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Short Short
Hello, I Love You
 久しぶりに、一週間ぶりにぐっすりと気持ち良く眠れたような気がすると、フェイトは鏡を見ながら長い髪をゴムで纏める。
 ここ、実家に帰って来てからフェイトはあまりよく眠れない日々が続いていたのだ。ベッドが広すぎたせいか、それとも一人で寝るには寒かったせいなのか。いやきっと両方だろう。
 フェイトは、鏡の向こうに映るカフカを見た。ベッドの上、枕にしがみつくようにして彼はうつ伏せに寝ている。
 夕べ……ゴニョゴニョ……も思ったが、彼は少し痩せたのではないだろうか。フェイトは表情を曇らせた。
 ゆで卵の作り方も知らないカフカのことだ。自分のいない間は外食で済ませたり、夜はお酒とおつまみだけ……なんて生活を繰り返していたに違いない。不健康すぎる。天国までスキップだ。いや……地獄か。
 やはりカフカという人は、誰かが側にいなければ生きていけないらしい(生活的な意味で)。今までもきっとそうだったはず。彼の側にはいつも絶えず女の人がいたはずだ。……とても腹立たしいことに。

「カフカ、起きて」

 フェイトは、カフカの背中を揺する。薄くて華奢な、傷一つない綺麗な背中を。
 カフカは眉間に皺を寄せ、鬱陶しそうに顔をそっぽに向ける。
 彼も自分と同じように、眠れない日々が続いていたのだろうか。だとしたら、少し嬉しいかもしれない。ならばもう少しだけ寝かせてあげよう……なんてことは、朝ご飯を食べてもらわなくてはいけないので却下だ。

「ほは、おひへ、かふか」

 叩いて抓って噛みついて。フェイトの怒涛の波状攻撃によって、カフカはようやく目を覚ました。フェイトは噛みついていた肩から口を離し、口元を拭ってとびっきりの笑顔を作る。

「おはようカフカ」

「………ああ、おはようカサブランカス夫人。悪いが、もう少し寝かせてくれカサブランカス夫人。優しいカサブランカス夫人なら、きっと寝かせてくれるはずだ」

 もちろん! と、カサブランカス夫人という甘美な響きに酔いしれたフェイトは頷いた。頬を押さえ、だらしなく緩まないようにしながら。
 子どもの名前はなんにしよう。カサブランカス……カサブランカス……。ジュリアン? 男の子ならジュリアンだ。ジュリアン・カサブランカス。きっとカッコイい男に育つ。ジュリエット? 女の子ならジュリエットだ。ジュリエット・カサブランカス。きっと美人に育つ。自分のように………なんちゃって。
 イヤンイヤン、と赤くなった頬を押さえながらフェイトは頭を振る。けれど、妄想は頭から出ていってはくれない。まだ見ぬジュリアン? ジュリエット? をしっかり脳内メモリーに焼き付けた。とびっきりキュートなベイビーを。

「……また乗せられた。いや、乗るわたしもわたしなんだけど……」

 ハッとしたかのように我に返ったフェイトは、がっくり肩を落とした。
 もういいや、とフェイトは開き直ることに決めカフカを起こしにかかる。夫人らしく。

「朝ですよー。あ・な・た」

 どこが夫人らしいかと聞かれたなら甚だ疑問だが、フェイトはカフカの耳元で優しく囁いてみた。

「………やあカサブランカス夫人。いい朝だ。できればもう少し寝かせてもらいたいねカサブランカス夫人」

 目を擦り、ぱちりとまばたきをしたカフカがニッコリと笑顔を作った。
 が、その手にはもう乗らない。フェイトは問答無用で彼をベッドから引きずり出した。手荒く乱暴に。

「ごはんができる前にシャワーを浴びて来て。それと、シーツをついでに洗濯機の中に入れておいて」

 湿っぽいシーツをひっぺがしたフェイトは、それをベッドの下で寒い寒いと肩を擦るカフカに放って寄越す。

「返事は?」

「………わかった」

 シーツを体に巻きつけのっそりと立ち上がるカフカの尻を蹴飛ばすかのように、フェイトは早くする! と怒鳴りつける。
 けれど、しまったと思ったときにはもう遅い。ここは実家で、マンションではない。住んでいるのは自分たちだけではないのだ。寝ぼけたカフカが場所も知らぬバスルームを求め廊下をうろつけば……。
 思った通り。カフカが部屋を出て行ってすぐに女性特有の甲高い悲鳴……ではなく、なぜかカフカのヒステリーな叫び声が上がった。
 バタバタバタッと足音。部屋に戻ってきたカフカが後ろ手に扉を閉める。彼はなぜか息も荒く涙目だ。

「……アルフにケツを噛まれた」

「前じゃなくてよかったね……」

「それだけか!?」


 エプロンを身につけ、フェイトはキッチンに入る。そこでは、もうリンディとエイミィが忙しく動き回りながら朝ごはんの支度に取りかかっていた。

「おはよう母さん、エイミィ」

 手を洗い、フェイトはトースターを棚から取り出す。

「あら早いのねフェイトさん……。もう少し遅くまで寝てるのかと思ったわ」

 皮肉ではない。いや、皮肉なのかもしれないが。リンディの言わんとするところを察したフェイトは、曖昧な笑みを浮かべながらトーストの枚数を数える。

「壁は薄かったみたいですねお義母さん」

「そうね……。若いっていいわ」

 リンディとエイミィの二人が上品に笑いながら顔を見合わせるので、フェイトには居心地悪いことこの上なかった。

「そういえば、エリオ君とキャロちゃんは?」

 エイミィが塩をフェイトに手渡しながら気がついたかのように口にした。

「あの二人なら、とっくに着替えてテレビを観てるよ」

 ほら、とフェイトはテレビを観ている二人に視線を寄越した。二人は仲良くソファに座って朝食ができるまでの時間を潰している。

「偉いねー、二人とも。早起きさんだ。それに比べてクロノときたら……まだ子どもたちと一緒にぐーすかいびきかいてるよ」

 あの双子ちゃんかと、フェイトはエイミィの子どもを思い浮かべて頬を緩めた。

「うちも、エリオとキャロはよくできたいい子なんだけど……長男が一番手がかかるかな? ね?」

 パタパタとキッチンにやって来て、皿を並べるのを手伝ってくれる二人にフェイトは同意を求めるかのように笑いかける。

「カフカさんですね……」

 人数が人数の、大きなサラダボールを手に持ったエリオが苦笑いを浮かべた。大きな皿をそれとなく女の子のキャロには持たせないところに、彼の優しさを感じることができる。……こういうところはカフカに似たかもしれない。

「そのカフカさんはどうしたんですか?」

 キャロのぴょこんっと跳ねた寝癖を撫でてやりながら、フェイトはカフカならシャワーを浴びていると教えてやる。

「そういえばさっき、カフカさんの悲鳴が聞こえたのだけれど……。なんだったのかしら……」

 頬に手をやりながら、首を傾げるリンディ。とても××歳には見えない仕草だ。

「アルフにお尻を噛まれたみたい」

「まあ、寝ぼけてたのかしらアルフ。……それとも、お腹が空いてたのかしらね?」

「後でアルフに聞いておくよ。美味しかった? って」

 リンディの冗談に冗談で返し、フェイトは笑ってみせた。意識などしていなかったが、こういうところがカフカに似てしまったなと思いながら。

「ねえフェイトちゃん。カフカ君シャワー浴びてるんだよね? 替えの下着とかは……」

 エイミィの言葉を待たずに、カフカのヒステリーな叫び声が再び上がった。先ほどよりも大きい。今度こそ前かもしれないと、フェイトは少しだけ心配になった。


「――信じられるか? 二度だぞ二度! このアホ犬はおんなじところを二度も噛みつきやがった! オレのセクシーなピーチが危うく喰い破られるかと思ったね!」

「カフカ、お前の尻がセクシーかどうかは知らないが、今は食事中だ。汚い話はよせ」

「セクシーに決まってるだろう? 腹の垂れたクロノ提督?」

「なんだと!? 撤回しろ! 僕の腹は垂れてない! 提督になったからといって訓練を欠かしているわけではないからな!」

「黙れブリーフ野郎! ブリーフが許されるのは5つまでだ!」

「人の下着を借りておいてなんだその言い種は!? 脱げ! 今すぐ脱げ! そして謝れ! ブリーフに!」

「ああ脱いでやる! ブリーフなんて恥ずかしくて履いてられるか! ついでにセクシーピーチも見せてやろう!」

「なら、僕の割れた腹筋も……」

 キャッキャッと、煽るかのように手を打ち鳴らし笑うハラオウンの双子たち。エリオとキャロは皿をどけて避難する。それはとても賢い選択だ。

「「――今は食事中!」」

 なぜなら、サラダに真っ赤なドレッシングが二人分降りかかってしまうから。フェイトとエイミィの拳によって。


「――それじゃあお留守番、お願いね」

 騒がしい朝食の後に、フェイトたちカサブランカス一家? 以外は、出掛ける支度を整えショッピングへ。
 双子の手を引き、歩いて行く夫婦。とても楽しそうで、少しだけ羨ましくなる。
 フェイトはいってらっしゃいと手を振りながら、隣りのカフカを窺った。けれど、彼の表情からはなにも分からない。代わりにエリオとキャロを見てみるが、二人はいなかった。どこへ行ったのだろうと探したなら、二人はリンディとなにやら話している。エリオとキャロの二人は、リンディの話に照れたように笑いながら頷いていた。
 留守番についての注意事項だろうかと、フェイトは首を傾げた。母も心配性だなと思いながら。

「どうしよっか……」

 フェイトは隣りのカフカを見た。

「……寝たりないな。夕べは遅かったもんだから」

 欠伸をかみ殺す彼に、フェイトは確かにと照れたように頭を掻きながら頷いた。乾燥機の中で回るシーツと寝室のゴミ箱がその証拠だ。

「でも、今寝たらまた夜眠れなくなっちゃうよ?」

「夜は寝るためにあるのか? それは知らなかったな」

 男のくせに、やけに細い腰をさすりながらカフカは笑った。太陽の出ている時間帯には、これ以上ないほどに似つかわしくない笑みだ。

「お、おと、大人の遊びもいいですけど、わたしたちと遊びませんか!?」

「お、おか、お身体をたくさん動かす遊びです!」

 顔を真っ赤にしながら冗談とも皮肉ともとれるような発言をしたエリオとキャロに、フェイトとカフカは思わず顔を見合わせた。
 カフカか。またなにか二人に余計な知識を与えたのかと、フェイトはカフカを睨んだ。けれど彼は知らないとばかりに首を横に振る。

「ちょっと、カフカにお話があるから。二人は先に遊んでてね?」

 フェイトは、有無を言わせずにカフカの襟首を掴む。武力行使も厭わないと、バルディッシュをちらつかせながら。

「あ、あの、待ってください! その、あの……お、母さん?」

 ガツンと、派手な音が廊下に響いた。カフカの襟首を掴んでいたフェイトが手を放してしまったのだ。
 後頭部を押さえながら悶えるカフカも、今のフェイトの目には入らない。

「あの、えーっと……お、お父さんをイジメないで……あげてください……」

 ガツンともう一発。フェイトが手に持ったバルディッシュを、カフカの上に取り落としてしまった音だ。
 けれどやっぱり、悶えるカフカはフェイトの目には入らない。



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