[携帯モード] [URL送信]




   第五章 リアルの女

キリちゃんが、初デートの待ち合わせに指定してきたのは意外な場所だった。
僕はK府、キリちゃんはN県、両方の県が隣接するS県の高速道路のサービスエリアの駐車場であった。
チャットの後、すぐにメールがきた。


S県の阪神高速道路
伊吹サービスエリアの駐車場で
ナンバーOOOの赤いデミオを探してください。

                   蟷螂


待ち合わせの日時に、僕は愛車のパジェロミニ EXCEEDでやってきた。
愛車はシルバーに紫のラインが入ったツートンでかなり目立つ。休日の午前中なので車の数は多いが、容易に赤いデミオを探し出すことができた。

愛車から降りた僕はデミオのナンバープレートを確認した後、運転席側のガラスをトントンと軽く叩いた。
運転席には20代後半に見える、髪の長い色白のきれいな女性が乗っていた。ふと顔を上げて僕の方を見て、にっこりと微笑んだ。
あぁー、この人がキリちゃんだ!
想像していたよりもずっとずーっと美人じゃないか!
会いたかったキリちゃんにリアルで会えたんだ。僕は嬉しくて感動して胸がいっぱいになった。

デミオから降りて、キリちゃんは僕に挨拶をした。

「蟷螂こと、キリちゃんです」
「僕はしょうちゃん、初めましてなのかな……?」
いつもネットでしか知らないキリちゃんが、生身の女として僕の目の前に存在している。何とも不思議な感覚だった。
初対面といっても、僕らはネットでは恋人同士……気持ちは分かり合えているはずだ。僕は当然、女としてのキリちゃんに興味を抱く。

「あたしの車はここに置いていくから、しょうちゃんのパジェロに乗ってもいい?」
「もちろん!」
「ねぇ、伊吹山(いぶきやま)の方へドライブに行かない?」
「伊吹山かぁー季節も良いし、よしドライブにいこう!」
僕のバジェロにキリちゃんが乗ってきたら、車内にプーンと良い香りが漂う、キリちゃんがつけてる香水は、ディオールの「Forever and Ever」かな?
死んだ彼女と同じ香水だ。僕はキリちゃんに女を感じて下半身が熱くなった。

途中、どこかにラブホーはあったかな?
……と不謹慎なことを密かに考えている僕だった。

助手席に座っている。キリちゃんを横目でチラチラ観察する。
髪はロングのストレートを栗色にカラーリング、顔は色白で派手過ぎないナチュラルメイクの美人。ファッションは黒の七部丈のTシャツの上に白いロングカットソーをふわりとはおり、ボトムスはフェイクレザー風の黒のレギンスで足元はヒールの高いミュール、大人の色気のあるファッションだ。
そして膝にはルイ・ヴィトンのパピヨン、とても趣味がいい。

僕は今までオフ会やちょっとした切欠で、ネットの女性たち数人とリアルで会ったことがあった。死んだ前の彼女も元々ネットで知り合った仲なのだ。
だけど会ってみると……ほとんどの場合、ネットで抱いているイメージとだいぶ違うことの方が多い。ずっと年上だったり、かなり肥満していたり、鬱っぽい人だったりと……。
相手に失望して、一度きりでもう会わなくなったことの方が多いくらい。

――それなのに、キリちゃんときたら僕の想像以上の女性だった。
たしか離婚してシングルだと言ってたけど……リアルの男たちが、こんな美人をよく放って置くなぁーと不思議に思った。
こんな素敵なキリちゃんと毎晩チャット部屋でイチャイチャしていたのかと思うと、ニヒヒッと思わずほくそ笑んでしまう。

高速道路を走っていると、キリちゃんが突然いい出した。
「ねぇ、この先にホテルがあるの。休憩していってもいいわよ」
「ほ、ほんとにぃ――――!?」
僕は嬉しくって、思わず急ブレーキを踏みそうになった! 危ない、危ない!
まさか、そんな大胆なことをキリちゃんの方からいい出すと思ってもみなかったので面食らった。
たぶん……きっと離婚して1年も経つんで寂しいんだろうか?
いわゆる男ヒデリってやつだなー、だったら僕がたっぷりと……頭の中で卑猥な空想が膨らんでいく――。

ここから先は高速を降りて……僕の目にはラブホテルの看板しか入らなくなった。
しばらく走ると、駐車場から部屋を選んでチェックインできるモータープール式のラブホテルがあった。「恥ずかしいから……」とキリちゃんが言うので、そこならフロントで顔を見られないで済むからと、僕らはそこに決めた。
ルームパネルの点灯している部屋から適当なのを選びボタンを押した。ふたりはエレベーターに乗って、自分たちの部屋へ向かった。
キリちゃんはまったく物怖じする様子もなく、平然と僕の後ろをついてきた。

キリちゃんって……意外と遊んでいるのかなぁー?
すごい美人だし、いっぱいの男に言い寄られているのに違いない。もしかしたら、それが原因で離婚したのかもしれない。
勝手な想像しながら、僕は横目でキリちゃんをチラチラ見ていた。

エレベーターが止まってドアが開いた。番号が点滅している部屋を僕らは開けた。
そしてラブホテルの部屋に入っていった、中央にドンと大きなベッドとソファーに小さなテーブル。
……それだけの部屋、アレを目的とした部屋、こんなところにきたのは、久しぶりかもしれない。
ここでキリちゃんを今から抱くんだ、なんだか現実と思えない不思議な感覚だった。

キリちゃんは喉が渇いたと冷蔵庫からペリエを出して、そのまま瓶から口飲みしている。僕はビールが飲みたかったけど、運転があるのでコーラにした。
携帯を開いてチラッと見ていたキリちゃんはパチンと閉じてバッグにしまう。
そして慌ただしく――。

「先にシャワーに入るわね」
そういって、さっさとシャワールームに入っていった。
思わぬ急展開……ていうか、ネットではお淑やかに見えていたキリちゃんがリアルでは、結構、大胆な女だという事実に驚いた。
もしかしたら、ネットで男漁りしているのかも……?
今から始まるスイートな出来事と裏腹に、僕の心の中では何んともいえない重い感情に覆われてしまった。
キリちゃんを抱いてしまったら、もう後戻りできないような……そんな気がした。

シャワールームからバスローブを着てキリちゃんが出てきた。その中身は全裸だろうか?
ドキドキしながら、交代で僕もシャワールームに入った。
僕がシャワールームから出てくると、キリちゃんはベッドの上に寝そべって携帯をイジッていた。
なんだか、リアルで初対面とは思えないキリちゃんのリラックス振りに、薄ら寒いものを感じながらも、ベッドの上の御馳走を食べたいオスの衝動は抑えられない!
ベッドに腹這いになって、肘を付いて携帯を打つ(誰にメール送っているんだろう?)脚は上に90度に曲げている、その肢体が艶めかしくてセクシーだった。
抱いたら、キリちゃんは僕のモノになるのかな?

黙ったまま、僕はベッドの彼女の横にいくと……
抱きしめてキスをした、キリちゃんは僕のキスを受け入れた、僕が舌を入れるとディープなキスを返してくれた。
僕らの相性は悪くなさそうだ、ごく自然にふたりは結ばれた。

「避妊しなくていいの?」
……と僕が訊くと、
「赤ちゃん欲しいから中で出して……」
キリちゃんが信じられないことをいう、もしデキても……キリちゃんとなら結婚してもいいや、てかっ、絶対に結婚したい!
彼女の許しを得て、僕は彼女の膣で何度も果てた、その度にキリちゃんは喜びを身体で表す、何度も痙攣しながらイッてしまった。
すごく感度も良さそうだ、キリちゃんとは身体の相性も最高だった。

どのくらい時間が経っただろうか?
ふたりともベッドの上でまどろんでいた、キリちゃんの髪の匂いが男の本能をくすぐる。
「今、なん時……?」
携帯の時計を見てキリちゃんが起き上がった。

「シャワーに入ってくるわね」
そういうとベッドの周りに散らばった下着類を集めてシャワールームに入っていった。もう、お開きかいなぁー? もっともっとキリちゃんを抱いていたい僕は残念だったが……しつこいのは嫌われるので、僕ものろのろを帰る準備を始めた。
それにしても……キリちゃんてば、情熱的だったなぁー。シャワーの音を聴きながら、先ほどのふたりの情事を思い出して、ニヒヒとスケベ笑いが零れる。
一年前に恋人を亡くして、ずっと傷心だった僕の心に灯りが燈った。キリちゃんと結婚して絶対に幸せになるんだ!

――僕の中で幸せな未来図が拡げられていくようだった。





   第六章 危険な女

水蜜糖のような甘いひと時、ラブホテルから出て……。
ふたたび僕のパジェロEXCEEDに乗ってきたキリちゃんは、せっかくだから伊吹山の方へドライブに行きましょうという。
まだ、時間は正午を少しばかり過ぎたくらいだ。僕は空腹なので、どこかで食事でもしないか? と、キリちゃんに持ち掛けたが……是非、見たい珍しい高山植物がこの先に群生いるので一緒に見たいと言うのだ。
日が暮れたら見えないからと、行先を急かされた。
その高山植物(僕には興味がない)を見にいってからでも、食事はいいかと思いキリちゃんの意見に従う。
惚れた弱みでキリちゃんには、何ひとつ逆らえない僕だった――。

パジェロのカーナビをキリちゃんが勝手にイジって目的地を設定した。
僕は訳も分からないまま、カーナビが指示する場所へとハンドルを握り運転をする。それにしても、ずいぶんと険しい山道へ入るんだな?
おおよそ……地元の林業の人しか知らないような、けもの道へパジェロが入っていく。四輪駆動でないとこんな山道は絶対に無理だ。
ふと、疑問に思った……キリちゃんにリアルで乗っている僕の車(パジェロミニ)の話をしたっけ?
どうして、こんな険しい山道を走らせるんだろう?

曲がりくねったカーブを走り、どんどん林道から外れていった。そして道の行き止まりには、見渡すかぎり青紫の花畑があった!
こんな山の中に、こんなきれいな花が群生しているとは思わなかった。

「ここは誰も知らない秘密の場所よ」
「すごいなぁー、紫のきれいな花だ!」
その花は濃い青紫で平安時代の貴族の冠のような形の花だった。実家の母親が庭で育てている釣鐘草にも少し似ているが、初めてみる花だった。
「わたし、大学は薬学部で漢方薬とか研究していたのよ」
「仕事は薬剤師さん?」
「そうよ」
「へぇー、キリちゃんって頭良いんだね」
何気なく、僕が花に触ろうとした瞬間、
「触らないで!」
キリちゃんがきびしい声で制止した。
「えっ!」
慌てて飛び遠のいた僕は、ビックリしてキリちゃんを見た。
「その花は毒があるのよ」
「……え、ええっ!?」
「車に戻りましょうか?」
「うん……」
僕の頭の中で、あの花はいつかパソコンの検索で見たことがあるような気がしたが……。
あの花はなんだろう? ――どうしても思い出さない。
パジェロに戻った僕らはしばらく取り留めのない会話をしていた。主に僕の仕事のことや家族ことなどキリちゃんに話す、予備知識として知っていて貰いたいと思って……。
もしかして……さっきのセックスで子どもがデキたら結婚するつもりだったし、デキてなくとも、僕はキリちゃんと結婚したいと思っていた。

セックスの最中にキリちゃんは何度も「赤ちゃんが欲しいの」とか「あなたの種で妊娠したい……」とか、喘ぎながら何度も呟いていた。余程、彼女は子どもが欲しいみたいだった。
――それとも、一種の性癖なのかな?
『妊娠』というキーワードで絶頂感を感じるとか、そんなフェチ? ますます不思議なキリちゃんだけど、そんな彼女に惹かれていく僕だった。

車の中でしゃべっている最中にキリちゃんの携帯電話が鳴った、マナーモードだったのでバイブの振動だけだが、パピヨンの中で揺れている。
バッグから携帯を取り出して、メールを確認してからパチンと閉じた。
「さて……」
そう呟くと携帯をバッグにしまい、僕の方を見て……。
「ねぇー、喉が乾かない?」
キリちゃんが明るい声で訊いた。

彼女は自分のバッグから缶コーヒーとエビアンを取りだした、そして缶コーヒーのプルトップを外すと僕に手渡した。
スレンダーな体型を保つためにダイエットに気を使っているらしい、キリちゃんはミネラルウォーターしか飲まないようだ。
丁度、お腹も空いていたし喉も渇いていたので、その缶コーヒーを一気に飲みほした。飲み終わった僕を、じっと見ていたキリちゃんは……。
「美味しかった?」
と訊いたので、
「うん、喉渇いていたから……」
にこやかに僕は答えた。
「10分ほど……わたしの話しを聞いてよ」
「10分? いいや何分でも聞くよ」
そう答えるとキリちゃんは携帯の時計をチラッ見てから、しゃべり始めた。

「けっして誰にも言わないでください」
そういって、彼女は唇の前に人差し指を立ててシィーと合図をした。
「実はしょうちゃんがネットでいつもチャットしてたのは、わたしじゃなくて……」
「ん?」
「わたしの夫なの」
「へ……?」
はぁ? 意味が分からない。
「だから、夫なのよ」
「えぇ―――マジ?」
嘘? なにいってんだ? キリちゃんは離婚して独身だって言ったじゃないか、それは嘘だったのか?
「うちの夫はネットで女の振りして男の人と遊ぶのが趣味なんです」
「ネカマ?」
キリちゃんの言葉に耳を疑った。
まさか、自分がそんなベタなネットのトリックに引っ掛かっていたとは……信じたくもない。

「わたしたち夫婦は結婚して5年経つけど、セックスは年に数回しかしたことないんです、しかも、ここ1年は全くナシで……そのせいで子どもが作れないの」
「セックスレス?」
「わたし、どうしても赤ちゃんが欲しいんです! 夫は抱いてくれないこと以外は素晴らしい人なんです」
「…………」
何いってんだ? そんな夫なら別れてしまえばいい、僕ならキリちゃんを満足させてあげられるのに……。
「わたし、ネットで夫とイチャイチャしている男たちにすごく焼きもちを妬くんです!」
「だって、こっちは女だと思っているから……」
ネカマに騙されていた自分が悔しくて、チッと舌打ちをする。
「男だろうと女だろうと……わたしから夫の愛情を奪う人間は殺したいほど憎い!」
「なにいってんだよ、キリちゃん……」
「夫に抱いて貰えなくて、赤ちゃんが産めなくて、わたしがこんなに苦しんでいるのに……ネットで楽しいそうに、わたしの夫とラブラブしてるなんて許せないわ!」
明らかにキリちゃんの様子が変だ! ギラギラした目で異常に興奮している。

「だからぁー、そんな夫とは離婚して僕と結婚すればいいじゃん!」
「嫌よ! わたし夫を愛しているの! 夫以外の男なんかぜんぶクズよ!」
「何だよ、それっ、ふざけんなっ!」
キリちゃんの言い方が頭にきて、僕は声を荒らげた。
「夫の代わりに夫の恋人の男とセックスして赤ちゃんを産んだら……きっと夫も喜んで、一緒に育ててくれるわ」
夢見るように、うっとりした顔でキリちゃんがいう。
「僕の気持ちはどうなるんだ? おまえら夫婦に騙されて、あげく種馬がわりかよ?」
「いいじゃない、最後にいい思いしたんだから……気持ち良かったでしょう」
ウフフッと妖しい笑い声を洩らす。そのキリちゃんの姿が突然ぶれて目に映る。
「ほらっ、見て、しょうちゃんの遺書よ」
白いコピー紙を僕の顔の前でひらひらさせる。


     ― 遺書 ―

愛するOO子を事故で亡くし、僕は生きる望みを失くした。
もうすぐ結婚式の予定だったのに、一緒にドライブ行こうと買った
パジェロミニ EXCEEDの助手席は、彼女のために空けておくよ。
ひとりじゃあ、寂しくて生きていけない。
もう死にたい、僕は死ぬしかないんだ。
OO子のいない世界なんか、なんの希望も持てないから。
パジェロミニ EXCEEDに乗って、彼女の世界へ旅立ちます。

                      Syochan85


それは1年ほど前、恋人を亡くした直後に酒を飲んでヤケクソになって書いた遺書だった。
僕のブログの日記のどこかに書いたものだが……。
どうして? キリちゃんが知っているんだろう? たしか非公開になっていたはずなのに……。

「……で、僕はどうなるんだ?」
さっきから、頭がフラフラして意識が朦朧となってきた。
「わたしカマキリだから、交尾した雄は食い殺さないと気が済まないの」
「嘘だろう? なんで……」
「トリカブトで殺した雄はこれで3匹めよ!」
「トリカブト……」
そういえば、さっき見たあの花――あれはトリカブトだったんだ。
あははっとキリちゃんの笑い声がかすかに聴こえる。なんで、なんでぇー僕がそんな不条理な理由で殺されなくっちゃいけないんだ……あぁー意識が遠のいていく……。
もう……ダメだ……。


男がハンドルにうつ伏して動かなくなるのを見定めてから、女は携帯を取り出し通話を始めた。
「もしもし、あなた? もう死んだわよ」
「…………」
「ちょうど10分でトリカブトが効いたみたい、苦しまずに逝ったから……」
「…………」
「どうしたの?……泣いてるの? 今度こそ、彼の赤ちゃん産むから泣かないで……お願い」
「…………」
「早く迎えに来て、死体と一緒は嫌よ!」
「…………」
「そこからなら、後10分くらいで来れるでしょう?」
「…………」
「うん、待っているから……そうね、すごく喉が渇いたわ」
そういうと手に持ったエビアンのミネラルウォーターを勢いよく女は煽った。

「あなた愛しているわ」

そういって彼女は携帯を切った。――そしてミネラルウォーターを飲みほした。





   第七章 見知らぬ男

どのくらい、気を失っていたんだろう?
意識が戻って目を開いたら……見知らぬ男の顔が、僕を覗き込んでいた。

「しょうちゃん?」
低音だが優しい声で呼ぶこの男は誰だ? 歳はたぶん僕より4〜5歳上かな? 
レンズの薄い眼鏡をかけた知的で品の良い……なかなかスマートな美男子……そう、日本の奥さまたちに絶大な人気を誇る漢流ドラマ「冬の……」の、あの人を思わせる風貌だった。

「君を巻き込んですまない……死ななくて良かった」
「…………」
僕はまだ頭の中が痺れた状態で言葉が出てこない。ここは……そう僕のパジェロミニの中だ。
男は運転席のドアを大きく開いて、覗き込んで僕に話しかけてくる。
「即効性の睡眠薬だから……気つけ薬で目を覚まさせたんだ、大丈夫?」
なんとか上体を持ち上げて、のろのろと頭を振りながら座席から身体を起こした僕。朦朧とする脳で助手席を見て、心臓が飛び出すほど驚いた!

「キリちゃん?」
彼女は目を見開いたまま、口から血を流して動かない……完全に死んでいるようだ。
「キ、キ、キリちゃん死んでいる……」
ショックで一気に目が醒めた!
「蟷螂こと、本当のキリちゃんはわたしなんだ」
「…………」
あまりのことに僕の心臓はバクバクするが、睡眠薬のせいで身体が思うように動かない。
「わたしが妻を殺した。しょうちゃん……わたしたち夫婦の話しを聞いてくれないか?」
そういうと、静かな声で男が話し始めた。

「あなたが本当のキリちゃん……?」
僕はこの男と、毎晩ラブラブチャットをしていたのか?
「しょうちゃんに、真実を知って貰いたいんだ、少し長くなるけど話を聞いて欲しい」
どっちみち、頭がフラフラしてる僕は逃げだすこともできず、この状況では男の告白を聞くしかないだろう?

――静かな声で男が話し始めた。

わたしはN県で父親の代から続く歯科医を開業している者だ。
妻と知り合ったのは、彼女が高校生で父親の歯科医院に患者として来院したのが始まりだった。まだ医学生だったわたしは、父の歯科医院で手伝いをしていた。
当時から女性にはモテるわたしだったが、初めて妻を見た時は「可愛い娘だなぁー」と興味を惹いた。
妻の方も、わたしに一目惚れしたらしく歯の治療が終わってからも、毎日毎日、歯科医院にやってきて、あげく受付のバイトに雇われた。
妻の実家は大きな薬局で、妻も薬剤師を目指して受験勉強していたんだ。
医者と薬剤師は良い取り合わせだろう?
男は当時を思い出してか? フッと薄く笑った。

妻が大学を卒業、薬剤師になり、わたしは歯科医師になった。
その頃、父が病気で身体を壊して歯科医院を続けられなくなったのを期に、わたしたちは結婚して、父の歯科医院を引き継いだ。

妻が恋愛時代から、かなり焼きもち妬きの性格なのは分かっていたが……。
むしろ、結婚してからの方が、さらにひどくなってきた。歯科医院で雇っている、歯科衛生士や受付の女の子にも焼きもちを妬いて、つまらない理由で辞めさせたりするようになった。
その上、わたしに興味を示す女性患者にまでヒステリーを起こして、時々トラブルになり、歯科医院の評判まで落とす始末で……。さすがに、わたしやわたしの母に厳重注意され、それが原因で歯科医院の手伝いをさせて貰えなくなったんだよ。

そのことで、さらにフラストレーションが溜まった妻は……。前よりいっそう、わたしに対する監視が厳しくなってきたんだ!
家に居ると四六時中、側に付いて回るし、たまに気晴らしにひとりで出掛けようものなら……。携帯に5分置きにメールを送り続けるし、もう息が詰まりそうで……。
何度も別れ話で夫婦ゲンカになったが、その度に妻は泣いて「捨てないでくれ」と縋ってくるんだよ。

そこまで話して、男はフゥーと深い溜息を漏らす。
さぞや、地獄の修羅場だったのだろう? なんだか、この男が妙に気の毒に思えてきた。
惚れられ過ぎるのも幸せかどうか、考えさせられる。

結婚して1年過ぎた頃から、子どもの出来ないわたしたち夫婦に周りがいろいろ言ってくるようになった。「子どもはまだなの?」その質問が、専業主婦をしている妻には死ぬほど辛かったようだ。
その頃はまだ、妻とも普通にセックスをしていたが……。
「わたしは元々……それはど、その行為に執着するタイプではなかったので……妻には不満だったようだ」
男は苦笑いをして、照れたように瞳を伏せた。 
たしかにイイ男だ!
キリちゃん(死んだ方)が焼きもち妬いて、おかしくなる気持ちも分からなくもない。

「子どもが欲しい、子どもが欲しい……と、妻がそればかりを言うようになって、わたしは妻とのセックスが……まるで義務のように感じて、段々気が重くなって……そういう気分にならなくなってきた」
……だから、彼女はあれの最中に赤ちゃんが欲しいっていったのか?
なのに、母親になれないまま死んだキリちゃんが可哀相だった。
「いろいろ検査したんだが……どうも彼女の方に原因があったようなので、それで妻は余計に……」
男は言葉を詰まらせて……唇を噛みしめた。





   第八章 嫉妬する女

――さらに、男の話は続く。
浮気されるんじゃないかと、妻の監視がいよいよ厳しくて……ひとりで外出できないわたしは、3年くらい前からネットサイトで遊ぶようになった。
診察を終えて、食事を妻と食べてから、自分の部屋に引き籠ってネットで遊ぶ、これが唯一のわたしのストレス解消法だった。最初はネットゲームで遊んでいたが、その内……アバターコレクションにハマってしまった。毎月十数万のアバターを買い続けたよ。
「たかがネットのアプリ、こんなものと……分かっていても、どうしても止められないのがアバターだよ」
「そうですよね」
「コンプリートしようと思うと、なおさら……」
「……ですね」
僕もアバ廃人一歩手前まで逝った? ので、そんな彼の気持ちは理解できなくもない。
しっかし……十数万って!? さすが歯科医師だ――。

「その頃からなんだ、アバター交換に有利なように女性のハンドルネームを持つようになったのは……」
「あのサイトのアバ廃人たちはHNを十数個持っているのはザラですよ」
「わたしは、女性になりすましている内に……それが快感になってきたんだ」
「…………」
ネカマに騙されていた僕は、ちょっとムッとした。
「すまない……しょうちゃん、君も騙してしまったね」
「もう、いいです……」
今さら謝られても……しょうがないし……。

僕の隣には死人がひとり居る。
今さら、そんな問題ではないはずだ。今、この男が僕を殺害しようとすれば……睡眠薬のせいで自由が効かない僕を殺すことは容易だ。
しかし……この男からはそんな殺気は全く感じられないし、ここまできたら、真実を全て聞いてしまいたいという、僕の好奇心もあった。
恐怖を感じながらも、この男の話に耳を奪われた。

毎日、ネットでネカマになって遊んでいたら、いろんな男たちが言い寄ってきたよ。
実は男に結婚を申し込まれたこともあるんだ、そういって苦笑いをする男。熱心にネカマのキリちゃんにラブコールする男性がいてね。わたしたちは仲良くなって恋人ごっこをしていたんだよ。

そう、付き合いだして三ヶ月くらい経った、ある日、彼は何の連絡もなく急にネットにこなくなったんだ。心配したわたしはネット仲間に、彼の消息を訊いて回っていたら……そしたら、なにか事件に巻き込まれて死んだらしいと情報を掴んだ。
それで新聞をネットで検索して詳しく調べたら、その事件と該当するものが見つかった。


   東京都M市でO月O日未明。
   ホテル『マリリン』の駐車場で、駐車していた車の中から若い男性の遺体発見。
   男性はM市に住む会社員OOOOさん(28歳)とみられる。
   OOOOさんの体内から毒物トリカブトが検出され、他殺された可能性が高い。
   同ホテルに一緒に入室した若い女性の行方を警察では追っている。


トリカブトの毒と聞いて、わたしは嫌な予感がしたんだ。
妻は薬剤師で特に東洋漢方には詳しくて精製方法もかなりよく知っていたからね。
結局、その事件はゆきずりの犯行とみられ、一年経った今も犯人は見つかっていない。

その次にネカマのキリちゃんが親しくなったのはO県K市に住む大学生だった。ネットの世界は気が合えば年齢も性別も関係がない。
彼も付き合い出して、四ヶ月ほどでネットから忽然と消えてしまった。

気になって、O県の地方紙をネットで検索して読んでいると、こんな記事が……。


   同県K市でO月O日午前九時。
   サンシャインコーポ二〇四号室住む、O大学三年生OOOさん(21歳)が
   部屋で血を流して死んでいると、バイト先の店長から通報があった。
   三日前からバイト先を無断欠勤していた、OOOさんの様子を見に来て遺体を発見。
   部屋には遺書と思われるものがあり、トリカブトによる服毒自殺とみられる。
   なお、警察ではトリカブトを入手した経路など詳しく調べている。


彼もまた、トリカブトによる死亡だった。

その頃から、わたしはネットのマイページを誰かに覗かれているような気がしてならない。前の日にネットを落ちた時と……なにか、どこか違うんだ。メールも誰かに読まれているような……そんな気がする。
それで何度もパスワードを変更してみたが……すぐにまたパス抜きされるんだ、だけど、レアなアバターが盗まれてもいないし、いったい誰が……?
考えられるのは、診察中にわたしの部屋のパソコンをイジれるのは……そう、妻だけだ。

もしかして妻が……?
そんな疑念を拭えないまま……わたしたち夫婦は冷めた生活を続けていた――。
「そして、しょうちゃん……君と知り合った」
「うん……」
「君のブログの日記を読んで、君の孤独に惹かれたんだ。わたしには妻がいるが心はいつも孤独だったからね」
「どこか、共感し合えたってことですか?」
「そう。ネットを熱心にやっている人はしょせん孤独な人間が多いんだ」
「……そうかもしれない」
なぜか、この男の言うことに素直に頷いた。

君と仲良くなってから、また頻繁にマイページを覗かれているみたいに感じるようになった。幾らパスワードを変えてもダメだし……わたしがINしてる時間帯にも相手も同時に、わたしのHNでINしているみたいで完全に見張られている感じだった。
そして、君が嫌がらせのメールを送られた……と聞いて、やっぱし妻が怪しいと思った。
あの日……君からボイスチャットをしようともち掛けられて困って黙っていると……急に妻がわたしの部屋に入ってきて。
「わたしが何とかしてあげるわ!」
彼女がそう言った。
ビックリした! やっぱし、わたしのHNでパソコンに入って、ふたりの会話の一部始終を見ていたんだ!


前へ

次へ







第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[管理]

無料HPエムペ!