短編集
其の1
事のはじまりは、唐突的。そして、物語の主人公を発見したのはジェド。このようなことを得意とするのはファリスであったが、日頃の“おいた”の所為で、建物からの外出は禁止になっていた。それにより、発見したのはファリスではなくジェド。しかし根が真面目な少年が発見するには、あまりにも大事すぎた。そう、彼が発見したのは人間の赤ん坊だったのだ。
◇◆◇◆◇◆
「……えーっと、どうしよう」
布に包まれた赤ん坊を目の前に、ジェドは全身から汗が吹き出ていた。無論、人間の赤ん坊を見るのははじめて。その為、対応の仕方がわからない。そもそも、精霊界に赤ん坊がいる自体がおかしい。どうやら次元の歪みの影響で、此方の世界に迷い込んでしまったようだ。
ここ数日、人間界と精霊界を繋ぐ空間が歪む現象が起きている。だが、原因は直に判明した。そう、外出禁止令が出ているファリスの所為だ。好き勝手に空間を弄くった為に、捩れが生じてしまった。
今懸命にレスタが捩れを修正しているが、影響は多大なるもの。時折人間界に在るものが精霊界に迷い込んだり、逆に精霊界に在るものが人間界に紛れ込んだりと、トラブル発生は日常茶飯事。
「だからと言って、人間の赤ちゃんは……」
ジェドは、眠る赤ん坊の頬を指先で突っつく。その瞬間、マシュマロのように柔らかい感触に口許がにやけてしまう。面白半分で再度突っついてみる。だが、その行動が赤ん坊を起こしてしまう。
森の中に響き渡る、煩いほどの泣き声。その大声にジェドは耳を塞ぎ、オロオロするばかり。こういう場合はあやすのが妥当だが、子育て経験のないジェドにそのようなことが思い付くはずがない。
「泣き止んで! 泣き止んでよ。お願いだから」
しかし、泣き声は更に大きくなるばかり。完全にお手上げ状態のジェドは、後ろを向き逃げ出す体勢を取る。その時、シッポが掴まれた。突然の痛みに、今度はジェドが大声を上げてしまう。
「こら。いい子だから、放そうね」
無理矢理赤ん坊の手からシッポを開放すると、掴まれた箇所を見る。強く握られ所為か、見事に手形が残っていた。しかし、玩具を取られた時の赤ん坊の反応は凄まじい。泣き止んだと思って安心していたのも束の間、再び大声で泣かれる。それも、先程より声が大きい。
「えっ! な、何? 何で泣き出すんだよ。えーっと、これかな? シッポを取ってしまったのがいけなかったのかな?」
ジェドは器用に赤ん坊の目の前でシッポを振ると、懸命にあやしていく。すると泣き声がピタリと止み、嬉しそうに笑い出した。無邪気な笑顔と笑い声に、ジェドはホッと胸を撫で下ろす。少しずつコツが掴めてきたジェドは、赤ん坊を抱き上げると左右に揺らしてみる。再び泣かれてしまうではないかと覚悟していたが、泣くどころか赤ん坊ははしゃぎ出す。
「なるほど……ふむふむ、こうするといいんだ」
「何がいいんだ?」
後方から聞こえた低音の声音に、ジェドの身体がビクっと反応を示した。恐る恐る振り返り相手を確認すると、先に立っていたのは何とレスタであった。空間の歪みの修復が完了し屋敷に帰るその途中、凄まじい泣き声が聞こえたので何事かと思い様子を見に来たという。
「その抱きか抱えているモノは何だ?」
「えー、その……」
「正直に言うんだ」
「……人間の赤ちゃん」
ジェドの答えに、レスタからの返事はない。すると「上手く聞き取れなかった」と、再度聞き返してくる。
「だから、人間の赤ちゃん」
再び沈黙が走る。“人間の赤ちゃん”という言葉を頭の中で必死に整理しているらしく、レスタは腕を組み深く考えていた。この者は赤ん坊といえども、人間という生き物に代わりはしない。瞬時に危険と判断したレスタは赤ん坊を指差し、ジェドに何処から拾ってきたのかと訊ねる。
「此処に、落ちていました」
「落ちていた?」
「はい。布に包まれて、気持ち良さそうに寝ていました」
「まさか空間の歪みの影響で、人間の赤ん坊が紛れ込むとは……仕方ない。このことを報告せねば」
「報告するんですか?」
「不服か?」
「いえ、それは……」
ジェドの嫌そうな顔にレスタは「気にするな」という言葉で、片付けてしまう。ジェドが嫌がる理由はひとつ。人間の赤ん坊を拾ったなどファリスに知られたら、絶対に笑われてしまう。日頃の立場が逆転し、何を言われるか。絶対に、馬鹿にされてしまう。そして更に、鼻で笑うだろう。
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