好きだから ただの日常話





 冷たい水で顔を洗い、薄っぺらいタオルで拭いながら体を起こすと、鏡越しに、ぼさっと突っ立って歯を磨くカイジと目が合って、アカギはふと、動きを止めた。
 だるそうに歯ブラシを動かしながら、今にも漏れ出そうな欠伸を噛み殺す姿は、昨夜ベッドの上でひいひいと泣きながらよがっていた男と同一人物とは思えないほどあっけらかんとしていて、アカギは妙な感心を抱いた。

 しばらくそのまま立っていると、カイジに目で促され、アカギは洗面台の前をカイジに譲った。
 手で水を掬ってうがいをするカイジの後ろ姿を見ながら、目線を下へと滑らせる。

 この人、よく男なんかに突っ込まれて平気でいられるよな。

 男のーー自分のモノを受け入れていた部分。今はスウェットの下に隠れているその部分は、決して大きく広がるわけでも、傷つかないわけでもない。
 あんなにも狭いところにねじ込まれるのは、辛く、苦しいに違いないし、なにより同性相手に「女」を演じることは、精神的にかなり屈辱的なはずである。
 それなのに、次の朝にはこうして平然としていられるカイジが、アカギには信じがたかった。

 よほど神経が図太いのか。それとも、順応性が高いのか。あるいは、ただのマゾか。

 アカギが失礼な考察をしている間に、カイジは歯磨きを終えて顔を上げた。
 後ろに伸ばされた手に、アカギがさっき自分の顔を拭いたタオルを渡すと、それを使ってカイジは口許を拭う。

「お前、よく平気で男のケツなんかに突っ込めるよな」

 くぐもった声で、カイジが唐突にそう言った。
 アカギが鏡越しにカイジの顔を見る。
 が、カイジはアカギと目線を合わさず、鏡を覗きこんで、伸びた自分の髭をあたっていた。
「普通嫌だろ? 男のケツなんて。まぁお前は『普通』じゃねぇけどさー……」
 シェービングフォームの固い泡を掌に出し、顔の下半分に塗りながら、カイジは言葉を続ける。
「オレ、ちょっと感心してんだよ。お前、もともと男が好きってわけじゃねぇんだろ?」
 たっぷりと塗りたくった泡の上に安物の剃刀をあて、カイジは慎重に動かし始める。
「……それなのに、あんなとこに突っ込めるなんて、よっぽど動じない神経してるか、かなりの物好きか、もしくはすげぇ変態じゃねえとできねぇよなって」
 そこまで言って、カイジは最後、軽く笑った。
 馬鹿にされているということはわかったが、それよりも、カイジが自分と同じことを考えていたということに気を取られ、アカギは怒りを覚えなかった。


 眉を寄せ、面倒臭そうに頬骨の辺りの髭を剃るカイジの、寝過ぎで腫れぼったくなった顔を見ながら、アカギは口を開く。
「そりゃあね。好きだから」
「えっ!? ……ぁ痛っ!」
 カイジの顔が歪む。どうやら、剃刀で誤って肌を傷めてしまったらしい。
 だが、カイジはそれに構わず、振り返ってアカギの顔をまともに見る。
「それって、……オレに突っ込むのが好きってこと、なのか?」
 よほど驚いたのだろうが、まだ顔の右半分に白い泡の髭を蓄えたまま、目を大きく見開いて自分の顔を凝視するその形相に、アカギは笑いを禁じ得なかった。

 くっくっと喉を鳴らして笑いながら、アカギは
「秘密」
 と呟いて、滲んだ血が泡と混ざってピンク色になっている、真新しい頬の傷口へと唇を寄せた。






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