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平穏最後の日(完結)
7



実際のところ反撃出来る程の力は残されていなかったが、最後の力だと怪我をしていない方の腕で青木の手首向けて攻撃を仕掛ける。

ぱんっと皮膚が強く当たる音が響いた。
まさかここで向かってくると思わなかった青木だったので、余計に腹が立ち力任せに腕を振る。
さあ、とナイフの光が半円を描く。


「はっああ……!」

遼介の悲痛な呻きが道中に広がっていくのを聞いて田代の顔色はどんどんと悪くなった。

――どうしよう。あたし何もしてないのに殺人者になっちゃうよ。

こんなつもりではなかったと保身をはかるが、きっかけを作ったのは紛れもない田代自身である。
本来であれば逃れられるはずのないことであるのに、あたかも自身を無関係で巻き込まれた被害者のように思ってしまう。

「お、おい。かかってこいよ!俺がお前を殺ってやる」

青木を止めることも出来ず必死に考える。
確かに青木の言う通り生きて帰してこちらの身元がバレるのはまずい。しかし、刺したのは青木だけであるしもし殺人にまで至ってしまえば完全に将来は終わることになる。

一刻も早くここから抜け出して日常に戻らないと、大変なことが待っている気がした。

田代は意を決して青木に言う。


「青木、あたし帰るから!」

するとぎろりと血走った目と視線が合う。

「愛ちゃん何言ってんだよ、まだ終わってねぇ」

ひたひたとナイフを遼介の頬に当てながら言う青木を見てぞっとするが、その横で遼介がずるりと動いて崩れ落ちた。

「はっはっ」と短い呼吸をして目と口が半開きの状態で遼介が座り込む。田代は最悪の状況を考えた。

「ね!もうこの子ほっといても死んじゃうよ!だから早く逃げよう」
「俺は逃げることなんてやってねぇ」
「でもバレたら大変でしょ!人が来るかもしれないしさっ今日は特別にあたしの家来ていいし」
「マッマジ!?遊びに行っていいの?」

いつもは素っ気ない田代が急に態度を変えたものだから青木の表情がぱっと明るくなる。
これには田代も安心し、「早く行こう」と腕を掴んだ。

「お、おお行こう。こいつはどうする?」

「いいよ!とにかくそれ仕舞って駅前でも行こうよ」

人通りの多いところまで逃げ切ればどうにかごまかせるだろうと田代はそう提案した。
短時間のことであるし、駅前の店で何か買い物でもすればアリバイにもなるだろうと万が一のことを考える。
一方何も考えられていない青木は、田代の言うことをにこにこと頷きながらナイフをやっと内ポケットに仕舞った。

ほっとした田代が青木を連れて細道から出る。

急いでいたので通りへあまり確認せずに出てしまったが、元々人通りも多くないためパッと見誰も通っていないことだけ見るとすぐに走って大通りを目指した。

他と比べて腐っていても田代も青木も堅気と何ら変わりない。
だから知らなかったのだ、ここがよく取引に使われる場から近いことや当然見回りがいることなどは。




「……様子がおかしいな」

今日の担当が園川だったことなど。


園川は見回り中慌てて走り去る二人組を発見し、念のため後姿を撮影しておき辺りを観察する。

「あの二人が出てきたのはこの辺か」

近くまで辿り着くと嫌な雰囲気と少しの声と、そして少しの嗅いだことのある匂い。
血の匂いだ。

まいった、堅気がこんなところで揉め事でも起こしたかとため息を吐いて細道を覗くととんでもない光景が園川を襲う。

予想通り刺されたであろう人間が倒れていたが、それがここにいるとは思いもよらない人間だった。

「遼介君ッ……」

勢いのまま遼介を抱き起す。頭に傷は見当たらないのでとりあえず最悪の事態にはならなさそうだ。
だが右腕と腹のあたりから出血が見て取れ、裾を捲って傷の具合を確認しながら携帯に手を伸ばす。
何故こんな場所に遼介が、先ほどの二人は何者か、疑問に思うことは多々あれど今はただ遼介の回復を願うばかりだった。

携帯を耳に当てると数回のコール音で相手が出る。


「……お忙しいところ失礼します。お疲れ様です、園川です」



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