一緒の夕飯
今日通ったばかりの見覚えのある通りを抜け、裏道に入った所にアパートはあった。
仁君はバイクに乗ったまま器用に駐輪場に停めた。
そそくさと降りてしまった仁君を追うべく、私も慌ててバイクを降りる。
ヘルメットを持ち、階段を登れば、昼間に見たヘアピンを使い、部屋の鍵を開ける仁君の姿。
やけに手慣れているのが気になったが、あえて言及はせず、仁君の後を追う。
「今飯用意すっからその辺座ってろ・・・。」
部屋に入り、手を洗えば有無を言わせぬ仁君の圧力。ヘルメットを抱えたまま小さなソファーに座り込めば、やがてカレーの独特なスパイシーな香りがしてきた。
後ろを向けば小さなコンロで鍋を掻き回す仁君の姿はあまりに不釣り合いだった。
テレビを見る気にもなれず、適当にぼんやりと天井をみていたら、仁君が
「おい、チビ。することねぇならそこに置いてある飯、電子レンジにブチ込め。」
そこ、と顎で示されたシンクの端には、二つの皿が並んでいた。
片方が凄く大盛りなのをみれば、仁君は相当食べるらしきことがわかる。
私は言われるままに二つの皿を電子レンジに入れ、他に手伝いがないか尋ねた。
「なら、替われ。」
と、お玉を押し付けられ黙ってカレーを掻き混ぜる私の横で、仁君は慣れた手つきで卵を割り、何かを作り始めた。
鮮やかな手際に尊敬の眼差しを向ければ、仁君と目が合い、見てんじゃねーよと睨まれた。
私がノロノロとカレーを掻き混ぜている間に、ご飯が温まり、仁君が作っていたものも完成したようだ。
ご飯にカレーをかけてテーブルに持って行けば、見た目鮮やかなオムレツが中心にあった。
…きっとうちのお母さんのより綺麗だ。
そんな事を思いながら、仁君の前に特盛りカレーを置く。
「いただきます。」
私が言えば、仁君は既に食べ始めていた。
優紀ちゃんのカレーは凄く美味しかった。
おふくろの味だなぁ、と一人感動しながら、目の前のオムレツが目に入る。
仁君は作っておいて、食べる気配がない。
美味しそうだな…食べてもいいかな?
思わず仁君に聞いた。
「これ、食べてもいい?」
「あぁ゛!?」
凄い勢いで睨み付けられる。
私が思わず箸を下げると、
「・・・勝手にしろ。」
仁君なりの意思表示。
昔から変わらない肯定の言葉に、ひっそりと笑みを洩らし、柔らかなオムレツに箸を入れた。
…………。
お母さん、完敗だ。
あり得ない位美味しいよ、コレ。
さっきまで人を半殺しにしてた人間が簡単に作れるモンじゃないよ!!
卵なんて半熟だよっ!
心の中で、感動を噛みしめる私の傍らで、仁君が口端を釣り上げて微かに笑っているのを感じた。
……慌ただしい1日が終わりかけて、私が気付いた事。
仁君は外見とは裏腹に、意外とマメである事。家庭的である事。
そして、意外と面倒見がいい事。
仁君がお皿を洗ってくれているうちに、私はお風呂のセッティング。
…って言っても、お風呂に栓をしてふた?を閉めるだけ。
しっかりと栓が閉まっているか確認して、少し開いたふたを閉める。
そして、仁君が寝そべっているソファーの後ろを通って、シンクに向かう。
案の定濡れたままのお皿を、そこにあったタオルで綺麗に拭く。
綺麗に全部拭き終わると、小さな食器棚にそれを入れる。
他にする事はないか探してみると、ベランダに優紀ちゃんの洗濯物だけが残っていたので、畳もうと思い、手を伸ばすが届かない。
爪先立ちになり、もう一度。
惜しい。
あと1cm、足りない。
足場を探すべく後ろを向けば、何かに視界を遮られる。
上を向けば仁君の首筋。
うん、でかい。
正直アパートの天井に、いつかぶつからないか心配になるくらい仁君は大きい。
「おい……。」
仁君を見上げながら考えていたら、下を向いた仁君と目が合い、私が取ろうとしていたハンガーを渡してくれた。
「成長しねぇなぁ、お前。」
フッと笑ってまたソファーに戻った仁君。
キュン、と心臓が弾んだ。
私は赤い顔のままソファーの近くに腰を下ろし、優紀ちゃんの洗濯物を畳み始めた。
〜♪〜♪
粗方畳み終えた所で、お風呂が湧いたと知らせるメロディーが響く。
仁君は何も言わず、フラッと立ち上がるとタオルを持ってお風呂へ向かって行った。
「眠い…なぁ。」
仁君がお風呂に入ってからどれくらい経っただろう。
規則的なシャワーの音が、まるで子守唄の様に私の耳に響く。
携帯を開くと、22:18の表示と12件の着信。
私は履歴を確認する事無く、横になり寝る準備をする。
すると
「おい……。」
またしても仁君……らしき人。
髪から水を滴らせ、こちらを見下ろす仁君は随分と印象が違う。
髪を下ろしているせいだと気付くのに約10秒。
なんて言うか・・・
普通に格好いい。
一気に目が醒め、仁君を凝視すれば、眉に皺を寄せ一言。
「さっさと風呂入って来い。」
ばさりと落とされたバスタオルに、怒られると思って身構えた私は暫し唖然とした。
けれど、怒られないならいいか、と思い直しお風呂に向かった。
*
お風呂から上がり、歯磨きを済ませ、相変わらずソファーに寝そべる仁君に寝る場所を尋ねる。
「ババアの部屋で寝りゃいいだろ。」
即一蹴された。
ソファーじゃないんだ、と安堵の息を洩らせば
「ソファーで寝ようとか考えてたんじゃねえだろうな?
生憎と、ソファーは俺が使うんだよ。」
「…何で?」
「F1見んだよ、悪ィか?」
「えふわん?」
「ッチ、ガキはもう寝ろ。」
不機嫌に返され、私は仕方なく、二つ並んでいるうちの一つの襖に手を掛ける。
「おやすみなさい。」
「……。」
返事はなかったが、ソファーの影から伸びた手がひらひらと振られた。
襖を閉じれば小さな空間。
私は何処か温かい気持ちで、優紀ちゃんのベッドに潜り込んだ。
色々あったけれど、楽しい1日だったと思う。
時々漏れるテレビの音が安心感を与えてくれて、私は深い眠りに落ちた。
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