花火散る(2)
「コータ・・・」
「・・・ん」
「触っても・・・いい?」
「・・・・・ え?」
言葉の意味が理解できなかった虎太郎は、近づいてくる椎神から2,3歩下がり距離を保とうとした。
「学校、始まるでしょ。どれくらい治ってるか確かめたくない?」
「・・・・どういうこと?」
「触れられるの、まだ怖いんでしょう」
「っ・・・」
椎神の言うとおりだった。
ここには限られた人間しかいないし虎太郎を脅かす者は誰もいない。でも学校に戻ればそうはいかない。普段通りに接してくる友達や先生、大勢の人達の中で、自分はどれだけ普通に生活することができるんだろうか。
「不安なんでしょ。だったら試してみようよ・・・何が大丈夫で何が駄目なのかを」
「でも、俺・・・」
「やっぱり怖い?じゃあ、やめる?無理強いはしないよ」
そうは言いつつも、椎神は虎太郎が何と答えるかは分かっていた。“元に戻りたい”と足掻く虎太郎が自分の言葉を拒否するとは思わなかった。
そして虎太郎は椎神から目をそらしながらも「うん」と頷いた。
ほらね・・・
椎神は戸惑う虎太郎に無遠慮に近づき、握っていた花火を取り上げて地面に投げ捨てた。
「そこに座って」
縁側に虎太郎を座らせその正面に立つ。下を向いている顔にゆっくり手を添えるとたったそれだけのことでビクリと体がこわばるのが分かった。
「怖い?」
「・・・だ、大丈夫。別に怖くないし・・・」
「そう」
今度は両手で顔を包んで、そのまま手を首筋に沿わせてゆっくり下ろしてみた。体が緊張しているのが触れた手に伝わってくる。力が入りいかり肩になり、首をすぼめて触られることを避けようとしている体。治っているなんて当然思えない反応だ。
「どうしたの?震えてるよ」
「く・・くすぐったいだけだし」
本当は怖いくせに、それを自分で認めたくないんだろう。認めたら負けてしまうから。自分は大丈夫だって無理に言い聞かせてきたんだろう。
かわいそうだねコータ。でもそんなコータだからこそやりがいがあるってものだよ。せいぜいギリギリまで我慢すればいい。1人じゃ何にもできないって自覚するまではやめないから。
「これくらいで怖がってたら友達と肩も組めないね。芝ピーって言いながら抱きついてくる奴もいるってのに、こんなのでどうするの?いちいちビクついていたら変に思われるよ」
「こ、怖くなんかねえって言ってんだろ!」
「じゃあ遠慮なく確かめさせてもらうよ」
「!」
肩を掴まれ、縁側にそのまま押し倒された。後頭部を木目の床にゴチンと打ちつけて痛かったがそれよりも刺すような視線で自分を見降ろす椎神に目を奪われた。
(こいつ、本当にむかつくらい・・・顔が整ってやがる)
間近で見た椎神の顔はきれいだけど、その目が何となく冷たく感じて不安が頭をよぎった。覆いかぶさる椎神はTシャツの上に手を這わせ、胸から腹にかけて体の線をなぞるように手を動かした。椎神の腕を目で追いながら、“これは椎神の手だ”と、だから大丈夫だと必死に自分に言い聞かせた。
「え!ちょ・・し・・がみ・・」
「何?」
肌に手が直に触れた感触に驚き、体を起こそうとしたが、のしかかってきた体重にそれを遮られた。シャツの下に椎神の手がもぐりこむ。
「そこは、そんなところは触る必要ないだろっ!」
「そう?素肌が大丈夫だったら安心できるでしょ?まさかまだ暑いのに長袖で学校に行くの?」
「それなら腕触ればいいだろ!なんで腹なんか・・・・・・・・っく・・・」
「弱いところで試した方が分かりやすいでしょ」
肌に直接触れる手は全然感触が違う。相手の体温がそのまま伝わる感覚、Tシャツの下で蠢く手が、あの事件を思い起こさせてしょうがない。たくさんの手が自分の体を這いずったあの忌まわしい記憶。でもこれは椎神の手、あの手とは違う。これくらい我慢できないとこれから先1人じゃ何もできない。
大丈夫だ・・・こんなの今までは何ともなかったことじゃないか!
「力・・・抜けないの?コータ。ガチガチだよ」
「っ・・・」
「やっぱり、まだ無理なんじゃない。もうしばらく休んだら?」
「そんなこと・・・できない・・」
強情なんだから。
嫌でたまらないくせに・・・
シャツに入れた手を抜くと、それを待っていたかのように虎太郎の体から力が抜けた。再びシャツに手を入れられないように両手で裾の部分をギュッと握る姿は、明らかに触れられるのを拒んでいる。今度はハーフパンツから延びる足に手を伸ばし、ふくらはぎからツーッと指先を使ってなぞり上げてみると背中が跳ね上がった。
「ぅ・・わ!!」
「ふふっ・・・そんなにびっくりした?指先でかすっただけだよ」
「い、いきなり触んな!」
「“今から触りますよ”なんてわざわざ宣言してから触ってくる奴がいると思う?」
椎神の言うことは間違っていないからカチンとくる。
試すなんて言ってたけど、椎神のやり方に腹が立つし、わざと嫌な言い方をして虚勢を張る虎太郎をあざ笑っているように見えてしまう。
きっと接触を怖がったことだって最初に触った瞬間にもうばれてるはずだ。なのにこいつはいつまでふざけて・・・
「も・・もういい。どけよ、俺は大丈夫なんだから」
「そうは思えないんだけど」
「大丈夫だって言ってんだろ!」
「何むきになってるの。そんなに怯えて、本当は怖くてしょうがないんでしょ」
「違うって言ってんだろ!どけ!!」
ドカッと、胸を叩きつけたが椎神は微動だにせず、肩を押さえつけた手に一層力を入れて虎太郎を床に縫いつけた。いつもの冷やかな目が虎太郎を射抜き、その唇を引き上げ嫌な笑みを浮かべ言葉を紡ぎ出す。
「じゃあ証拠見せて・・・」
「・・・?」
「耐えて見せてよ。そしたら信じてあげるよ。大丈夫だって言うコータの言葉を」
「何・・・それ」
耐えるって。何を?
問い返す間もなく、落ちて来た椎神の影が目の前を暗くした。耳元で椎神が何かをつぶやいたけど全てを聞きとる前に、そこに走った不快感に考えていたことが頭から一気に吹き飛んだ。
「っあ・・・・・・・・・な・・ちょ・・・」
耳元からゾクゾクした感覚が一気に広がり、足の先までピンと張り詰めたような緊張が体を駆け巡った。椎神の吐く息が零距離で耳に届き、耳朶に滑ったものが触れた。
それはピチャ・・・と音を立て、耳元で蠢き始めた。
「ぁ・・・しぃ・・・か・・・・・・・・」
「こんなの序の口でしょ」
「ちが・・・」
「違わないよ。大丈夫なんでしょ?何をされても平気だってとこ見せてよ。それに・・・証明できればコータも安心でしょ」
耳から首に降りていく唇は肌に吸いつき確かに自分の体に接触しているはずなのに、嫌悪感に泡立つ肌はどのあたりを舐められているのかも分からない。
そう、それはまるで・・・・・・・・・・感覚がマヒしているようだった。
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