山城邸での夏
中学2年の夏休み初日、俺にとっての捕縛の夏休みが今年も始まった。

小5から続くこのイベント。

夏休みは毎年山城邸で過ごす。俺の意思に反して。






小学校5年、始めて龍成の家に行った時の衝撃を俺は忘れない。


椎神が車で迎えに来ると言っていたので、時間通りに玄関に出ると、黒い大きな車が停車し、中から天使が降りてきた。
外車だ。でかい・・・真っ黒・・・ガラスが黒い?
乗っていいのかこの怖い車に・・・たじろぐ俺の荷物を奪い取り、そのまま車の中に押し込められた。

見送りに出てきた母親に、椎神は丁寧に挨拶をして高感度をまたアップさせている。

「虎太郎が迷惑掛けると思うけどよろしくね、優君」
「迷惑だなんて、とんでもないです、玲子さん。コータが来てくれて僕たち本当にうれしいんです」

天使の笑顔に母親は何の疑いもなく、むしろ絶対の信頼を寄せて椎神に俺の事を頼みこんでいた。




一般家庭に育った俺にはこのスケールのでかさに驚いた。

大邸宅だ。お城みたい。
重厚な日本家屋は高い壁に囲まれ、巨大な門をくぐるるとその先にまた巨大な家屋が立ち並んでいる。

山城?

さっき門の表札も山城って書いてあったけど・・・
俺が表札を不思議な顔で見ていると、

「ここはね、龍成の叔父さんの家なんだ」


龍成の母親の弟が山城さんらしい。小4で転校して来た時から預けられていると。いろいろ家庭の事情があってねと、詳しいことは龍成に聞けばいいと言うけど、別に僕は聞きたくもなかった。あまり付き合いたくない奴の事をこれ以上知っても仕方がないからだ。



「椎神もここに住んでるのか!」

巨大な邸宅の別宅に案内された僕は、自分の部屋だと紹介された8畳2間続きもある広い部屋に驚いたが、何よりも椎神と龍成が同じ家に住んでいることに驚いた。



「何で一緒に住んでるんだ・・・もしかしてお前も親戚なのか?」

椎神は僕の質問に首を横に振る。

「親がね、京極家の会社で働いてるんだ。両親はとても忙しい人たちでね、僕の面倒を見ている時間がなくて、龍成の両親が日常生活の世話をしてくれたんです。だから龍成とは生まれた時からほとんど一緒、兄弟みたいなものだよ」

京極家の会社?龍成の家は社長か何かか?で、椎神の親は部下?
生まれた時から一緒って、それであんなに阿吽の呼吸なのか。でも、

「じゃあ椎神は・・・おうちの人とは会わないの?」
「会わないってことはないけど、たまにはね会うよ。でもそんなに会いたいとも思わないし」
「そんな、さみしく・・・ないのか?」
「小さい時はね、そう思うこともあったかもね」


僕だったら家族と離れて暮らすなんて想像できない。きっと泣きわめいて帰りたいって騒ぐと思う。椎神は笑ってそんな悲しい事を平気でしゃべる。

「やだな〜コータ辛気臭いよ」
「だって、、家族と一緒にいないとか・・・・」
「今はコータがいてくれるから寂しくないよ」
「でも・・・・・・」


天使が笑ってそう言った。いつもこんな風に笑って優しくしてくれたらいいのに。本当の友達だと思えるのに。
でもその期待は何度も裏切られた。こいつは堕天使。笑顔の裏に悪意が潜む事を僕は知っている。なのに・・・・・

まだ小学生の2人が、実の親と別々に暮らしている事実に同情して、悲しくなった僕は、目に涙まで浮かべてしまっている。これが罠だとも知らずに。



瞬きで涙が一筋零れ落ちた。





「椎神、てめぇ、何タロ泣かしてんだ」
「僕達の身の上話に感動してたんですよねコータ」
「そ、そんなんじゃないし。ちょっと目にゴミが・・・」


部屋に現れた龍成。本当に一緒に住んでいるんだ。

ズガズガ椎神の部屋に入って来た龍成は、僕の腕を引っ張り自分の元へ引き寄せ畳に座らせる。
ゴシゴシ涙を拭いて、赤くはれた目で龍成と目が合う。

龍成も椎神も、詳しいことは分からないけど、いろいろあるんだろうな。
そう思うと自分は家族みんなに愛されて、甘やかされて、大切にされていると思う。
家族が一緒に暮らす。そんな当たり前な生活が与えられないこの2人はかわいそうで、それに比べると僕は、





僕は幸せなんだ・・・・・・・・






こいつらが極悪なのって、親の愛情が足りないんじゃないのか?



優しさとか、思いやりとか、人を噛んだら痛いとか、心だって傷つくこととか、そう言った一般常識がごっそりと抜け落ちているのはそのせいでは?






「そうか〜、泣くほど感動したのか〜タロはいい奴だなぁ〜〜〜」

まるで僕の心の中を見透かしたようなタイミングで、龍成がわざとらしく言う。

ニヤついた顔で僕を見るな。この笑いの後はろくなことがない。ほら、また何か変な事を考えている。
龍成から離れようと、後ろに後ずさるがここは椎神の部屋。逃げ場などは無い。


「龍成も僕も寂しいんですよ。親の愛情が薄いですからね。だからコータにその寂しさを埋めてもらいたいんですよ。ね、龍成」

お前、さっきもう寂しくないって言ってたじゃん。




「タロの愛情か・・・そりゃあいい・・・・・何だかうまそうだな」

愛情は食い物じゃねえ!!と言うか愛情とかやらないし。



「やらないぞ・・・愛情とか・・・」


2人を牽制しながら精いっぱいその気がないことをアピ−ルしたが、さっき同情して泣いてしま
った僕に愛情を感じたと椎神は妙な告白をしてきた。


「ちょっかい出してんな椎神、タロは俺のだ」

「分かってますよ、でもちょっとくらい楽しんでもバチは当たりませんよ」

「うるせえ、おい、タロ、愛情見せろ」

「無いってば、そんなもん!!うわっ、来るな!!」


そして、悪い想像だけはよく当たり、椎神の部屋で僕は龍成に愛情と言う名目で噛みまわされた。




小5でこの状況だった・・・
年々待遇は悪くなる・・・・




4年目の今年は、いったい何が待ち受けているのだろうか。


そして今年も、野獣御殿の門のをくぐった。
天使のお迎えと、いつもの黒い車に乗せられて。

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あきゅろす。
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