幻滅デイリー 絵画科油絵専攻の二人 「あの、学生証届いていませんか?」 学生課でオドオドと訊いている、ロングヘアの美人。先生に投げ付けられた、学生証と見比べる。彼女で、間違いない。 「すみません」 「はい?」 振り向く姿は、見返り美人図か。しかし、美形に限ってよく解らない抽象画を描きやがる。 「これ、君の学生証だろう」 「あ、有難う御座いますッ! どこで落としたのかも、解らなくて」 ほうっと息をつき、財布に学生証をしまう。まさか先生、財布の中から学生証だけを狙ってスッたのか。質が悪すぎる。 「ところで、これをどこで?」 「……すみません、ぼくの先生があなたの財布からスッたみたいで。代わりに謝ります、本当にすみません」 「ううん、あれば良いのよ。気にしないで、あなたが悪いわけでも無いんだし。取り敢えず、学生課を出ましょう。これから、時間はある?」 ※ 断れず、大学付近の喫茶店で真向かいに座る。BGMは、ガロで『学生街の喫茶店』。思わず、古すぎないかとつっこみたくなった。 「この歌、知ってます? 先生がよく、歌うんです」 「君のところの、野渡先生の事だね」 「それにしても、蓮見先生が学生証を持っていったとは思わなかった」 これは、責められているのだろうかと考えてしまう。それより、女という生物は話の移り変わりが早い。ぼくは、目の前のコーヒーに口を付ける。水だしが売りらしいが、ぼくはインスタントコーヒーの方が好きだ。 「不躾ですが、訊きたい事が一つあります」 同じ境遇の人間として、これだけは。 「なぜ、君は野渡先生についているのですか」 「それは、きっとあなたが蓮見先生についているのと一緒よ」 彼女は、柔らかな笑顔で答えた。その笑顔で、何人の男を虜にしてきたかと思うと背筋が寒くなった。いよいよ、蓮見先生に似てきたかと自己嫌悪する。こういう女に限って、意外とエグい絵を描いたりするんだと直感してしまった。 「ぼくは、蓮見先生の技術に惚れただけで」 決して、詐欺には加担したくないと思っている。その感情は、野渡先生に近いと感じている。 「わたしも、最初は野渡先生の技術に惚れたの。だけどね、直す事も探す事も造る事も皆、作品を愛していないと出来ないのよ」 そう言って、彼女は紅茶を一口飲んだ。BGMが柏原よしえの『ハロー・グッバイ』に変わる。 「野渡先生が詐欺行為をしないのは、先生の師が詐欺行為をしていたからよ」 知らなかった。いや、知らなくて当然だが。 「わたし、将来はキュレーターになりたいの。だから、ハラルド・ゼーマンが憧れの人」 「良いですね」 画家、では無いところが特に。 「あなたは?」 「……ぼくは、芸術に携われる仕事なら何でも良い」 夢に溺れてはならない、と先生が言っていたのを思い出していた。 [戻][進] |