[携帯モード] [URL送信]



「ありがとうの日(呂呂)」
例えば、呂蒙が遠征から帰ってきたとき。
「ありがとう。お前が居るお陰で安心して外に行ける」

時には、仕事中の何気ない遣り取りでも。
「其処の書簡を持って来てくれないか?、ああ其れだ、ありがとう!」

気まぐれで、情事の誘いを断ったとき。
「俺の身体を気遣ってくれたのだな…、ありがとう」

当たり前のことで、見当違いのことでも、呂蒙は感謝の言葉を口にする。
其れが何故か悔しいと思う、「ありがとう」という言葉を呂布は口にしたことが無かった。

今までの生き方で、口にする機会が無かったといえばそうかもしれない。
しかし、呂蒙に出来て自分に出来ないことが何故か悔しいと感じてしまう。

紆余曲折あって、今では城の民達も羨む「親密な仲」となっても、対等でありながら主導権は譲れない思いが呂布にはある。
感謝の気持ちが全く無いわけではない、せいぜい仕事を労う程度の言葉なら民にも言える。
しかし「ありがとう」と言う言葉は、気恥ずかしい。
過ちに非を認め、謝罪で頭を下げると同じくらいに、屈辱と羞恥が拭い切れない。
そんな葛藤を他人が知れば、何様だと言われるかも知れないが、実際に之までは何様な生き方をしてきたのである。
過去は過去、今は今と、呂蒙の心遣いで割り切って生きる道を選んだとしても、その本心まではそう簡単に変えられるものではない。

今日も呂蒙は、当たり前のように口にする。
「ありがとう、呂布」
愛おしい笑顔と共に。

伝えたい、言わなければならない。
呂布は強く思った。





呂蒙が遠征に出る前は情交を控えるようになっていた呂布が、出立前の夜に強引に求めてきた。
しかし強引にと言っても、力で捻じ伏せ無理強いされるわけではない。寝台に身を倒せば抱き締めたまま離さない。そんな我が侭な振る舞いに、呂蒙は抵抗せずに受け止める。

「呂蒙」
「何だ?、しないのか?。するなら、明日の事を考えて加減してくれ」
「呂蒙…お前という奴は」
拒むという選択肢を示さないのは、呂布に対しての優しさか親愛の表れか。
このまま精根尽きるまで、無理矢理身体を暴い尽くしても、そんな呂布の横暴な行為でも最後には許すのだろう。

だが呂布とて己の振る舞いを許されることが当たり前だと、思っている訳ではない。
罪悪感も湧く、許されることに感謝もする。

それは全て、相手が呂蒙だから。

組み敷いた呂蒙を見下ろす。その表情に怒りや戸惑いは見れない。
黙ったままの呂布をただ見守っている。そんな表情だった。

「お前に、言わなければならん言葉がある」
「改まってどうした?、何かあったのか?」
「黙って聞け」
「…分かった」

一呼吸、落ち着かせるように。
呂布の真剣な眼差しに、呂蒙も知らず知らずの内に息を呑む。

「あ」
「ん?」
「…あ、…う…」
「…は?」

唇が動いたが、声は聞き取れなかった。
そして見る見るうちに顔が真っ赤に染まる。

「呂布?、どうした?」
「っく、黙って聞けと言っただろうが!」
問い掛ければ怒鳴られる。
全くもって意思が読み取れない呂布の行動に、呂蒙はただただ呆然とする。
何がしたいのか?、成り行きを見守るしかない。
変に突けば機嫌を損ね、宥めるのに一苦労する親愛の情人。
見上げれば、やはり真っ赤になって視線をさ迷わせていた。

「もう一度、言うぞ」
意を決したように、呂布はそのまま呂蒙を抱き締め耳元に唇を寄せた。
互いの頬が触れる。熱が伝わる。
「ありが、とう」
「え?」
「何時も、感謝している…呂蒙、ありがとう」
今度ははっきりと、呂蒙の耳から心に届いた。
言いたい言葉と、伝えたい気持ち。
その両方が一緒に、呂蒙に届いた。

たった一言。当たり前の言葉。
その一言を言う為に、どれほどの決心が要るのか。

「呂布…ありがとう」
「またお前は…簡単に言うな」
「だが、言わねば伝わらん。嬉しいし、感謝しているからな」
呂布の逞しい背中に呂蒙の手が添えられる。受け入れる意思を示すように。
「伝わらんか、言わねば…」
「ああ、何時もとは言わん…時々でもいい、お前の気持ちを言葉で俺にも伝えて欲しい」
不安になるのだ、と。
耳元で呟く言葉を聞く。そして心に届く。

当たり前の言葉、其れがどれ程大切なものか。
背中に感じる、縋りつく指先の動き。顔を見なくとも分かる、呂蒙の表情を思う。

呂布はもう一度伝えた。

ありがとう。側に居て、受け入れて、好いてくれて。

「ありがとう」

伝える言葉が、伝わる嬉しさを初めて知った。
これからは、もっともっと伝えよう。
二人が嬉しいと思えるように。

「呂布…その…」
「何だ?」
組み敷いた身体がもぞもぞと動く。身を起こし表情を窺えば恥ずかしそうに頬を染めている。
「し…しないのか?」
「…伝わり過ぎて飛躍したか、正直な身体だな」
「むっ、誰のせいだと思っている!」
「俺だろう、ならば責任を取らねばな」
「加減はしてくれ」
こうして求めて、受け入れてくれる。
嬉しい、だから感謝しよう。


(ありがとうと、気兼ねなく言える間柄になるには双方が対等だと認めた現われ。そんな呂呂)
(しかし絆され過ぎて、共に乙女化しつつある…どうしてこうなった経緯は皆様のご想像にお任せ)

[*前へ] [次へ#]
[戻る]


無料HPエムペ!