てて身をよじって逃げようとする。
「遠慮する!必要ない!」
「黙れ、大人しくしていろ」
「ひっ?!」
思わず漏れた引き攣るような悲鳴、ぐっと瞼を閉じそのまま身体を硬くして耐えるしかない。そう覚悟した呂蒙は耳に襲ってくるだろう痛みを想像した。
しかし、そのまま何も起こらない。頭を抑えていた手は髪を撫でながら肩へと下りていた。
「呂布?」
「何を怯えている?、俺か?、それとも俺にされる事か?」
低い声が耳元に落ちる。それは静かに問い掛ける。恐る恐る瞼を開き、下から見上げると逆光で陰る呂布の顔があった。
苛立ちの表情ではない、しかし穏やかでもない。何とも言いがたい複雑な表情のまま見下ろされている。
「俺は…」
「答えろ、お前に拒否権は無い、そうゆう約束だ」
「約束…」

何時如何なる時も、要求に応じる。

其処に呂蒙の意思は含まれない。拒むことは許されない関係。
「約束は…守る、しかし…突然に彼是と強要されると…戸惑うことは…ある」
「なるほど、何をされるか分からないから怯えるのか」
「ああ、だが…俺にも限度というものが…」
たどたどしく答える呂蒙の顔に、自身の長い髪が覆い隠すように動く。呂布はその髪を指で掻き分け頬に触れる。
その動きに、夜伽で触れられる愛撫を連想させ無意識に身を震わせた。まさか屋外のこんな陽の高いうちに求めることは無いだろうと、祈る気持ちで呂布の言葉を待った。
「ふん…事前に断りを入れれば、素直に応じるか」
「だから限度というものを…」
「では、その都度お前の言う限度とやらを示せ、そうすれば過度な要求はせん」
「本当か?」
「俺とてそれくらいの節度はある、無理を強いてお前に逃げられては、折角の楽しみを失うからな」
驚くべき事に、あの呂布が譲歩するという。横暴な振る舞いで一方的な約束を盾に、呂蒙を翻弄してきたその振る舞いを改めるという。
どうゆう心境に変化か、戸惑いながらもその譲歩案を受け入れることにした。

「呂蒙、もう一度正座しろ」
呂蒙の肩を掴み引き起こすと、再び正座するように要求する呂布。先程までの影を纏った表情は消え、普段のふてぶてしいまでの強気な表情を見せていた。そして心なしか嬉しそうに口元を引き上げている。
「また耳かきか?」
「否、お前の膝枕は寝心地が良い、昼寝に付き合え」
「俺も一緒に昼寝しろというのか?、まだ仕事が残っているのだが…」
「心配するな、一刻ほどしたら膳を下げに来るように命じている、その時に起こせともな」
つまり、二人揃って昼寝している様を、使用人に見せ付けると。
要らぬ下世話な噂が城内に囁かれないことを願いつつ、言われたとおり正座すると其処にぽすっと頭を乗せられた。
「これは限度を超えていないようだな」
「これが限度だ」
「ふん、覚えておこう」
そう言いながらもやはり嬉しそうに見えた。拒まれなかったことに安堵しているようにも取れる呂布の態度。
あれ程の屈辱を強いられた相手でありながら、その様子が恐怖心を消し去ってゆく。
初めて身体を暴かれた時に受けた痛みと屈辱は、今でも夜伽の度に思い出され身構えてしまう。しかし何故か憎しみは沸かなかった。
2度目に求められた時、打って変わって丁寧な愛撫で翻弄された。したい事をしたい様に振舞う呂布に、やはり怒りも憎しみも沸いてこなかった。

そして今も。

「なぁ、呂布よ」
「何だ」
「これで満足…しているか?」
「ああ、充分だ」
「そうか…」

何時如何なる時も、呂布の要求に応じること。

それは何も夜伽の情事だけではない。
呂布が満足するまで付き合う、例えばこんな風に寄り添うことすら約束が無ければ出来ないこと。

何故あんな約束を持ち出したのか。
その訳を、考えてしまう。

「お前は、欲しいものがあるのだな…」
それはきっと、失ってしまったもの。
寄り添い、求め、与えてくれる存在。

「愛したいのか…人を」

足の上に預けられた呂布の頭を撫でながら、眠る横顔を見守る。
唯単に支配欲や肉欲の捌け口として、呂蒙を虐げ愉しむのが本心ならば、昨日の昼餉を件を持ち出してまで共に過す時間を強要することはないだろう。

純粋なのだろう、己の欲に実直に偽らず。

もう少し、限度の範囲を広げてみようかと、呂蒙は考え苦笑いをみせる。
そうすれば、もっと欲しいものを与えられるかもしれない。

そんな事を考えながら、昼下がりの木陰で共に眠る。




(まだ肉体関係のみの呂呂。義務の中に垣間見れた呂布の本心に絆され始めた呂蒙)
(呂布が欲しいもの、言わずもがな過去の愛おしい舞姫との恋人らしい甘い日常)

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