短編集
其の7

「彼女ができたら、渡してやりな」

「本当に、金はいいのか?」

「タダでやると言ったらやる」

「すまない」

 レスタブレスレットを眺め、どうするべきか考え込む。自分で身に付けるというのもひとつの手だが、こういう物を身に付けることは好まない。それなら、仲間にあげるのが一番の方法だろう。

 真っ先に、ファリスの顔が浮かぶ。しかし彼女は、アクセサリーを身に付けるほど淑やかではない。それならストルという考えもあるが、外見が幼すぎてブレスレットというのもおかしい。それなら、シルリアしかいない。貴婦人の雰囲気と醸し出す彼女なら、きっと似合うだろう。

「貰っていく」

「素敵な彼女ができるといいな」

「ああ、そうだな」

 最後までレスタが精霊だと気付かなかった露店商は、レスタが立ち去ると同時に再び客引きをはじめる。ブレスレットをひとつあげてしまった分は、きっちりと取り戻す気でいるようだ。

 だが、レスタは知らない。タダで貰ったブレスレットは、並べられて中では真ん中ぐらいの値段だったということを。細工が細かく手の込んだ品物に見えたが、使われている鉱石の質が違う。

 高価なものをタダであげるほど、商売は儲かるものではない。そこそこの値段のブレスレットを手に取ったので、たまたまあげたということだ。そのことをレスタ後で知ろうとも、怒ることはないだろう。そう、物の正確な価値がわからなかった方がいけないのだから。

 精霊界に行くかもしれないブレスレット。このことを露店商が知ったら、何と思うか。きっと「もっと高級な物を差し上げればよかった」と後悔し、値段の低さを知られた時の恐怖に怯えるだろう。

 リゼル同様、レスタも貢物は受け取らない主義。そのような品物が何になるという考えの持ち主であり、物で忠誠心や信仰心を図れるものではない。真に相手を敬愛し崇めているというのなら、日々の祈りにそれが表れる。祈りもせず物で相手の機嫌を伺うなど、馬鹿としか言いようがない。それをおかしいと思わない人間は、もっとおかしい生き物であった。

 その時レスタは仲間の気配を感じ取り、足を止めた。周囲にそれらしき姿はないので、姿を消しているのだろう。この力は、水の気配。そうなると、シルリアが近くにいることになる。ブレスレットを渡すのに手間が省けたと思うレスタは、再び歩き出すと歩きながら小声で会話を進めた。

『遅いので、様子を見に来たわ』

「それは、お前の気持ちか?」

『いえ、マスターよ』

「主が?」

 珍しく帰りが遅いレスタを、リゼルが心配しているという。何事も素早く行うのがレスタ特徴だが、今回の出来事は多くの者を混乱させた。その為シルリアは「人間界に留まる理由とは?」と、質問を投げかけていた。その答えにレスタは、一言だけ呟く。「ただの好奇心」と――

『好奇心?』

「いけないか」

『そんなことはないわ。マスターに、そのように報告しておきます。とても、心配なさっているので』

「ダメだ」

 リゼルの名前が出ると、レスタの性格が一変してしまう。そのことを一番よく知っているシルリアは苦笑すると、その訳を聞く。勿論、理由など聞かなくとも答えはわかっていた。だが、敢えて聞くという選択を取る。本人から直接その意図を聞きたい、これもまた好奇心であった。

「人間は、面白い」

『レスタらしい答え』

「そうか?」

『なら、内緒にしておくわ。マスターが聞いたら、何と言うかわからないし。笑うでしょうね』

「笑う?」

『ええ、そうよ』

「……主が、笑うか」

 予想外の答えに、レスタの足が止まった。リゼルが笑うということは、滅多にない。感情を表に表さないのがその理由であろうが、そのようなことで笑うとは――リゼルが普通に感情を表すようになったのは、最近のこと。そのことについてシルリアに話すと、レスタも同じと言ってくる。

「我は、同じではない。いまだ、感情の表し方がわからない。それにしても、主は変わられた。いや、あれが本来の正しい姿に違いない。我にとって、今の主の姿は喜ばしいことだ」

 リゼルの過去にどのような真実が隠されているかは、誰も知らない。それ以前に、レスタは聞こうと思ったことはない。それに、リゼルも話そうとしない。ただ言えることは、無の感情は仮初めだということ。たとえそれが微笑であっても、精霊達には嬉しい反応であった。


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