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幻滅デイリー
絵画科油絵専攻の二人
「あの、学生証届いていませんか?」
学生課でオドオドと訊いている、ロングヘアの美人。先生に投げ付けられた、学生証と見比べる。彼女で、間違いない。
「すみません」
「はい?」
振り向く姿は、見返り美人図か。しかし、美形に限ってよく解らない抽象画を描きやがる。
「これ、君の学生証だろう」
「あ、有難う御座いますッ! どこで落としたのかも、解らなくて」
ほうっと息をつき、財布に学生証をしまう。まさか先生、財布の中から学生証だけを狙ってスッたのか。質が悪すぎる。
「ところで、これをどこで?」
「……すみません、ぼくの先生があなたの財布からスッたみたいで。代わりに謝ります、本当にすみません」
「ううん、あれば良いのよ。気にしないで、あなたが悪いわけでも無いんだし。取り敢えず、学生課を出ましょう。これから、時間はある?」



 断れず、大学付近の喫茶店で真向かいに座る。BGMは、ガロで『学生街の喫茶店』。思わず、古すぎないかとつっこみたくなった。
「この歌、知ってます? 先生がよく、歌うんです」
「君のところの、野渡先生の事だね」
「それにしても、蓮見先生が学生証を持っていったとは思わなかった」
これは、責められているのだろうかと考えてしまう。それより、女という生物は話の移り変わりが早い。ぼくは、目の前のコーヒーに口を付ける。水だしが売りらしいが、ぼくはインスタントコーヒーの方が好きだ。
「不躾ですが、訊きたい事が一つあります」
同じ境遇の人間として、これだけは。
「なぜ、君は野渡先生についているのですか」
「それは、きっとあなたが蓮見先生についているのと一緒よ」
彼女は、柔らかな笑顔で答えた。その笑顔で、何人の男を虜にしてきたかと思うと背筋が寒くなった。いよいよ、蓮見先生に似てきたかと自己嫌悪する。こういう女に限って、意外とエグい絵を描いたりするんだと直感してしまった。
「ぼくは、蓮見先生の技術に惚れただけで」
決して、詐欺には加担したくないと思っている。その感情は、野渡先生に近いと感じている。
「わたしも、最初は野渡先生の技術に惚れたの。だけどね、直す事も探す事も造る事も皆、作品を愛していないと出来ないのよ」
そう言って、彼女は紅茶を一口飲んだ。BGMが柏原よしえの『ハロー・グッバイ』に変わる。
「野渡先生が詐欺行為をしないのは、先生の師が詐欺行為をしていたからよ」
知らなかった。いや、知らなくて当然だが。
「わたし、将来はキュレーターになりたいの。だから、ハラルド・ゼーマンが憧れの人」
「良いですね」
画家、では無いところが特に。
「あなたは?」
「……ぼくは、芸術に携われる仕事なら何でも良い」
夢に溺れてはならない、と先生が言っていたのを思い出していた。

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