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「おもいで、ひらひら(呂呂)」
景色を白く染めていた雪も溶け、大地から新しい芽吹きが淡い緑色に染まる季節。

枯れた枝にも、次の実を育む為の蕾が脹らむ。
そうして開いた花を、人は散り行くことを惜しみながら愛でるのだった。

日々の営みを、我が人生と捉えて。


満月の光が照らす、淡い色の花びら。
一枚、また一枚と落ちては静かに地へ降り積もる。
その一枚が庭園の池の水面へ、ゆっくり滑り落ちるように水面に輪を描いた。

その様子を黙って見つめ、酒を満たした杯を口に付ける。
池の側に座り、呂布は花を眺めていた。

桃色の花びらが、手元の杯に一枚落ちる。
手の中の花びら、それが愛おしい。

生涯で唯一人、心から愛した女。
その姿を、杯に浮かぶ花びらから浮かんでは消えた。愛しいその名を、今は口にすることも憚れる。
生きているのか、或いは既に。
知る術はあるが、知る事に迷いもあった。

「叶うならば、生きて其の華、愛でたいものよ」

「お前が詩情を口にするとは、酔っているのか?」
「…生憎、酒にも花にも酔ってはおらん」
「酔っ払いは皆そう言うものだ」
「ならばお前も酔え」
盆に載せた酒と肴を手に、呂蒙が呂布の隣に座る。
其れを呂布に手渡すと、目の前に咲く花を眺めた。
月夜に見る花は、昼間の日の光を浴びているときとは趣が違う。
美しいと、詩情に疎い二人も感銘を受ける。

「夜の花見も、良いものだな」
「静かで良い、昼間は邪魔をする奴も多いからな」
「皆で楽しむのも良いが、二人きりと言うのも落ち着いて花を…」「…呂蒙」
「何だ?」
不意に名前を呼ばれ、隣に顔を見ければその瞬間を見計らった様に、呂布の口付け。
突然の事に動けない呂蒙に、何度か口付けを繰り返してから呂布は身を離した。
「呂布?」
「ふん、お前の期待に応えたまでだ。二人きりの方がよいのは、こうゆう楽しみが有るからだろう?」
「なっ…にを、別にそんなつもりは」
「どうした、顔があの花より濃い色に染まったぞ。お前も酔ったか」
「酔っておらん!」
からかわれた恥ずかしさに顔が火照るのが分かる、そっぽを向いて一気に杯に満たされた酒を飲んだ。
隣では呂布が楽しそうに笑っている、そこへまた花びらが舞い落ちる。

夜のゆるい風が枝を揺らせば、その分だけ花びらも舞う。暫し、静かに花を眺める。

「生きているうちに、か」
「何だ?」
「先程お前が口にした詩だ」
「別に詩を詠んだつもりはない、ただ…」
「ただ?」
「生きて欲しいと、願う華が…俺にはあると言うことだ」
華と例えた其の存在、其れが誰なのか。

時折、呂布が花を愛でている様子を見かける。
最初は似合わんと思っていた呂蒙だったが、其の姿が単に趣向で眺めているものとは違う、愁いを帯びた姿に見えた。

其の花は、決まって淡い桃色をしていた。

もう一度、会いたい人が居る。

呂布には、嘗ての呂奉先として、逢いたいと願う想い人が居る。
呂蒙はそう感じていた。

「逢いに、行かんのか?」
「俺を此処に閉じ込めている張本人が、何を言う」「忍びで出向くか、なんならこの城に呼んでも…」
「生死も知れん者を、どうやって探せと言うのだ」
押し殺した声で呂布が言う、逢いたくても逢えない焦燥感。
呂布の身を案じ、副官として居城に留まることを強いた呂蒙にとっては、何を言っても慰めにもならないだろう。

しかし、逢えるものなら逢わせてやりたい。
生きているのなら、何処でどんな暮らしをしているのか知らせてやりたい。
其の後、呂布がどう動こうとも反対するつもりはなかった。

また風が吹く、枝が揺れる音と共に花びらが舞う。
こうしている間にも、時は確実に過ぎて行くのだ。もう戻れない想いを残して。

「呂蒙、話しておくことがある、よく聞け」
「何だ?」
呂布が一口酒を飲むと、意を決したように呂蒙を見た。「俺には、愛している女が居る。心から唯一人、想い続けている女だ。俺が乱世に身を投じ武を振るい、葬られる道を選んだのは全て、唯一人の女の為だ」
「…そうか」
「俺は強さだけを求めた、力が有れば世を統べる事も適うと。しかし、それだけでは戦えぬ、生きてゆけぬと教えられた。人は愛が有ってこそ人の世を作れると、俺にもそうあって欲しいと願う、女だった」

強く美しい、華の様に舞う姫君。

乱れた世に咲いた、其の一瞬の傍らに添う幸福。
忘れる事など出来ない、唯一つの愛。

「今でも、愛している」
「…良かった」
呂布ははっとして呂蒙を見た。己の思いを暴露する事に気をとられていた。
愛している人が他に居るなどと、今目の前に居る恋人に堂々と話せることではない。しかし言ってしまったものを訂正すれば、過去に育んできた愛を捨てることになる。
どう取るかは、聞かされた呂蒙の反応次第。
責められるか、呆れられるか。
それでも呂布は、どちらの想いも捨てるつもりはなかった。

「呂布は、愛を知っているのだな。良かった…俺の思ったとおりだ」
「知って、いたのか?」
「何となく、な…。最初は…その初めて身を繋げた時は肉欲に飢えた本能だけの粗暴な男と思っていたが…ああ、すまん言い過ぎたな」
「…否定はせん、続けろ」
今では酒の肴の様に話せる、二人の過ちから始まった関係。
恥じる事無く話せるまでに、どれほどの困難を乗り越えてきたか。

「二度目に抱かれた時、愛されていると感じた」「そんなに早くからか?!」
「ああ、もう充分だと言えるほどに愛された、これは唯単に上手いだけではなく、気持ちだ…強く伝わってきたのだ、愛したいと」
「なんと言うことだ…」
思い続けた愛が、こんな形で表現されてしまっていたことに、呂布は滅多に感じない羞恥心で手で顔を覆い肩を落とした。
そんな呂布の姿を微笑ましいと思いながら、呂蒙は話を続けた。
「そもそも、二度目をするまでの間に何日空いたか覚えているか?。一月だぞ?、俺の身体が癒えるまでと待ってくれた、それだけでも情が知れる、だから信じられたのだ…呂奉先という男を」
「初物ならば仕方あるまい、壊してしまっては先の楽しみが減るではないか」
照れ隠しにぶっきらぼうに本音を言えば、それさえも呂蒙は嬉しそうに微笑んで聞き流す。そんな態度が、何処となく似ていたと。
思いやりの中に強さを携えていた、あの華と。

「気付いていたなら、何故言わん。お前は何処の誰とも知れぬ相手の、身代わり扱いされたのだぞ」
「それでも、得るものはあった。約束を守ってくれた相手を疑うようなことは言いたくない、それに…」
「何だ?」
「嬉しかったのだ、こんな風に本音でぶつかり合える相手に巡り合えて、そして同じ想いを通じ逢えたことが」
「呂蒙…お前は」

一方的だと思っていた情交に、求め求められる交歓を感じたのは何時頃だったか。
或いは最初から身体が感じ取っていたのか、互いに欲していたものを。

「呂布よ…俺は今の関係で充分幸せだ。お前が他に愛している者が居ても、その愛も含めて、今此処で一緒に暮らせることは幸せなことだ」
「お前を捨てるかも知れんぞ、何時か時世が俺の存在を許せば、此処を出るぞ?」
「それでも構わん、だが、俺の生きている間は…もう少し側に居てくれないか?」
「ふん、長くなりそうだな」
「少なくとも…来年も二人きりで夜の花見をしようじゃないか」

その間に、知ることが出来れば伝えよう。
愛しい華が咲く場所を。

「何時か、この城に招くことが出来ればよいな、お前の愛しい華を」
「そうだな、その時は…妬くなよ?」

風に舞う花びらが夜空を彩る。

明日には花の散った枝から、黄緑色の若い葉が芽吹くだろう。
時の移ろいの中で、二人は先にある道を見据える。

今は一つの道が二つに分かれるのか、一つのまま途切れるのか。二人きりの夜に、花は美しく舞う。
散ることは失うことではなく、新たに実を得るための儀式。

呂蒙はそれが、自分の運命を暗示しているように感じていた。
一つの愛を実らせるために、散るための花を。
残して逝く愛しい人の為に、何が出来るのか、と。


花びらを一枚拾うと、そっと胸に手を当て瞼を閉じた。

呂布の手が肩を抱き引き寄せられる、触れる暖かさに二人は自然と口付けを交わした。

(呂布の二股宣言。いっそ潔いある意味博愛精神)
(呂蒙、病を知り死期を悟る)
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