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平穏最後の日(完結)
10



遼介はおろか恭介にとってもいきなり湧いて出てきた話だったらしく、恭介には珍しく目を見開いたまま固まっている。


「それはつまり、親父が戻って来られる状態になったってことか?」
「ああ、つい昨日かの」

「本当ですか!」

遼介は興奮したように大声を上げ、はっとして口もとを手で覆って「すみません」とくぐもった声で謝る。
堂は眉を下げて遼介に言った。
「本当だ、遼介も会いに行っていいぞ」

口もとを覆ったまま、徐々に遼介の顔が歪んで眉と眉の間に皺が出来る。瞳を震わせたまま「良かった・・・」と呟けば、ぽんと恭介が頭に手を乗せて抱き寄せてくれた。
泣きたい気持ちを何とか堪えて笑顔で「ありがとう」と恭介を見上げる。
その横では美弥が嬉しいのか哀しいのかどちらとも言えない表情を浮かべていた。


「あの人ついに”堂”を背負うのね」

美弥が目を伏せて感慨深く言う。

「じゃあ、俺たちも堂になるのか」
恭介が問うと、堂は満足そうに頷いた。

「戸籍上はの。仕事と学校で変えるのが面倒なら遼介が役に就くまでは二人とも今のままでもいいぞ」
「あーそうだな。挨拶回りすんのも面倒だから今のままでいいか」
「うん、俺もそれでいい」

会話の流れでスルーしてしまったが、はたと遼介が気が付く。

「俺が役に就くって、ここで何かするってこと?」
「出来ればな。ただ遼介が嫌なら辞めてもいいぞ、高校卒業するまでゆっくり考えておけ」

「分かった」


分かった、とは言ったものの極道について何も知識が無いので、考えるも何も己が良しとする答えには辿り着かない予感がした。
世間一般では忌み嫌われているもので、しかし実際どのような仕事をしているかなど知らない。
一般人には手を出さないし麻薬もしていないと言っていたので、ドラマで見るようなひどいところでは無いことは分かった。

それにフロント企業というところでも兄は働いていて、きっとそういう道だってある。

とにかく今自分に必要なのは知識だということだけは分かった。
無知の知は素晴らしいことだが、結局は無知なのだ。そこから這い上がって知の道を歩まなければならない。


「俺、ここのこともっと知るよ。勉強して恭兄たちがどんなに大変か知りたい」


堂は目を細めて、まるで隠居した老人が日当たりの良い縁側でのんびりしているかのように、孫を眩しく見つめていた。
わしの時代は終わってはいないが、とうに過ぎた。義息子も孫たちも楽しみだの――。



和やかに部屋の空気が流れているのに身を任せていると、急に襖がかたかたと揺れているのが見て取れた。
がばっと姿勢を整え、恭介は堂を守るように前へと出る。

ここは紫堂会本邸、敵対する者がいるとはまず考えられない。
するとここの者か、しかし何故。

焦れたように一番近くにいた美弥が声を掛ける。
「そこにいるのは誰だい。用があるなら出てきて言いなさい」



「「申し訳ありません!!」」

美弥の言葉に反応した襖の外にいる者が、謝りながら勢いよく襖を開ける。
一人でそんな行動を取るものだから、開けた者以外は襖に寄りかかっていたため不運なことに中へとつんのめりその場で転んでしまう。
そこに視線が集中し、突然の訪問者たちは「はは、は……」と乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

冷ややかな空気が男たちを襲う。


「あんたたち、会長の前だということは分かってるのかい」

美弥が厳しい瞳で舎弟たちを窘めると皆「ひっ」と声を上げて縮こまるものだから、いくら下っ端でもこの程度では困ると恭介たちは呆れていた。

一番早く立ち直った者が代表して謝る。
「姐さん申し訳ありません!坊ちゃんを間近で見たくてつい……」
そういわれた本人は目を丸くしたままいかつい年上の男たちを驚きの表情で見ており、さらに居たたまれない空気が流れる。



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