短編集
其の3

「恋、だったのでしょうか?」

「それは、わからない」

「複雑なことです」

「難解とも言える。その複雑さが入り混じり、人間というひとつの個を形成しているのだろう。私達には、到底考えられないが。いや、長い年月を生きる者にとっては個を形成していた方がいいのか……」

 各属性に現れる個。それは属性ごとに異なり、人間とは違う。人間の場合は様々な感情が複数存在するが、精霊は決まったひとつのみ存在する。レスタのように闇の如く冷静で、時として非情だ。

 理解しやすいといえば理解しやすいが、精霊はそのような生き方をしなければいけない。他の干渉は極力控え、自身に課せられた役割を全うしていく。人間のように複数の感情で動いていれば、人間界は精霊の干渉だらけになってしまう。そうなれば、世界は危うい状況に陥る。

「話せるか? 無理とは言わない」

「いえ、そんなことは……」

「なら、頼む」

「……御意」

 そして、ゆっくりとした口調で語りだした。


◇◆◇◆◇◆


 それは、今から数百年前の出来事。此処レムール王国は自然に溢れ、肥沃な大地に恵まれていた。人々は日々の恵みに感謝をし、世界を支える精霊達に祈りを捧げ何不自由のない生活を送る。この土地を治める女王ディアナ・レムールは民の信頼が篤く、公平な政は他国の見本となっていた。

 争いとは無縁の地。そのことが示すように、建国されてから今まで近隣諸国との争いは一度としてない。それは女王の政治手腕であり、人柄が影響していた。良き指導者に恵まれた国は、実に幸せだ。人々は口々にそう褒め称える。それだけ女王の政は、素晴らしいものがあった。

 女王ディアナは、占い師として有名だった。生来の盲目故に人の動きは見えないが、未来を見通す力はかなりのものだったという。闇の精霊レスタの力を持つ女王。民にはそのようにも言われていた。

 占い師としての一面を持つディアナであったが、政治に占いの力を持ち込むことは決してなかった。占いによって決まるほど、一国を治めるのは容易いものではない。ディアナの考えは多くの共感者を生み、女王を支える原動力となる。彼女は主に、天候を占っていた。

 大雨などを事前に予知し、それに備えるよう促す。それにより人々はいち早く安全な場所に逃げることができ、被害者は出ずに済む。また不作が予想される年は備蓄を増やし、民を飢えさせないように心がける。

 己が持つ力を正しい方向に使い、民を導いていく。誰も女王に対し不満を漏らす者はいない。寧ろ、感謝をしていた。このような素晴しい力を女王に与えてくれた精霊達に対し――


◇◆◇◆◇◆


 闇の精霊と似た力を持つ女王ディアナ。そのことに不信感を覚えたレスタは、その真意を確かめる為に人間界に向かった。レムール王国はこの時期〈女王誕生祭〉が行われ、活気付いた街は煩いほど賑やかだった。人々は女王の誕生日を祝い、楽しく踊り明かしていく。

 この賑やかな馬鹿らしい雰囲気は、レスタにとっては少々不快なものを感じていた。静けさが取得ともいえる彼。このような雰囲気は苦手であり、用がなければさっさと立ち去っていたであろう。しかし、女王の人柄を知るにはこのような場所に赴くのが手っ取り早い。

 民は、どのように女王を思っているのか。酒が混じり、浮かれ調子の人間の口から発せられる言葉はその者の本音。酒の力は建て前を奪い、舌を滑らかに動かす。そのような人間の言葉は嘘がない。

「女王陛下に乾杯」

 酒場に入ると同時に聞こえてきたのは、そのような言葉だった。アルコールの香りが充満した店内には顔を赤く染めた客が占拠し、次々と大量の酒を胃に流し込んでいく。アルコールの香りに不快感を抱いたのか、レスタは袖で鼻と口を覆うと客の様子を静かに眺めていく。

(情けない)

 客達の光景を観察し、レスタが出した結論はこのようなものであった。いくら女王誕生際といえども、あまりにもハメを外しすぎだ。精霊の間では、考えられない。レスタにとってはその光景は馬鹿馬鹿しいものであり、人間の醜さを見たような感じがした。人間とはもう少し品がある生き物だと思っていたが、酒に酔い他者に迷惑をかける姿は何とも醜い。

(買い被りすぎたか)

 酒場で女王について聞こうと思っていたが、一瞬にして気分が変わってしまう。いくら嘘がない発言といっても、このような情けなく醜い人間に話しかけたくはない。酒と同時に現れた人間の本性。レスタにとっては、不快な対象でしかなかった。一歩間違えれば、相手を殺しかねない。


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