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Short Short
The Days Of Wine And Roses


酒とバラの日々は

遊んでいる子どもたちのように笑いながら走り去っていく

草原を駆け抜け、閉じようとしている扉の方へ

「二度と戻ることはない」と記され以前そこにはなかった扉

孤独な夜が訪れ

黄金色の微笑の思い出に満ちて吹き過ぎるそよ風がわたしを導く

それは

酒とバラ、そしてあなたとの日々


 カツンッと、小気味良い音でカフカは目を覚ました。小さな音だったが、浅い眠りを覚まさせるには十分だった。
 カフカは、ハッとしたかのようにソファに横たえていた体を起こして、暗闇の中で目を凝らした。どうやら仕事から帰って来て晩酌、そのままリビングで眠ってしまっていたらしい。その証拠にテーブルにはグラスが。氷がほとんど溶け落ちてしまっているウィスキーだ。
 こんなのはずいぶん久しぶりだと、カフカは苦笑いを浮かべ、ゴチャゴチャしたテーブルの上にあるタバコを探した。
 いつもなら、そういつもなら彼女が呆れながら、眠りそうになる自分からタバコを抜き取り、シャワーを浴びて来いと言いつけテーブルを片付ける。

 けれど今、その彼女はいない。

 チカチカと点滅する明かりに、カフカは目を止めた。メールが届いているらしい。差出人はクロノだった。
 生きてるか。食事はちゃんと取っているのか。アルコールとタバコは取りすぎていないか……と、大体そんな風なメールだ。そして最後に――そろそろフェイトを迎えに来いとある。
 そう、フェイトは帰ってしまったのだ。実家に。エリオとキャロを連れて。理由は……言うまでもないだろう。カフカの女遊びが原因だった。
 彼女が実家に帰ってしまってから、今日で丁度一週間になる。ゆで卵の作り方も知らないカフカは非常に苦労した。人としてまともな生活が送れているのかすら怪しいほどに。
 さすがのカフカも参っていた。家に帰って来ても誰もいないというのが、これほど寂しいものだとは思いもしなかったのだ。
 明日、丁度休日だ。花か菓子折りでも手に持って伺うことにするさ――と、カフカはクロノにメールを返した。
 クロノの返信は短く、適切で、おまけに洒落ていた。

―――ロミオはジュリエットをいつ迎えに来た?

 さっさと迎えに来い、ということか。
 カフカは椅子に掛けられたトレンチコートを手に取り、スーツの上に羽織る。そして口にくわえたタバコに火をつけた。湿気っていたハートにも。

「色男なのは認めるが、ロミオって柄じゃないのは確かだな」

 癖のついてしまった髪を撫でつけ、ネクタイを直し、靴を引っ掛け、車のキーを回し、ミラーで笑顔の確認。ミラーには世界一イイ男が移っているではないか。いつも通り。

「カボチャの馬車じゃなきゃイヤ、なんてワガママ言わないでくれよ?」

 カフカは力一杯アクセルを踏み込んだ。デリバリーの食事も洗濯も掃除も、一人の晩酌も一人のベッドにもうんざりだったからだ。


 なかなか立派な邸宅だ。やはり提督ともなると、このくらいは当たり前なのか。
 カフカは車の扉を閉め、フェイトの実家を眺めた。

「チキンなロミオは、正面から行くことはしなかったはずだ」

 カフカはチャイムを鳴らす。クロノのメールにあやかって、ロミオのように庭に侵入するには邸宅の警備は厳しすぎたのだ。監視カメラがあちこちで光っている。

『――はい。どちら様?』

 聞こえたのは女性の声。フェイトではない。
 カフカはモニターを覗き込みながら笑顔をつくる。

「夜分遅くに申し訳……」

 が、すぐにブツッ……と切られた。
 これがアウェイの空気か。カフカは、今のはフェイトの母親リンディ・ハラオウンだろうと検討をつけた。
 少しおっかなくなり、少し帰りたくなったが、めげずにもう一度カフカはチャイムを鳴らした。

『――はいはーい。どちら様?』

 今度は聞いたことのある声だ。クロノの妻エイミィ。カフカも何度か彼女に会ったことがあった。
 今度こそ、とカフカはモニターに向けて笑顔を作る。

「アー……フェイトを迎え……」

 が、またしてもブツッ……と切られた。

「クソッ、今ならミルウォールにだって魂を売ってやる」

 ウェストハムサポーターのカフカはもう一度チャイムを鳴らした。ファッキンミルウォール。

『――こんな夜中に誰だい?』

「アルフか? オレだ。切るなよ? いいか? 切るな? そうだ、ジャーキーをやろ……」

 今度こそカフカは挫けそうだった。
 こうなったら直接フェイトに……と、通信を繋げようとするも、どうやら彼女は電波が届かないところにいるらしい……。
 あくまでも正面から来いということなのか。カフカは四度めとなるチャイムを鳴らした。

『――はい! どちら様ですか?』

 ふたつに重なった声。それは一週間ぶりに聞いたエリオとキャロの声だった。

「オレだ。カフカだ。アー……フェイトはいるか?」

『いますけど……会いたくないそうです』

「………どうして?」

『“カフカにとってわたしは、他のたくさんの女の人たちとなんにも変わんないんでしょ?”……だそうです』

「もう女は卒業したんだ」

 カフカは音声マイクに口を近づけ、少し大きな声を出した。

『本当ですか?』

「ああ、ホントさ。一人を除いては。だから会わせてくれないか? フェイトに」

 カシャンッ、と門のロックが外れる音が鳴った。

『“会うだけ”……だそうです』

「それで充分だ。会えば顔が見られる上に声も聞ける。キスだってできる」

 ポケットに手を突っ込み、カフカは軽い足取りで門をくぐり抜けた。


「――どの面下げて来たんだい?」

「素敵な挨拶だ。今度からオレも嫌いな相手にはそう言ってみよう」

 牙を見せながら唸るアルフの頭を撫で、カフカは玄関で靴を脱いでスリッパに履き替える。

「カフカ君、ロマンチックなこと言うんだねー。クロノはあんなこと絶対に口にしないから羨ましいな……」

「人がセリフを選ぶんじゃない。セリフが人を選ぶのさ。クロノが明日からそんなこと言い出してみろ。笑っちゃうだろう?」

 確かに、とエイミィが苦笑いを浮かべながらの隣りのクロノを窺う。

「僕はカフカみたいに軽薄な男じゃないんだ」

「愛してるっていう言葉を囁くのも躊躇しなくちゃならないのなら、オレは軽薄でいい」

 ニヤリと笑ってみせたカフカに、クロノは頭を掻いた。堅物なクロノにとって、その言葉を口にするのは照れくさすぎるのだろう。
 さてフェイトのところに、と足を進めようとしたカフカの前にリンディが立ちはだかった。ラスボスだ。
 けれど、彼女はニコニコととても嬉しそうな笑みを浮かべている。しつこく食い下がったのが好感を得たのだろうか。

「ほんと、あの人の若い頃にソックリだわカフカ君」

 自身母親の言葉に、クロノがとても微妙な表情を浮かべた。

「あなたもソックリだ」

「あら、誰に?」

「オレが惚れた人に」

 リンディの手を取ったカフカの服の裾を、エリオが慌てて引っ張った。

「カフカさん!」

 そして、エリオが指さした先。少し開いた扉の向こう。じーっと、こちらを見つめるふたつの大粒ルビーがあった。フェイトだ。
 “うそつきめ”彼女の瞳は、そう物語っているかのように不満げな色を帯びていた。そのままパタンと、扉が閉じる。

「あらあら……どうしましょう……」

 口元を手で覆いながら、瞳をぱちくりするリンディ。とても××歳には見えない仕草だった。

「もう! いっつもいっつもカフカさんはそうなんですから!」

 キャロがカフカのトレンチコートを思い切り引っ張る。彼女にしては珍しいくらいにご立腹な様子だ。

「カフカさんは、女心がわかってないんです!」

「仕方ないだろ? 男はみんなそうなんだからな」

 カフカは、ぷりぷり怒るキャロの頭に手を乗せて笑ってみせた。

「男は結局のところ、わかったつもりでいるだけなんだ」

 自分の半分も生きていない少女にそんなことを、“女心がわかっていない”などと言われたのは初めてだったが、カフカは否定しなかった。それは事実だったから。けれど、だからこそ面白い。

「おっと、そうだ。アー……、ひとつ伺いたいことがあるんですがね」

 くるりと振り返ったカフカはあなたに、とリンディを見た。

「なんでしょう?」

「部屋の壁の厚さについて」

 その言葉に、ぽかんと呆気に取られた様子のリンディだったが、納得したかのように笑い出した。

「どうでしょうね………。そう、あなた次第かしら?」

「なら、今夜は毛布を顔まで上げて眠ることをお勧めしますよ」

 コンコンッと、カフカはフェイトの部屋の扉をノックする。返事はない。

「会ってもくれないのか?」

 もう一度ノックをしたなら、入ってと短い返事の後に扉が開いた。
 中は、落ち着いた色使いの内装の部屋だった。モダンでシンプル。思えばフェイトは、トラッドな中にアクセントを加えてモダンな雰囲気を出すということが得意だったような気がすると、カフカは今はとっ散らかっているマンションを思い出した。

「会うのは、半年ぶりくらいな気がする」

 ソファの上。襟の立ったシャツとタイトなスカート姿で、クッションを抱きしめながらこちらをジッと睨むフェイトにカフカは笑いかけた。

「半年じゃない。一週間」

「辛いことは、長く感じるだろう?」

「嘘ばっかり………」

 フェイトは、ムスッとしたようにクッションをキツく抱き締め顔を埋めた。
 そんな彼女の隣りに、カフカは深く腰掛けてテーブルの上のディスクに気がついて手に取った。

「“ある愛の詩”か。イイ映画だ。オレも観たことがある」

「誰と?」

 クッションから少しだけ顔を上げたフェイトが、拗ねたような眼差しでカフカを見た。
 忘れたなと、カフカはディスクをテーブルの上に戻した。

「“愛とは決して後悔しないこと”なんだって」

「オレは後悔してる。フェイトと初めて会ったその日からずっと」

 その言葉に、ふたつの大粒ルビーがゆらゆらと光を集めて揺れだす。やがて、堪えられなくなったかのようにフェイトはカフカから視線を外した。
 そっぽを向いてしまった彼女の長い髪、シルクにも似た肌触りのそれを一房手に取り、カフカは口付ける。

「なぜ、もっと早く出会わなかったのだろうと」

「……………そういうのは、ズルい」

 パシッと、カフカの手を弾き、フェイトは乱暴に目元を拭う。カフカは彼女の手を取り顔を近づけた。唇を重ねるため。けれど、フェイトは顔を伏せてそれを嫌がった。

「キスしたら話ができない」

「話をしてたらキスができない」

 ドスッと、強い力でフェイトはカフカの胸元に額を押し付けた。

「わたし、怒ってるんだよ?」

「花を贈ってご機嫌を取るとしよう」

「………いらない。枯れちゃうから」

「なら、なにが欲しい?」

 さわり心地のいいフェイトの髪の毛に指を通しながら、カフカは微笑んでみせようとしたができなかった。彼女のひとことのせいで。

「――――指輪」

「……考えとこう。小指に嵌めるにはお似合いの、可愛らしいのを見つけておくといい」

「――――薬指」

「……考えとこう。右手に嵌めるにはお似合いの、シンプルなのを見つけておくといい」

「――――左手」

 ギュッと、カフカのシャツを握り締めながらフェイトは顔を上げた。ニコニコ満面の笑みだ。
 カフカは彼女から体を放し、咳払いをひとつ。

「アー……残念なお知らせがある……」

「うん。いいよ。指輪じゃなくても。カフカお金ないもんね」

 ホッとしたかのように胸をなで下ろしたカフカに、フェイトはニヤリと笑みを浮かべながら口を開いた。

「その代わり、もっと欲しいものがあるんだけど?」

「なんだ? 言ってみるといい。お金で買えない価値のものなら大賛成だ」

 もちろんと、フェイトは頷いた。とても晴れやかな笑みで。勝った、とでも言いたそう笑みで。

「――――苗字」



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