(ヤ)のカミングアウト(1)
野獣御殿 in 山城邸
今年もやって来たよ・・・
お盆前までの3週間を、ここで過ごすことになる。



朝は、7時起床。
まず、覚醒と同時にうっとおしい事態に目が据わる。
寝るときは別々の布団に寝ていたはずが、朝になると俺は龍成の抱き枕になっている。
毎日毎日腰をガッチリホールドされて、暑くて目が覚める。低血圧で寝起きが悪い俺もさすがにこの状況なら起きる。
一言二言文句を言って龍成の腕を引きはがし、布団の上に投げ捨てると

「朝から乱暴だな〜」

とか言って俺の腕を掴み上げ、仕返しとばかりに手首に噛みついてきた。

「いて、、」

すぐに手を引っ込めて噛まれたところを擦った。ちょっとだけ噛んだ痕が残る。

「乱暴なのはお前だろうが!噛むなよ痛いんだぞ」

朝からこんな感じだ。




2時間は毎日勉強。これは普通。あの龍成さえ真面目に課題に取り組む。ただし奴は1時間経つと横になって漫画を読み始めるけど。
一日の中でこの時間だけは穏やかだ。
課題が終わると椎神先生のチェックが入り、間違いを訂正する。そしてお昼御飯だ。これも小学校の時から変わっていない。






ここからの時間が中学になって新たに加わった、山城邸に来たくないNo.1の理由が始まる。




車に乗って40分ほど離れた山奥にある道場。
龍成達は昔から通っているそうだが、そこは武道場で、柔道、空手、剣道などができる合宿所みたいになっている。
ここに2時間放り込まれて、鍛練という名ばかりのケンカの訓練が始まる。
ケンカって訓練するものなのか?理解不能だ。




龍成の実家、京極家が雇った腕に覚えのある師範のおっちゃん達を相手に、待ってましたと龍成は、容赦なく殴りかかる。相手も手加減なしでやってくるので、お互い本気で殴り合っている。



鍛練だって???
普通じゃない・・・






去年の、中1になったばかりの夏に、初めは「護身術ができた方がいいでしょう」と、椎神に誘われたのが全ての始まりだった。
トラブルに巻き込まれることこの上ない日々なので、合気道とかそんなものがただで習えるのならいいかも・・・そんな安易な考えで付いてきてしまった。





「なんで、こんなこわいおっちゃん相手にケンカしないといけないの!!!話が違うじゃんか===」



涙目で訴えても龍成はもう眼の色が違う。
どんなに殴り倒しても全く遠慮の要らない相手に、楽しくてウズウズしていて、俺なんか無視だ、無視。

「大丈夫、コータには手加減してあげてって言ってあるから。でも私たちを頼らないでくださいね」

にっこり笑ったた椎神は、身も凍るような台詞を吐く。


「私も龍成も、自分のことで精いっぱいですから」


それだけ指南する相手が強いということを。
そりゃあそうだ。相手は屈強な大人。俺達ピカピカの中学1年生。おかしいじゃんこの組み合わせ。
あの腕に自信のある龍成だって自分のことで精いっぱいだなんて、俺、2時間後生きてないかも。



「なんでこんなめに・・・」
「そういう家なんですよ。うちは」

「龍成のとこ、会社の社長なんだろ。なのに何でこんな無謀なやり方で、鍛えなきゃいけないのさ。なんか理由でもあんのかよ!!」
「社長?」

「だって椎神、小学生の時言ってたじゃん。龍成のとこの会社で親が働いてるって」
「ああ、そんなこと言いましたっけ」
「言ったよ!!」

椎神は素知らぬ顔で話を濁そうとしたが、不満がる俺に「じゃあちゃんと教えてあげるから。よく聞いててね」と、いつもの天使の顔で、やっぱり俺が仰天するとんでもないことを言い放った。






「龍成はヤクザの長男。そして、私は龍成のお目付け役です。この道場は京極家の物なんです。そして本家の命令で通っているわけです。それが理由ですかね〜」






は?

ええええええええええええええええええええええええええええ???






『ヤクザ・・・だって?』








「ヤ・・ヤ・・・ヤクザなの?」

「ええ。うちはヤクザですが、私たちがヤクザと言うわけではありません。まあ、将来的には分かりませんけど。びっくりした?コータ、私たちの事・・・嫌になった?」

椎神は最後の言葉だけは、目を反らして何故か寂しそうに言った。




俺の顔は真っ青だったと思う。
あまりにも強烈なカミングアウトにどう答えていいものか分からず、既におっちゃん達と殴り合っている龍成を見た。



その様は、凶悪の一言・・・
血走った眼、迷いのない暴力を心から楽しんでいるように見える。
ただケンカが強いわけじゃない。
あいつらのケンカっていつも「倒す」というよりは「殺る」という感じだし。
この2人の中には『狂気』が初めから宿っている。



鍛練と言っていた無謀な暴力に椎神もじゃあね〜とまるで遊びに行くように向かっていく。


(「だって、殺らなきゃ、殺られちゃうでしょ。自分達は生まれたときからそんな世界で生きているんだから。コータには・・・・分からないよね」)


椎神はそう言った。俺には非現実過ぎて受け入れることができなかった。
当たり前だ、だって俺は普通の家庭で普通に育ったから。
ヤクザなんて、テレビの中の話でしか知らない。
自分には一生関りの無い、怖くて恐ろしい存在が、今、目の前にある。



ヤクザだから、ヤクザの家に生まれたから、こんなことしてるって?
なんで笑っていられるんだろう。
笑ってるその顔は本物?



そんなので、いいんだろうか?
俺だったらヤクザの家に生まれてこんな目に遭ったら絶対拒否してる。自分の運命とか呪っちゃう。
強制されて、ケンカばっかりして嫌じゃないのか?もっとやりたいこととか、楽しいこととかあるだろうに。
生まれたときからそんな環境で育てば、疑問も持たないっていうのか?もし俺があいつらの立場だったら、笑ってケンカとかできるのかな・・・・



かわいそうなのか、憐れんでいるのか、そんな一言じゃこの複雑な気持ちは図れなくて、何か・・・変な気分だ。分からない。これが椎神のいった、「コータには分からない」なのだろうか。
理解できないし、理解できるとも思わない。



『私たちの事・・・・嫌いになった?』

悲しそうに言った椎神の一言。



あの2人は当然「嫌い」だ。でもその「嫌い」はヤクザだって知ったから嫌いになったのではなく、俺は初めから理不尽で極悪な2人が「嫌い」なのだ。
でも、理不尽で凶悪ってまさしくヤクザの雰囲気だよな。あいつらはまさに生粋のヤクザと言えるかもしえない。ってことは、まだヤクザじゃないけど、もうヤクザみたいなあいつらは嫌いで、でも・・・



ああ、分からん・・・
こういうのを同情っていうのかな・・・
それとも気の迷いか?
よくわからん。
ま、いいか。別に俺には関係ないし。

・・・・・・いや、
いかんいかん、俺はいつもこうやって物事に真剣に向き合おうとしないから、大切な選択ミスをおかして来たというのに・・・
あいつらとの関係も、主人と下僕とかになったままだし、このままだといいことなんて絶対ないし、ちゃんと考えないと。
でも、考えてどうにかなったことなんて今まであったか?




「おい、坊主」


物思いにふけってボーっとしている俺に指導者らしき人が近づいて来た。
前からやって来たごついおっちゃんは、笑っているつもりだろうが、見ている方からは凶悪にしか見えない人相を浮かべて、

「ま、いきなり若達みたいなのは無理だ。基礎から教えてやるから」

気楽にやろうぜとか・・・怖い笑顔で言わないでくれ!
この時間が早く終わりますように。真剣に神様にお願いをした。

[←][→]

18/46ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!