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平穏最後の日(完結)
9



「あ?」

園川が危惧した通り、やってきたのは久遠でとうとう二人が顔を合わせてしまった。

恭介が久遠と遼介の関係を知ってから初めての会話は、すでに喧嘩腰で容易に解決しそうにはない。

「久遠……どの面下げて来やがった」
「んだと?俺は遼介が怪我したって聞いて飛んできたんだろうが」
「ただでさえてめえの所為で遼介と揉めてんのに、こんな非常時に会いたくなかったぜ」

恭介の言葉に久遠は片眉を上げて反論する。

「俺は何もしてねぇよ」

「してるだろ。悪い虫が」

ようやく久遠はぴんときた。恐らく関係がバレたのだと、やはりこの兄は面倒だと思う。
「はっ」と嫌味な笑いを零したあとおもむろに二人のいるベッドへと近づく。

久遠だとて詳しい経緯を知らない以上遼介の容体が心配なのだ、当然の行為といえよう。

しかし今は間が悪い。

ベッドにいる遼介に手を伸ばす腕がぱしんと払われた。

「汚い手で触るな」
「汚ぇだ?心配してんのはてめぇだけじゃねぇ、俺だって心配してんだよ、触るくらいいいだろ」
「遼介は治療を終えて眠ってるだけだ、腹を少し縫ったくらいで怪我の程度は思ったよりは酷くない。これでいいだろ、もう帰れ」

いくら兄弟からといって、面会謝絶でもないのにそんなことを言われる筋合いはないと久遠の眉間に深い皺が寄る。

臨戦態勢に入りそうな勢いで睨むが、視界の端に遼介が映ってぐっと手を出すのを堪えた。

「帰れはねぇだろ」
「俺は認めたわけじゃねえ、遼介を想ってんなら身を引け」
「そう言われてはいはい言うくらいなら最初から手元に置かねぇよ」

久遠の瞳が本気だと呻るが、それが分かってしまい余計に恭介は落胆する。

どうせなら遊びでいてくれた方がよかった。
それならばいつか遼介も間違いだったと気が付いて離れてくれるはずだったのに。

恭介の知っている久遠は一人をこのように想ったりはしないいい加減な男だった。

それを変えたのが遼介なのは、恭介にとっては運が悪いとしか言いようがない。
とにかく久遠はダメだ、どうしてもダメなのだ。

「”手元に置く”意味ちゃんと分かって言ってんだろうな」

「ああ」

迷いのない返事は恭介の記憶を彼方へと飛ばした。

あの暑い夏の日、丸腰の状態でも遼介を守ると言ったあの日すでに久遠の心は決まっていたのだろう。
久遠は悩む恭介を横目に窓に寄り掛かり外を見つめて言った。


「本山は”俺”じゃなくて”それ”が気がかりなんだろ」

久遠の問いかけにわずかに反応する。

そして恭介が口を開けようとした瞬間、恭介の携帯が震える。短い電話で終わらせた恭介がにやりと笑った。
先ほどから待ち望んでいたものがやっと手に入ったらしい。

「どうやらこの話は後回しになりそうだ」

「ちょっと時間が掛かりそうだがな」

久遠もつられて凶悪な顔で笑い頷く。
お互いに気が合うのは御免だと思いつつも今ばかりは仕方がない、恭介は遼介を一撫でして立ち上がった。

そして廊下へ出ようと体の向きを変えたが、くん、と裾が何かに引っかかり振り向くことが出来ない。

「なんだ?」

ベッドの端にでも挟まったかと思い確認すると、布団の間から包帯で巻かれた腕が伸び裾を掴んでいるではないか。

驚いて遼介を見ればしっかりと瞳が開いていた。



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