ふとした出会い
「名前ちゃん、朝よぉ〜」
薄らと頭に響くやけに耳に馴染んだ声、見慣れない部屋、家とは違う香り。
ぼんやりとした頭を叱咤しながら覚束ない足取りで襖を開ける。
ベーコンの香ばしい薫りと、テーブルに乗ったトーストの皿。
私はハンガーに掛けてあった制服に腕を通せば、パリッと糊が効いた感覚にようやく目が覚める。
丁度焼けたらしいベーコンを待って座り込めば、食べている間に優紀ちゃんが髪に櫛を入れてくれる。
仁君はまだ寝ているのか、時折襖の奥からいびきが聞こえる。
(昨日えふわん見るとか言ってたしね…。)
「はい、終わり。」
満足気に優紀ちゃんが言う。
渡された手鏡を覗けば、中途半端な長さである私の髪は、優紀ちゃんの手によって綺麗にセットされていた。
毛先がさり気なくクルン、としているのが可愛い。
時計をみれば、まだ余裕がある。
優紀ちゃんの様子を見れば、仁君を起こす必要もなさそうなので、取り敢えず私は学校へ行く事にした。
「名前ちゃん、学校までの道はわかるかしら?」
優紀ちゃんに聞かれ、わからないと答えれば親切にも地図を書いてくれる。
昨日は東京に着いてすぐに駅からタクシーをつかった為、道を覚えていなかったのだ。
「ありがとう!」
一度優紀ちゃんに抱きついて、部屋を出る。
古びた階段を駆け降り、私はアパートから続く細い道をのんびりと歩きだす。
*
慣れない道に悪戦苦闘しながらようやく辿り着いた学校。
クラスを間違えかけた事以外はまぁ、大丈夫だった。
教室に入れば、もう既にグループが出来つつある様で、2〜3人位で固まっている様な場所がいくつかある。
私は真ん中の列の後ろから三番目。まさにど真ん中だ。
前後にグループが出来つつあって居心地が悪い。
鞄を置いて椅子に座れば、
「おはようですっ!」
笑顔と共に、向けられた私に対しての挨拶。
完全に出遅れたと思っていた私にとって嬉しい出来事。
「おはよう、壇くん。」
笑顔で返せば、彼は嬉しそうに
「はいっ、おはようです。苗字さんでよかったですよね?」
と返してくれた。
ほわっと心が温まる心地がした。
「えー、それじゃ今日の予定を説明する。」
タイミング良く来た担任の一言により、入学2日目が始まった。
*
「苗字さん。お昼一緒に食べないですか?」
午前中の慌ただしいスケジュールを終え、昼休み。
すっかり仲良くなった檀君からのお昼のお誘い。
「うんっ!」
嬉しくなって元気良く返事を返す壇君の隣で、私は大きく頷いて食堂に向かうことにした。
「名前ちゃーん!!」
檀君と雑談しながら食堂への道を歩いていると、間延びした男の人の声。
振り向けば、昨日1日で見慣れてしまったオレンジ頭の先輩とツンツンヘアーの優しそうな先輩。
きょとんと見返せばキヨ先輩が
「今からお昼?よかったら一緒にどう?」
とニコニコと笑いながら言った。
檀君にも確認をとれば「はははっ、はいですっ!!」と元気な返事が返ってきた。
その時、ふとツンツン頭の先輩に目がいった。
優しそうな瞳と視線が絡む。
「ぁ……こ、こんにちは!!」
ペコリ、慌てて頭を下げると、キヨ先輩の手が私の頭に降りて来る。
「名前ちゃん。この地味なのは、南だよ。」
「おい、千石……。地味って紹介はやめてくれ。」
「だって事実だしー?」
「いい加減黙れ。…っと、悪い。
俺は南健太郎だ。一応、コイツのクラブメイトでもある。
テニス部では部長をやってるんだ。
よろしくな!」
千石さんとひとしきり会話した後、ツンツンヘアーの先輩が自己紹介してくれた。
優しげに細められた目もと、差し出された手に戸惑い、じっと見つめてみれば
「これからよろしく、の握手だよ。」
軽く笑って半ば強引に重ねられた手。
邪気のない透明な笑顔に、何故か鼓動が早くなるのを感じた。
握られた左手に熱が集まる。
初めての感覚、気持ちに戸惑う。
それからお昼を一緒に食べた後、二人は体育があると言って去ってしまった。
南先輩がいなくなってからも、何故か南先輩の笑顔が頭に張りついたままだった。
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