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「世界の共犯者(呂呂+甘+遼)」
穏やかに揺れる水面に浮かぶ、一隻の大きな船。
運河沿いの船着場は、何時になく活気に満ちている。

甘寧はもう直ぐ船を着ける港を、船の甲板から眺めている。其処へ人影が近づく。気配に振り向けは、礼儀正しく手を合わせ頭を下げる張遼が居る。
「此度は乗船を許可して頂き、感謝いたす」
「なぁに、ついでだついで。どぉせ行き先は一緒なんだし、気にすんなって」
「しかし、孫呉の水軍船に魏の将軍が乗船するとは、世が世なら一大事」
「今はそんな世の中じゃねぇだろ、黙ってりゃいいさ」
居城への復興物資を運ぶ任務を任された甘寧は、途中立ち寄った港で嘗ての敵将と偶然出会った。
聞けば同じ様に居城へ視察に行く途中だという。
甘寧の一声で、張遼は躊躇う間もなく船に乗せられていた。

そうして辿り着いた小さな居城。

「よぉし!野郎ども!、荷を降ろせぇ!」
「わっかりやした!兄貴!」
「…是は何の集まりだ…」
とても兵軍とは思えない、甘寧と乗組員達に若干引き気味の張遼だった。

「甘寧!、ご苦労だったな!」
「久し振りだぜ!おっさん!」
「おっさんと呼ぶな!、いい加減人の名前を覚えんか!」
再会と共に恒例となった会話、その様子をやはり引き気味で眺める張遼が居た。

「お前も一緒か、張遼」
「呂布…殿」
背後に立つ大きな気配。身に覚えのあるその人の覇気。振り返れば、呂布が不適に笑みを浮かべて張遼を見下ろしていた。
「孫呉の船で乗り付けるとは、魏を捨て鞍替えしたか」
「冗談が過ぎますぞ、そのような物言いは止めて頂きたい。私はただ、あちらの誘いを有り難く受けたまでのこと」
「ふん。まあいい、話は後だ」
そう言って張遼の肩に手を掛け、一度叩くと横を通り過ぎてゆく。
「呂蒙、陸揚げした荷物を調べろ。確認した物から順に町へ運ばせる。食料は倉庫に集めておけ」
「分かっている、城壁の修復資材は城の外に一時保管させよう。それから書簡の類は俺が一人で片付ける」
「文官どもにも手伝わせろ!、お前一人だと書物庫に閉じ篭りきりで出てこなくなるだろうが!」
「…今度は自重する」
「毎度毎度、その手に乗るかぁ!、お前は城に戻るな!俺と一緒に荷を調べろ!」
「しかし、書簡はとても貴重な資料」
「俺と一緒に仕事をするのは、嫌か?」
「ぐっ…、分かった!分かったからそんな目で見るな!」
「よし、それでいい」
太守として居城の復興に尽力する呂蒙。その補佐をする副官の呂布。
肩書きだけを聞けば立派な上下関係が成り立ちそうだが、今の会話を聞いて二人の関係を直ぐに納得できるものは居るだろうか。
打てば響くような、飛び交う言葉。
あまりにも、対等な二人。

張遼は不思議な思いで見つめていた。
肩を並べて立つ呂布と呂蒙。



「なぁ、張遼さんよぉ」
「何だ」
いつの間にか隣に立っていた甘寧が、同じ様に呂布と呂蒙を眺めながら張遼に尋ねた。
「あの二人、どう思うよ?」
「どう、とは?」
「昔の君主の変わり様に、あんたはどう思ってんのかって話」
「別に、何も変わってはいまい。呂布殿は以前からあのような振る舞いをしていた」
「ふーん、その割には複雑な表情してんじゃねーの?、腑に落ちないって感じでさ」
甘寧にそう指摘され、つい口元を手で覆い明後日の方を向いて誤魔化した。
無表情を装っているつもりでも、気付かない内に心情が滲み出てしまったのだろうかと、張遼は気を取り直すつもりで咳払いを一つ口にした。

港の広場に集められた積荷の中身を確認しながら、一つ一つに指示を出しそれを商人達が運んでゆく。
二人は時折、箱の中から取り出した品物を珍しそうに眺めたり、呂布が香辛料の詰まった袋を軽々と持ち上げて、荷車に放り投げれば、乱暴に扱うなと呂蒙が叱る。

真っ当な働く姿。
人が営む、ごく平穏な日々が、此処に有る。

そんな世界とはかけ離れた存在が、今は此処に生きている。
不思議な光景だった。

ふと、張遼が昔を懐かしむように言った。
「私は、呂布殿の後姿ばかり見ていた気がする」
「あんな奴の前に立とうとも、思わねぇけどな」
「あの様に、肩を並べ対等に物を言い合うなど、有り得はしなかった。私は呂布殿の側で付き従っていたが、同じ位置に立つことはないまま…」
「ふーん、あんたも苦労したんだねぇ。俺も…結局おっさんには【手間に掛かる部下】のままで終わっちまった」
「安心召されよ。貴公は今でも手間が掛かると、思われていよう」
「何か、嬉しくねぇ…」
がっくりと肩を落とす甘寧に、張遼は苦笑いを見せる。
素直な男だ、と。羨ましくも思う。

気を取り直して、腕を組み呂布と呂蒙の仕事風景を眺める甘寧も、昔を懐かしく思っていた。
何時も怒ってばかり。しかし手柄を立てれば、満面の笑みで褒めてくれた。
「おっさんも、あんな風に笑うんだな…」
目の前で見る呂蒙の笑顔は、昔の知っている笑顔ではなかった。
見せる相手が違うからだろうか、認めたくは無いがそうとしか言えない。
「素のおっさんは、あんな風に喜怒哀楽がはっきりした素直なおっさんなんだって」
「呉の知将は表情豊かな御仁の様だ、あれでは呂布殿も目が離せまい」
今度は呂蒙が書簡の詰まった箱を調べ始め、案の定読み始めてしまった。それを呂布が取り上げれば取り返そうと呂蒙が精一杯手を伸ばす。まるで子供が玩具を取り合うような姿。

しかし、その直後に目にした光景は子供の様ではなかった。

書簡を取り戻そうとした呂蒙の手を掴むと、呂布はそのまま引き寄せ抱き締める。驚く呂蒙の唇を塞ぐ。
口付けから開放された呂蒙は真っ赤になって俯く。その耳元に何かを呟くと呂布は身を離した。
そして、大人しく書簡を箱に戻すと、呂蒙も呂布に続いて荷物を運び始めた。

「見せ付けてくれるな…」
「此れが日常茶飯事なんだぜ…」
周りで働く人たちは、特に気に留めている様子は無い。
これが普通の出来事なのだと物語っている。
「甘寧殿」
「なんだよ」
「あのお二方を見て、何と思われる?」
「俺に言わせる気か、張遼さんよ…」
「いやはや、仲良きことは素晴らしきことかな」

乱世の鬼神と恐れられ、血も涙も無いと畏怖され。そんな言葉が更に鬼を作り上げてしまっていたと知り、強さを誇る陰に隠した弱さを知り、それでも目指す道を歩む事を止められぬ、君主と定めた存在。

呂布もまた、時代に翻弄された一人の人間に過ぎないのだと、張遼は振り返る。



此処に居るのは、手に入れられたかも知れない夢の具現。
在りし日の彼の人の面影を、今に映している。

「本物の呂布殿であれば、驚きの光景であろう」
「そうだな、本物だったらな」
「こちらの副官殿は、本当に呂布殿と似ていらっしゃる。この私が見紛う程だ」
「おっさんの遠縁って、信じられねぇよな。まぁ別な意味で縁を結んじまってる仲みてぇだけど」
「下世話な物言いをなさるな、副官殿が穢れる」
「…穢れたおっさんは、見たいかもなー」
「最低だな」
「ああ、俺は最低な…共犯者だよ」
「ふ…、ならば私もだ」

世界は言う。
呂奉先は、既に彼岸の彼方に消えた。
其れが真実ならば、疑ってはならない。

此処に居るのは、名前と姿が同じ別人。
真実を貫くために、嘘を守ろう。


「さぁて!。俺らも手伝うか!」
「積荷の責任者が今頃か、まったく孫呉の気風は緩過ぎるぞ」
「羨ましいなら、うちに降るか?。歓迎するぜ遼来来!」
「貴公が我が魏に降るとよい、その性根を鍛えなおしてやろうぞ」
「げっ、冗談だろ」
「げっ、とは何事か!、我ら魏を愚弄するか!」
「わー!遼来来の奇襲だぁー!」
「待たれい!」

共犯者を名乗る二人が、追いかけっこを始める。
其処に呂布の鉄鎚が降り、呂蒙の説教が続く。その様子を微笑ましく見守る人々。

人が営む、ごく平穏な日々が、此処に有る。

時代に翻弄された一人の人間の存在が、これからも此処で生きていけるように。

世界中が共犯者になれば良いと、甘寧と張遼は願うのだった。


(呂布と呂蒙の関係を認めて、護る為に虚偽という共犯者となった甘寧と張遼は、これからも呂呂を見守ってゆきます)
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