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平穏最後の日(完結)
11



「お前ら持ち場離れていいと思ってんのか」

恭介が凄むと、すでに縮こまっていた者たちがさらに後ずさりして顔を真っ青にさせる。
そこに遼介が救いの手を出した。

「俺挨拶してもいい?」
さすがに拒否する理由も無い恭介は不機嫌そうな顔をしたままだったが、「少しだけな」と了承の言葉を告げる。
恭介に笑顔を向けた後、遼介は畏まったように襖の傍で情けなくこちらを見ている者たちへ体を向けて視線を合わせた。

「初めまして皆さん、遼介です。ここのことこれから学びたいので、分からないことがあったら宜しくお願いします」

「はっはい!こちらこそ!」
「何でも聞いてください!何なら今からでも」

張り詰め気まずい空気がうまいこと霧散し、「へへ」と男たちからも和やかな笑顔が浮かぶ。
職業柄物騒な空気が流れることが多いここでは、遼介の存在は貴重なものになるだろうと堂たちは思った。
それ故狙われることも多くなるに違いない。この子の笑顔は何とかして守っていかなければ――。


「それはまた今度にして、あんたたちは早く戻る!これから忙しくなるんだからね」
「は!」

美弥が発破を掛けると威勢の良い返事が返ってきて、そのままばたばたと戻っていった。
紫堂会の上層部が大移動するのだから本当に忙しくなるのだ、嬉しくもありこれからのことを思うと少々不安もある美弥だった。

恭介はやっと落ち着いたとばかりに姿勢を崩して遼介を呼び寄せる。
その頭をぽんぽんと軽く叩いて顔を引き寄せた。


「とりあえず新しい会長にでも挨拶行くか」
「行く!」
「お袋、面会はもういつでも平気なんだろ?」
「そうだけど・・・あんた今から行くつもり?大事なこと忘れてるわよ」

「忘れるわけねえだろ。来る前に俺はもう渡したしな」

それを聞いて「あらそう」と他人事のように軽く言った美弥は、廊下に出て何やら指示出しをしている。
何だろうと遼介が不思議に思っていると、廊下ががやがやと五月蠅くなった。
そしてすぐに「失礼します!」と数人の声が響いてくる。

男たちが手に持っているものを見るや否や「うわ……っ」と遼介は驚き過ぎて言葉を失くしてしまう。

そこには一人では持てない程大きなバースデーケーキが存在を主張していた。


「ハッピーバースデー遼介」
「おめでとう」
「「坊ちゃんおめでとう御座います!」」

「これ、俺の……ありがとう」

こんな風に大勢で、そして家族で誕生日を祝ってもらうなど初めてのことで、瞳に浮かぶものを何とか堪えながらお礼を言った。
今しがたケーキを持ってきた者たちも合わせてぐるりとケーキを囲んで食べ始める。
人とこうして触れ合って一緒の感情を共有出来ることがどこか夢のような気がして、遼介はふわふわとした不思議な居心地だった。


まるで嵐の前の静けさのような、闇の中で気が付かない小さな光のような。














「また来るんだぞ、ここはお前の家なんだからな」
「ありがとう」

「何ならここから高校通ったら?車出せばそんな掛からないわよ?」
「いや、あそこ住んで慣れたばかりだからしばらくはそのまま住むよ」

有り難い申し出を沢山もらい、慌てる遼介の手を取り、恭介はまだごちゃごちゃと言っている家族に「じゃあな」とだけ言って車に乗り込んだ。

車内で寛ぐ恭介の横ではプレゼントを沢山抱えた遼介がまだぽーっと余韻に浸っている。
ちなみにプレゼントはというと、洋服に靴に現金にとにかく大量だった。
さすがに堂が渡そうとしてきた現金一束は丁重に断ったのだが、今度は「家事とかやらせるのに一人ここの奴好きなの持ってけ」と言い出してきた。

もちろんそれも断りを入れた。とりあえずわが祖父はいろんな意味ですごい人だというのが分かった日だった。



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