花火散る(3)
『実験みたいだね・・・試して、更に検証して・・・・まずは首からね』
耳元で椎神がささやいたのはそんな言葉だったけれど、舐められた感触に心臓が跳ね上がり何を言ったかなんて頭からすぐ吹っ飛んだ。
その後は首筋を伝う唇の感触にゾクゾクして、どこを触られているかが分からなくなった。
「ねえ、ここどう?」
「ど・・って・・・」
「ふふ・・気持ちよかったりする?」
「・・・・ゾ」
「ぞ?」
「ゾッと・・・・・する・・・・」
「・・・その言葉はちょっと傷つくなあ。普通はここで気持ちいいって言うはずなんですけどね」
「それって目的違うだろ。だから、・・・舐めるなって!」
チロチロと舌で遊ぶように鎖骨のくぼみを押して来るが、肩を押さえていた手が二の腕を掴み皮膚を擦り上げる感触にもゾワゾワして、それが体中に広がって行くともうどこを触れられているかが分からなくなった。
首を舐められると首全体が、腕を触られると指の先まで同じように全体がゾワゾワする。そのうち指先がジンジンしびれてマヒしたような感覚に陥る。それは全身が触れられることを拒絶している証拠だ。
触られているなんて思いたくない。他人の接触を受け付たくない。感覚を切り離してしまいたい。
「うわぁ・・・すごい、鳥肌立ってるね・・・。指先、震えてるよ」
俺の顔を覗き込む椎神は、ペロッと舌舐めずりして意地悪な目を細めてさも面白そうにしている。
「その顔・・・・・・・・・・好きですよ」
「っ・・・・・・・・頭・・・イカレてんじゃ・・・ねえ・・・の」
「うふ、そうかもね」
椎神の言葉にぎょっとした。触られて気持ちが悪い上に、気味の悪いことを言われて鳥肌プラス顔も青ざめてくる。嫌な汗が背中を伝わり、遠慮なくしかけて来る椎神の手管に耐えられるかどうか自信が無くなってくる。でも怖いなんて今更言えないし簡単に降参なんかしたくないから唇をギュッとかみしめてこの不快感に耐えるしかなかった。
そんなふうに露骨に嫌がる顔。
(ああ・・やっぱりかわいいね。そんなに唇かみしめちゃって。どうしよう・・・・・・・・・・・キス・・・してみたくなってきたな)
龍成が虎太郎をいじめたくなる気持ちがよく分かる。虎太郎の嫌がる顔は悪党な自分達の嗜虐心をそそる格好の材料だ。
本来の目的からはずれてしまうが、こんな表情を自分の下でされてはいたずら心が騒がないはずがなかった。
(でも・・・さすがに口は。ふふっ・・・・・・ばれたら殺されるかな)
チュッ・・・
「げ!・・しぃ・・が・・・・て、てめぇ・・・」
青ざめた顔が今度は紅潮し、虎太郎の体は恐怖ではなく怒りで体が震え出した。
「ふうん。耳は駄目だけどおでこは平気なんだ」
「きぃ・・・気色悪ぃこと、すんじゃねえ!」
試すとか、確かめるとか、もうそんな領域じゃない。こいつはただ単に俺で遊んでやがる!!ヘラヘラ笑いながらおでこに・・・き、キモイ・・・
クソッ、この野郎!
至近距離で天使の笑顔をまき散らす腹黒堕天使の顔をがっしり掴み、腕を伸ばして精一杯遠くに引きはがす。
「あいたたた・・・ちょっとコータ、爪食い込ませないで。顔に傷が付くでしょ〜」
「うるせえ!」
「あは、でも元気出て来たね。よかった、じゃ続けようか」
「誰がするか、もういい!終わりだ終わり!!もうやめる・・・ってか、やめろ!!」
「だーめ。耐えきって見せるって言ったじゃない」
「そんなこと言ってない、それはお前が勝手に・・・っ・・ぎゃ!」
シャツが一気に引き上げられて、あわてて椎神の顔から放した手は床に押さえつけられた。
「さて、これからが本番。根性見せてねコータ」
「ふざくんな」
「ふざけてこんなことしませんよ。これって結構命がけなんですから」
「なに訳の分かんねえことを、放せってこら・・・う・・・うぎゃ!!」
「せっかくコータのために体張ってるんですから・・・・・・・・・もっと色気のある声出しなよ・・・」
椎神の前髪が腹をくすぐる感触にまたそこからゾクゾク感が広がり始める。未だあざが残るみぞおちの部分に椎神は顔をうずめて、そこをペロリと舐め上げた。
「っ・・・あぁ」
「うん・・・・・・そう言う声がいいな」
生温かい濡れた妙な生き物が肌の上で勝手に這いずり回っているようだった。ペチャペチャと胸を濡らしていたそれは胸の突起を見つけると、それを口に含みチュルルと吸い上げた。
「うわ・・・っ、てめ・・・な・・・・」
「ここはどう。少し噛んでみてもいい?」
「っ・・・バ、バカか、おま・・や・・」
「痛くはしないから、大丈夫。まかせて」
「くっ・・・!」
――――― いやだ!
キュッと歯で皮膚をつまみあげられる刺激的な感触。
・・・この感触は知っている。引っ張られるようなつねられるようなこの感じ。つまみ上げられていじくりまわされたあの痛みと嫌悪感がよみがえる。
ゾクリ。
小刻みに震えだす体。虎太郎の変化に椎神も気付くが素知らぬふりで言葉をかける。その口には未だ乳首を咥えこんで。
「どうかした?コータ」
「や・・・っ・・・んぁ・・しが・・み・・・やめろ・・・」
「なぜ?まだ始めたばかりだよ」
「やだ・・・そ・・・それ・・・」
「何がいやなの、はっきり言って」
「・・・・・・・・・こ・・・こわい・・」
「ふふっ・・ほらね、やっぱり怖いんじゃん」
虎太郎の口から突いて出た言葉に椎神は勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべて虎太郎を見た。
ようやく引きずり出した本音。
怖いなら自分を偽って無理をすることなんてないのに。我慢して、神経をすり減らして挙句の果てに自己逃避なんてして。そんなふうに弱っているものだから、今にも崩れそうな虎太郎を前に龍成は何もしない。
喉から手が出るくらい、触れたいくせに・・・
「・・・も、や・・椎神・・・は・・吐きそ・・・・」
切羽詰まった声にこれはちょっとやりすぎたかと思い押さえていた手を放してやると、すぐに虎太郎は横を向き両手で口を押さえた。
「大丈夫コータ。吐きたいなら吐き・・・」
虎太郎の背中をさすりながら言葉をかける自分の背後に人の気配を感じた。床に伸びた大きな影。
(・・・・・タイミングがいいのか悪いのか・・・ま、仕方ないか・・・)
自分の背後に立つ大きな影の持ち主は、顔を見なくても誰かなんて分かる。ミシミシと床がきしみ、険悪なオーラがガンガン肌に突き刺さるから。できれば顔を上げたくないけど・・・見ないわけにも、逃げるわけにもいかないしね。
腹をくくった椎神は虎太郎の背中を擦る手を止めて、オーラをまき散らす男を振り返り天使の笑顔を作って言った。
「やあ、遅かったね龍成。待ちくたびれたよ」
ヒュッ・・・
風が空気を切るような音が、背中を丸め横になって震える虎太郎の体の上で鳴った。
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