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「掌の経験値(呂呂)」
小さな城と言えど、建物の造りは城らしく部屋は多い。
その一つ一つを見て回るのは、それなりに時間を費やす。

「呂布?、居るか?」
部屋の中に向けて声をかければ、暫し待てど帰る言葉はない。他を当たるかと踵を返す瞬間、視界の隅に煌く光を捉えた。
部屋の窓辺に立て掛けられた、それは一本の戟。
特徴的な造形と長さ、方天戟と銘が付く名器。其れを扱える者は限られている。

差し込む日の光を刃に受け、曇りない煌きを放つ其れに、ふと足を向けた。
目の前にある方天戟に手を伸ばす、触れる直前に一瞬躊躇うも意を決して柄を握る。

そして、持ち上げた。

「ぬっ!」
想像以上の重量感、慌てて両手で柄を握り締めた。両手でないと均等に持つ事も難しい重さ。
しっかり持った柄の先に光る、大きく鋭い刃。見上げるほど高い場所にある。

是ほどの得物を事無げに振るい、戦場を駆ける姿を「鬼神」と呼ばれるのは確かにと納得した。

「使ってみるか?」
背後から掛けられた声に振り返ると、入り口の柱に凭れ悠然と構える呂布の姿があった。
「もっとも、片手で持てぬ様では振るうのは無理だろうがな」
「確かに、俺には過ぎた得物だ」
刃の先から柄の先まで、じっくりと眺める。掌から腕に、其れを支える足にまで伝わる重さ。
持ち主と同じ様に、一筋縄ではいかない得物。

「この戟は俺では満足に扱えんな。柄の長さも太さも、振るう者の手に合わせてあるだろう。刃の重さも、柄を振るう時の遠心力で威力を増す、重過ぎず軽過ぎず、絶妙な荷重だ。その遠心力もまた振るう時の腕の負担を考慮してある。何より刃の煌きから違う」
「ほう、一時手に触れただけで其処まで見抜くか。詳しいな」
方天戟を手に嬉々として語る呂蒙に、呂布は珍しいものを見るような表情を浮かべた。
柱に凭れていた身体を起こし、呂蒙の傍に歩み寄る。
「俺とて武人、得物の善し悪しを見抜く目は養っているつもりだ。筆より得物を握っている時期が長いからな」
「只の文官上がりかと思っていたが、そうではないようだな」
「俺が大人しく部屋に篭って、読めもしない書物と睨めっこしているだけの、つまらん男だと思ったか?。呉下の阿蒙を甘く見るな」
「成る程、得物を振るうしか能がない、字も読めぬ阿呆だったか」
「解釈に語弊があるが、敢えて否定はせん…」
余りの言われ様に、怒りよりも恥ずかしさが先にたち呂蒙は手にしていた方天戟を持ち主に渡す。呂布は其れを軽々と受け取り、ひらりと一振りかざす。
その姿は、まさに武人。
戦の装具を身に付けていない今でさえ、その姿に見惚れるほどに様似なっている。

「呂布、手を見せてくれんか?」
「何だ?」
呂布は片手で戟を持ち、首を傾げながらも言われた通りもう片方の手を呂蒙に差し出す。
差し出された掌、其れをじっと見つめて、指でなぞる。
「やはり、違うな」
「何を見ている?」
「相当研鑽を積んだと見える。この掌を見て得た、お前がその得物を使いこなせるまでの努力」
呂蒙はそう言って自身の掌を見せ、呂布の手の隣に並べる。
「此れが、生き様というものか」
大きさも厚みも違う掌、二人の体格差を考えれば当たり前の違いでも、其処から何を見てと取ったのか、呂蒙は一人納得したように苦笑いを見せた。

「俺にも、そんな時期が有った筈なのだがな…」
戦場で得物を振るう時よりも、筆を持ち書物に向き合う時間が増えてから、この手から零れ落ちていったものが幾つ有るだろう。

「呂蒙、お前の手は小さいな」
「そうだな」
「だが、俺には好ましい手だ」

呂蒙の手を取ると、呂布はその手を自身の顔へと導く。呂蒙の掌に触れる呂布の頬。
包む込むには丁度良い広さ、掌と指から伝わる人肌。
「この手に触れられ、悪い気はせん。特に夜はな」
「夜…、なっ!?」
言われた事の意味と、其れを示すような呂布の表情から、昨晩の事を思い出し途端に顔を朱に染める。
手を取られ、そのまま掌に口付けられる。

「案ずるな、お前は弱くなどない。俺と比較しようという事が間違いだ」
「そうだな…、俺もお前も、違って当然か」
「そうだ、無意味なことで悲観するのは呂蒙の悪い癖だぞ」
「呂布…お前は本当に…強すぎるぞ」
「それは…どちらの意味でだ?」
「両方だ」
捕まれた手に引き寄せられるように、呂蒙が身を預ける。

呂布の腕が背中に廻される。その手に持つ方天戟が光る。
腕の中の愛しい存在を守るように。


「今夜も、俺の武を見せてやろう…呂蒙」
「今夜も…あ、忘れていた!、今から発つのだ!」
「何だとぉおおお!」
「急な知らせが来てな、それでお前を探していたのだ!」
「ぐぬぅううう…、この沸き起こる憤りを何処にぶつければよいのだぁあああ!」
「すまんが、留守は任せたぞ呂布!」
「呂蒙!さっさと帰って来い!、続きはそれからだ!」
「続きって、お前は其れしかないのか!」
「たわけ!、俺とお前の間で其れ抜きに語れると思うてか!」
「自信満々に下世話な宣言をするな!」


階下で遠征前の準備をする世話役達は、そんな二人の遣り取りを聞きながら我が城の平和を噛み締めるのだった。


(方天戟の使用適正について、同じ戟でも呂蒙が適正不可ってところから色々妄想。そして自分は手の描写フェチではないかと最近思う訳で)
(ラストの遣り取りが普段の呂呂)
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