短編集
其の5

「はい。此処は、精霊信仰の中心都市。一度は、訪れたいと思っていました。本当に、素晴らしい都市です」

「では、何ゆえこのような人気のない場所に」

「……花を。枯れかけていた花を、植え替えに」

 そのように言うと、植え替えた花に視線を向けた。多くの人間に鑑賞されるということはないが、此処であれば安全に生きていける。本来の野生の花として。その方が、花にとっては幸せだ。

「ほう。優しいですな」

「……いえ、それほどでも」

 全ての生き物に平等に接する。それが、私の役目。ただひとつの花を救っただけで“優しい”とは、実に人間らしい言葉だ。私は真の優しさなど、持ち合わせているものではいないというのに。

「お主は、神話に興味はあるかな?」

「少しは」

「それなら、わしの仕事場に来るといい。これも何かの縁、神話に付いて語って聞かせてあげよう。聖都ルシールに来たというのなら、神話に付いて触れて帰らないのは勿体無いことだ」

「では、お言葉に甘えて」

 人の語る神話は、どれも同じ。この老人の語る神話も、そうであろう。今更聞くこともないが、せっかくの誘いを断るのも悪い。それに、他の神官達とどこか違う雰囲気も気になる。

 そう判断すると、老人の後をついて行くことにした。


◇◆◇◆◇◆


 老人に連れてこられたのは、大神殿が建てられている区域の隅。建物は石造りで、大きさは精霊が祀られている神殿と同じ。しかし繊細な彫刻は施されておらず、寧ろ此方の方が好みだ。

「あの建物は、大神殿と呼ばれている。精霊王で在らせられる、リゼル様が祀られておられる」

「……白き竜の化身ですね」

「そうじゃ。そして、この世界の創造主」

 何気なく発せられた言葉に、足が止まってしまう。老人は確かに“世界の創造主”と、言った。しかし人間の間では、二匹の竜――姉と兄が世界を創造したと神話に記されている。だが老人が言った言葉は、それを否定するものであった。無論、冗談で言ったとは思えない。

「今、なんと……」

「リゼル様こそ、世界を創られた方」

「ですが、神話では」

「偽りの神話など、わしは興味ない。天地創造の時代を人間が語るなど、それこそおこがましい」

 人間は、空や大地が誕生した後に生み出した。それ故、人が真の神話を知ることはない。だが、目の前に立つ老人は知っている。何故――衝撃的な内容に、思わず言葉を失ってしまう。

「おや? 不思議そうな表情をなさっているな」

「当たり前です。語られる神話を否定するものですから。神官である貴方が、そのようなことを……」

「わしは学者だ。専門分野は、古代から伝わる神話じゃ。最近では知識を買われて、此処いるというわけだ」

 学者という職種に、妙に納得してしまう自分がいる。神官とはひとつの考えに凝り固まった者達であり、物事を違う方向から見ようとはしない。逆に学者は多方面から物事を調べるので、様々な発想が生まれる。だからこそ、神話の矛盾した部分に気付いたということか。

「これから、何か予定はあるかね?」

「いえ、特には……」

「それなら、長く話していたい。見るところ、お主は賢そうだからのう。神官達とは、違う」

「そんなことは、ないですよ」

 賢いということは、何か。勉学ができることか、それとも物事の判断に長けていることか。私は後者だと思う。勉学ができようとも、道を外れては生きてはいけない。それなら、正しい道を選べる判断力の方が大切だ。

 老人が言う“賢い”とは、私の何処を見て言ったのか。私は、賢くはない。本当に賢いというのなら、姉と兄に立ち向かっていた。愚かで臆病で、貴方が思うほどリゼルという存在は強くはない。

「謙虚であることが、賢い証拠じゃ。愚かで自惚れが強い程、謙虚さに欠ける。わしはそう思っている」

「……勉強になります」

「老人の言うことを素直に聞くのも、賢い証拠じゃ」

 自身に当て嵌まらない言葉に、苦笑してしまう。何より、人間に諭されるとは思いもしなかった。だが、老人が言っていることは正しい。絶対的存在として創られたとしても、学ぶべきことは多い。知識の吸収――人間に転生し人間として生きた時、そのことを知った。


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