短編集
其の6

「かみさんにどうだ?」

「結婚は、していない」

「なら、彼女に?」

「彼女もいない」

「それなら……」

「もう、いいじゃないか」

 懸命に質問をしていくも、レスタは全て否定の回答を述べていく。流石に露店商も疲れてきたらしく、肩で息をしていた。これ以上何も言ってこないと判断したレスタは、立ち去ろうとする。しかし商売魂に火が付いてしまったのか、相手は買ってくれるまで粘りはじめた。

 そのしつこさに、呆れてしまう。このままの状況が続くとなれば、迷惑な話だ。いっそのこと喋れないようにしてやるのが一番だが「人間には手を出すな」と言われているので、それに従う。

 精霊が人間の命を奪うことは滅多にない。よほどのことがない限り、追い払う程度に魔法を使用する。しかし、レスタは闇そのもの。場合によっては「気に入らない」という理由で、人を殺めてしまう。

 リゼルは、そのことを予知していたのだろう「手を出すな」という命令がなければ、実行していた。

 この露店商は、危うい位置で命が救われた。これも相手が精霊だということを認識していないからこそ、行える大胆な行動だろう。もし相手が精霊だとわかった瞬間、どのような反応を見せるだろうか。それはそれで面白いものだと、内心笑みを浮かべるレスタであった。

「なら、記念にどうだ?」

「そのような物は、いらぬ」

「普通は、買っていくものだぞ」

 何故、ここまで拘るのか。その意図を問い質すと、レスタを金持ちと見ていたようだ。生憎、人間が使用している通貨は持ち合わせていない。調査が終われば、すぐに帰るつもりでいた。

「金持ちではない」

 正直に思ったことを口に出す。どこをどのように見れば、金持ちと思えるのか。露店商曰く「魔導師の服装をしているから」ということらしい。確かにレスタの服装は、人間の魔導師が纏うローブに似ていた。

 しかし、違うものは違う。魔法という力は精霊が使用する術を真似したものであって、本来人間が用いる力ではない。精霊達に言わせれば「人間の分際でおこがましい」だが魔法が一般的になっている今日、どのようにして魔法が誕生したのか真の意味を知っている者は少ない。

 人間界では、魔導師は高給取りとされている。基が基だけに、使用できる人間が限られてしまう。いくら人間が使用できるレベルまで下げたとしても、精霊が使用する術を人間が簡単に使えるはずがない。

「魔導師ではない?」

「そうだ」

「なら、占い師か?」

「どうして人の職業に拘る」

「何、この場所で占いの仕事は難しいと思ってな」

「そういうものか?」

「ああ、かなり難しい」

 占いに関して、絶大なる信頼を得ている女王のお膝元。そこで占いで生計を立てていくとなると、難しいという。女王の占いの的中率は、とても高い。噂では、一度も外していないらしい。

「安心しろ、占い師でもない」

「世の中には変わった人間もいるというし、お前もそのようなものか? 若いのに大変だな」

 そのように訊ねられて「はい、そうです」と、答える者はいない。レスタはおかしな質問をする人間だと、態とらしく肩を竦めて見せる。それを見た露店商は悪いことを言ってしまったと謝るが、自覚しているのなら最初から言うなと今度は思ったことを口にしていた。

「今時珍しく、ズバっと物事を言ってくれるね」

「事実だろ?」

「気に入った、それ持っていっていいぞ」

 一瞬、何を言っているのか意味がわからなかった。露店商が指差す方向、それはレスタが持っていたブレスレットだった。正確な値段はわからないが、細工の精密さからいえばかなりの値段。それをタダで持っていけとは、どういう風の吹き回しか。気に入っただけでは説明がつかない。

「貰うわけにはいかない」

「いいって、構わない」

「理由がわからない」

「理由は、必要ないさ」

 人間はその場の感情で物事を言うことは、酒場でのやり取りで経験済み。それは感情の高ぶりなどによって行われるもであって、このような冷静なやり取りでは起こらないとレスタは思っていた。その意外性に言葉が見つからず、無理矢理ブレスレットを受け取らされてしまう。そして露店商の満足げな表情に、レスタは何も言えなかった。仕方なく受け取ると、処分に困ってしまう。


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あきゅろす。
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