短編集
其の2
「占いによって政を決める人間がいると聞いていたが、本当だったとは……噂程度に、聞いていた」
「彼女の場合は、天候や吉凶を占っていたそうです」
農作物を作る者達にとって、天候が何よりも気になること。作物の不出来を左右し、時として全てを持っていってしまう。女王はそれを未然に防ぐ為占いの力で天候を予知し、人々に教えた。
「争いなど起こらなければ、平和な国でした」
レスタが言うように争いなどなければ、今でも王朝は続いていた。より大きく発展を遂げ、世界一美しい都市として有名になっていた。しかし狂った歯車は、一瞬にして全てを奪い去る。
そう、あの時に――
「女王は、殺されたのか?」
「いえ、逃げたそうです」
「盲目でか?」
「それは……」
「嘘は、付くな」
鋭い一言に、レスタ身体を震わせ過敏に反応を見せていた。元来、占い師や呪い師は盲目の人間がなる職業だと認識されてきた。しかし近年ではそのような固定概念はなくなり、その道の力を有している者なら修行をすれば、誰もがその職につくことが可能となっている。
しかし生来の盲目とは違い、力の差は歴然。よって最近の占い師や呪い師は恋占いや吉凶占い縁結びなど、質素なものを行うことが増えてきた。しかし、力が強い者も存在する。そのような者の大半は貴族や商人のお抱えとなり、滅多に外に姿を現すことがなくなってしまった。
盲目の人間は、常に闇と隣り合わせ。その為、闇そのものであるレスタの力を一番感じやすい。その為その女王の力は、凄まじいものがあったという。それは、大半の占いを的中させていた。
「いえ、視力を取り戻しました」
「光を与えたか」
「御意」
「なるほど……意外だ」
「我も、時には――」
その返事にリゼルは肩を竦めると「そうか」と、一言だけ呟く。闇であるレスタが、光を与えることはできない。つまり、己の視力を与えた。其処に何があったのかは、レスタのみ知る。徐にレスタは深々と被るフードを外すと漆黒の髪が毀れ落ち、風に揺れさらさらと音を立てる。
その姿は、二十代前半の男性。はじめてレスタの素顔を見た人物ならそのように思ってしまうが、精霊に正確な年齢はない。
「久し振りだ、素顔を見たのは」
「顔を見せるのは、何かと不都合がありまして」
「色々と煩い奴がいるからな」
「素顔を見せろと、言われています」
「しつこい性格だ」
光を失った瞳を隠すように、目隠しをしている。あれ以来視力がない生活を送っているが、不自由を感じたことはないという。物から発せられる気を感じ取り、物事を判断できるからだ。人の感情も流れる空気によってわかるらしいが、流石にはじめのうちはリゼルの感情を読み取るに苦労したそうだ。
「もう一度、光を与えられるが」
「いえ、このままで……」
「謙虚だな」
「我は、彼女の為に視力を失いました。再び光を取り戻したら、あの時の出来事が無になるだけです」
「聞いてよいか? 何があったのだ」
気にならないと言ったら、嘘になってしまう。そもそも、何故レスタが人間に光を与えたのか。感情の起伏が常に一定であり、他者に干渉しないレスタが。それは、一時的な感情がそうさせたとも思えない。
まさか、その人間を好いたというのか――
「愛したのか?」
「……そうとも思えますし、違うとも言えます。あの時の感情、どのように表現してよいものか」
「お前らしい。人間を好いたことは、何も言うことはない。私も……そうであった。たとえ、結ばれない恋であったとしても」
以前、リゼルは一人の女性を愛した。しかし互いの立場を尊重し、身を引くことを選んだ。不老不死であるリゼルが人間を愛し共になったとしても、不幸が訪れるのは目に見えている。
人は時と共に老い、そして死ぬ。だが、リゼルはそれが訪れない。永遠の時間を生き、この世界を見守らなければいけないという役割が存在した。それにリゼルは、この世界の創造主だ。
それなら、素敵な同族の男を見付けるのが望ましい。このような、人間でもない人物を愛するより。そのことは過去の素敵な思い出として残っており、人として生きていた時期を思い出す。同時に、心の痛みも生まれてしまう。それだけあの思い出は、リゼルに様々な出来事を与えた。
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