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   ◆ スノーレース ◆

地平線の果てまで続く雪原と、紺碧の空と。
南極の夏は、氷の白と空の青が織り成すツートンカラーの世界、どこまでも澄みきって美しい情景だ。
ここは生き残った人類たちの最後の楽園である。

核戦争の後、大きな衝撃で地球の地軸が狂ってしまった。
かつての極寒の地は温暖化して人が住める気候になったが、解けた氷河のせいで大陸の何パーセントかは海中に沈んでしまったが……。

毎年、南極の短い夏のイベントとして“ 群れ ”ではスノーレースがおこなわれる。
各ハウスから選び抜かれた選手たちが、スノーモービルに乗ってスピードを競う、“ 群れ ”社会になってからは、仲間同士で争うことはなくなったが、夏のスノーレースだけは、男たちをエキサイトさせる。

MO−14(男)は、まだ15歳だがこのレースに参加する。
スノーモービルはリニアモータカーの原理で3種の電磁力、すなわち、浮上力、案内力、そして推進力によって磁気浮上して動くが、それは走るというより氷雪の上を滑る感じである。
スピードも200`以上は軽くでる、かなり危険なレースだがMO−14(男)の稀にみる、コンピューター・プログラミング能力をかわれての初参加なのだ。

あらかじめ、決まっているレースコースをスノーモービルのコンピューターにプログラムして、目的地まで最短で、より速く到着した者がスノーレースの勝利者となる。
運転技術よりも、電子知能を上手く操れる能力の方がより必要なのだ。
「よし!」と気合を入れて、ヘルメットを被り、安全ベルトをロックすると武者震いをした。
MO−14(男)はレース前の緊張で喉の渇きを覚えた。

南極の雪原を疾走するスノーモービル。
まるで甲虫の群れのように、氷上をもの凄いスピードで滑っていく、あっ、という間にペンギンたちの群れも追い抜いていく。
南極のペンギンたちは温暖化で、一時はその数が激減したが、“ 群れ ”アカデミーの遺伝子操作テクノロジーで、温暖化にも順応できるペンギンに創り変えられていった。

先の核戦争では、人類だけではなく、多くの動植物も絶滅してしまった。
“ 群れ ”アカデミーでは、それらの絶滅種をもう一度、遺伝子操作で蘇らせるのに、学者たちは躍起になっていた。

“ 群れ ”では宗教は禁止していたが、『地球再生』という強い理念があった。

氷床を、もの凄いスピードで疾走する2機のスノーモービル。
レースも中盤になり、この2機が他の機体を大きく引き離していた、トップを走るのは、スノーレース3年連続優勝の覇者である。
そして、チャンピオンの機体にぴったり張り付いて、後ろからぐんぐん追い上げてきているのが、なんと! あのMO−14(男)のスノーモービルなのだ。
初参加でノーマークの機体に、追い上げられそうな勢いで迫られるとは、チャンピオンにとって予想外だったはずだ。

若干15歳の小僧っ子、MO−14(男)だが、アカデミーに通いながら大人に混じって、メイン・コンピューターのメンテナンスの仕事を任されていた。
“ 群れ ”社会を管理するのはコンピューターだが、それをメンテするのはやはり、人間の手によるものだった。
MO−14(男)は、予想以上のスピードに最高のスリル感じながら、自分がプログラムした通りに動く、スノーモービルに満足していた。
レース前に風力・気圧・天候と、いろんな要素を考え、分析してコースをインプットして置いたのだ。

「なにをする気なんだ?」
じりじりと距離を縮め追い上げてくる、MO−14(男)の機体に焦ったのか?
トップの機体は大きく旋回して、コースから外れようとしている、驚いたMO−14(男)だが、たぶんトップは別のルートで目的地に着こうとしているのだと分かった。



   ◆ 氷洞 ◆

このまま行けば、巨大な氷洞がある。
自然が創った氷河のトンネルだが、あそこは狭いし、あっちこっちに氷の岩や氷柱があって、障害物が多く、たいへん危険なコースなのだ。
一気に追い抜ける最短コースではあるが、あまりに危険過ぎるので選手たちは、このコースを誰も選ばない。

「トップの機体は、あの危険なコースを行くつもりなのか?」
MO−14(男)の機体は、トップの機体の後に続いた。
レース中に追い抜かれそうになったら……逃げ切り用のコースとして、あの危険なコースも秘策として、一応、コンピューターにプログラムしておいたのだが……。
チャンピオンも同じことを考えていたようだ。

「逃げ切らせない!」
普段は大人しいMO−14(男)だが、スノーレースでは男の闘争心がめらめらと燃えてきた!
逃がすまいと、彼の機体はチャンピオンの機体の真後ろにぴったりと張り付いた。
たぶん、トップのチャンピオンはかなり面食らっていることだろう。

「どうしても、あの危険なコースを突っ走るつもりなんだ」
訝し気に見ていると、トップの機体は氷洞の中へ突っ込んでいく、吸い込まれるように、MO−14(男)のスノーモービルも続いて入っていった。
氷洞の中は狭く、障害物が多く、おまけに視界も悪い、これは危険だと察知して、MO−14(男)の機体はスピードを急速にダウンさせた。
先頭のチャンピオン機は凄いスピードで疾走し続けている。

「危ないなぁー」
MO−14(男)は、ここを抜けられるだけで運がいいとさえ思った。
やっぱし、このコースは危険過ぎる、ちょっと後悔し始めた。……瞬間、前方で閃光が走った、その後に轟音が鳴り響いた。
トップのチャンピオン機が、障害物にぶつかり大破したのだ。

「あっ! やってしまった!」

あまりのことに、MO−14(男)はしばし茫然自失……。
その時、クラッシュして飛び散った機体の部品がMO−14(男)の機体を直撃した。
衝撃でバランスを失い、機体が横倒しになり、スピンしてクルクルと氷床を滑っている。
「ダメだっ!」
ハンドル操作ができない。
「うわっ、ぶつかる!」
MO−14(男)は、とっさに安全ベルトを外して飛び出す!
そして、その衝撃で氷床に全身を激しく叩きつけられた。

気を失う瞬間、自分の乗っていたスノーモービルが、氷柱に激突して、炎上するのが見えた。
まさに間一髪だった!
「助かった……」
安堵して、MO−14(男)は意識を失ってしまった。





   ◆ 病院 ◆

MO−14(男)が意識を取り戻したとき、最初に目に映ったのは天井から光る青白いライトだった。
真っ白な壁の部屋の中で、医療器具の音だけが聴こえていた。
かすかな消毒薬の臭いで、ここが病院だと分かる。

「あぁ、生きている」
取りあえず、身体のあちこちに意識を込めたが、無くなった身体の部分はなさそうである。
あの衝撃の割には、どうやら軽症で済んだようだ。
少し安堵したMO−14(男)だが……チャンピオンはどうなったんだろう?
自分が追い上げようとしたために、焦って無茶をしてクラッシュしたチャンピオン機。
あのクラッシュでは、たぶん……。
MO−14(男)は、自分のせいで事故が起きたように思い……、
罪悪感でいっぱいになった。

翌日、ハウスのルームメイトたちがお見舞いに来てくれた。
“ 群れ ”では家族ではなく、共同生活なので、一緒の部屋で暮らしている。
ルームメイトたちが家族のようなものである。
「よく生きてたなぁ?」
「無茶しやがって!」
「このバカもんがぁー」
みんな、口々に好き勝手に言っていたが、MO−14(男)の無事を心から喜んでくれていた。
ケガは左肩の骨折、肋骨にヒビが入った程度で、1週間も安静にすれば完治するものだった。

「おまえ、“ 群れ ”のスノーモービル壊したから、帰ったら始末書かけよ!」
一番年配のルームメイトが笑いながら言った。
「あぁー始末書か……」
急に浮かない顔になった、MO−14(男)を見てみんなで笑う。
それにしても、初参加のスノーレースで、あそこまでチャンピオン機を追い詰めたMO−14(男)に対して、彼らは心の中で、声のない賞賛を贈っていた。

入院して5日目、いよいよ明日は退院だ。
“ 群れ ”の医療テクノロジーなら、骨折くらいなら4〜5日で完治できる、明日は仲間たちの待つハウスに帰れる。
すっかり元気になった、MO−14(男)は退屈でうずうずしていた。

看護用ロボット・ナースのシステムを勝手にイジって、まるでペットみたいに自分になついて、どこでも付いてくるように改造した。
アンドロイド型の看護用ロボット・ナースは入院患者の健康状態を管理するロボットである。
熱・脈拍・血圧など調べて、患者の状態に応じて調剤し注射や点滴など医療処置をする。他にも食事やリハビリの介助なども、こまごまとした身の回りの世話まで焼いてくれる。
だから、病院内は患者と看護用ロボット・ナースしかいなくて、ごくたまに、医師が医療機ロボットと看護用ロボット・ナースを連れて回診にまわってくるが、診察するのは常にロボットの方で、医師はロボットのデーターをうんうんと頷いて見ているだけだった。

“ 群れ ”社会では、コンピューターが管理し、ロボットたちが実践して、それらを人間がメンテナンスしている、そういう社会構造だった。

若干15歳のMO−14(男)だが、コンピューターシステム・エンジニア『マイスター』の称号を持っている。
類まれな才能を持つ彼は、“ 群れ ”全体でも100人もいないような、コンピューターシステム・エンジニア『マイスター』のひとりなのである。
その称号を持つ者は、自由にコンピューターのシステムやメンテナンスをおこなってもよいとされる特権が与えられていた。

看護用ロボット・ナースを彼に従う、忠実なペットに改造したら。
今度は病院のコンピューターのシステムでも見てやろうと退屈なMO−14(男)は、ナースを連れて病院内を歩き回っていた。



   ◆ 優しい香り ◆

1階のロビーに降りると、“ 群れ ”の女性医療スタッフと思われる一団がいた。
たぶん、彼女たちは医療セミナーかなんかでこっち(男の“ 群れ ”)へ来ているのだろう。
40〜50人はいるであろう、女たちは口々に賑やかにしゃべっていて、その騒がしさに、MO−14(男)は面喰ってしまった。

“ 群れ ”社会では男女は別々に暮らしているので、女性を見るのは珍しい。
チャイルド・グループの管理者たちは、女性スタッフが多いのだが……これだけ大勢の女性たちを見るのは久しぶりである。
少し興味を惹かれながらも……。
あまり見ていると不審がられるので、コンピュータールームのある最上階へいこうと、女性たちの横をすり抜けて、MO−14(男)はそそくさと医療用ロボット・ナースを連れ、エレベーターに飛び乗った。
なんとなく安堵して、ため息がでた。
ドアが閉じようとした瞬間に、ひとりの女性が走り込んでくるのが見えた。
MO−14(男)は、慌ててエレベーターの開閉ボタンを『OPEN』に押した。

「ごめんなさい……忘れ物しちゃって……」
ハァハァ息を切らせながら、その女性は謝った。
「何階ですか?」
クスッと笑いながら、MO−14(男)は訪ねた。
「23階、お願い……」
その時、MO−14(男)はその女性と目が合った。

自分と同じアジアン系だろうか?
髪も目も黒い、落ち着いた感じの年上の大人の女性だった。
初めて会ったのに、なんだか親しみを感じて、不思議な気分がする。

彼女はさっきから、自分の生体番号プレートを見つめてる。
生体番号プレートには、個人情報が全てインプットされていて、IDカードのようなものである。
“ 群れ ”では外出時には、自分の生体番号を書いたプレートを必ず首から提げていなければならない。
もし付けていないと、『不携帯』ということで罰則規制になる。
なにをそんなに見てるんだろう?
不審に思うMO−14(男)だったが、知らない顔をしていた。

「あなたはMO−14?」
「はい?」
「エリア038で20XX年10月生まれなのね?」
「そうですが……」
いきなり何を訊くんだろう、いぶかしげなMO−14(男)だが、
「ちょっと、ごめん!」
その女性はMO−14(男)の頬にかかった髪を、かき上げ耳の後ろを見た。
「やっぱり……小さなホクロがあるわ!」
「な、なんですか?」
訳も分からず、相手の無礼に戸惑うMO−14(男)だった。
「まさか会えるなんて! 生体番号とホクロで分かった……」
MO−14(男)を見て、彼女はハッキリした声で言った。
「あなたはわたしが産んだのよ」
そういうと、彼女はMO−14(男)を優しく抱きしめて……。
「わたしの赤ちゃん……」
と小さな声で呟いた。

突然のことに、びっくりして棒立ち状態のMO−14(男)である。
彼女の髪から優しい香りがした。
その香りは懐かしく温かな想いがする、なんだ、この感覚は?
この女性は、僕の……、
MO−14(男)が夢の中で何度も会いたいと願っていた人なのだ。

やがて、23階に着いてエレベーターのドアが開いた。
「さよなら……」
そういうと、何もなかったように彼女はエレベーターから降りて、そのまま振り返らずに歩いていった。
取り残されて、MO−14(男)はひとり呆然としていた。
「あの人が僕を産んだ人なんだ……まさか? 本当に!?」
彼女に何か言えば良かった、いつも思っていることを言えば良かった!

「僕を産んでくれて、ありがとう」

そう言いたかったのに……。
僕を産んでくれた人に、いつか会えたら……いつか会えたら……きっと。
ありがとうって、そう言いたかったんだ!
MO−14(男)は悔しくてエレベーターの壁を拳で叩いた。

もう二度と会えない人の優しい香りだけが心に残った。



   ◆ 君に触れたい ◆

「その人は、私の知ってるWF−02だと思うわ」
MO−14(男)の話を聞いて、WD−16(女)は即座にそう答えた。
「WF−02は、女たちの“ 群れ ”で、医療スタッフとして働いているし、時々セミナーで、男たちの“ 群れ ”の病院にも出張にいっているもの」
そして、ひと呼吸して、
「あなたと彼女の顔はそっくりだわ!」
きっぱりと言い切った。

「そうか、自分では分からなかったけど……そんなに似てるんだ?」
「ええ、男と女の顔の違いくらいよ」
「だけど……嬉しいな、僕を産んだ人が君の側にいるなんて!」
「ほんとね!」
ふたりは目を合わせて、にっこりと微笑んだ。

何もしないからと男がいうので、WD−16(女)は着衣を身に着けて、ベッドに並んでふたりは腰掛けている。
初めて会った人なのに、警戒心も解けて打ち溶け合っているなんて、不思議な人だわ。
“ 群れ ”では個人の写真を撮る習慣がない。
だから、どんな人物かは言葉による表現しかないから、WD−16(女)はいっぱい彼女の話をしてあげた、WF−02(女)の癖や好きな食べ物のことまで教えてあげた。
うんうんと嬉しそうに相槌を打つ、なんだか――この男が可愛いらしく思えてきた。

「どうして、僕を産んだ人と暮らせないんだろう?」
ぽつりとMO−14(男)が呟いた。
それを聞いて、WD−16(女)はあっと驚いた。
それは赤ちゃんと引き裂かれてから、ずーっとWD−16(女)の胸の中で燻り続けていた疑問だった。
ふいに赤ちゃんのことを思い出して、乳房が痛くなった、もっと赤ちゃんに授乳させたかったのに……。
赤ちゃんのことを思い出すと、WD−16(女)は胸が張り裂けそうだった。

「わたしも自分の産んだ赤ちゃんと暮らしたい……」
そういうと彼女の瞳から大粒の涙がぽろぽろ零れた。
「どうしたの、大丈夫?」
突然の涙にびっくりしたMO−14(男)だが、自分が何気なくいった言葉に、彼女がこんなに過剰反応すると思わなかったのだ。
「なにかあったの?」
嗚咽を漏らし泣きつづける彼女に、MO−14(男)は優しく訊ねた。

半年前に赤ちゃんを産んで、100日間一緒に暮らして別れたが……。
その時の悲しさ、苦しさ、辛さ、を泣きながら彼女は話してくれた。
そのせいでコミュニティ・プランに参加して、赤ちゃんを産むのが嫌になったことまで、洗いざらいMO−14(男)に泣きながら訴えた。
「そうか……きみも辛かったんだね」
「僕は男だけど、自分の遺伝子で生まれた子どもの顔は見たいと思う」
「…………」
泣きながらWD−16(女)は男の声を聞いていた。
「そんな風に考える僕らは間違っているのかな?」
明らかにそれは“ 群れ ”のイデオロギーから外れている、問題発言である。
「…………」
だが、その言葉にWD−16(女)も心の中で深く同意していた。
自分と同じことを考えている人間が、この“ 群れ ”にもいるなんて……。

「こんな時間……」
赤くなった目を瞬きながらWD−16(女)がいう。
ひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「そろそろ退室しないとね」
ふたりは何もしないまま別れていく。
「もう会えないと思うから……」
ひと呼吸おいてから、
「最後に君の身体に触れてもいいかい?」
「えっ?」
その言葉に少し身を固くするWD−16(女)だが、今から何かする気かしら?
「君に触れたい……」
照れ臭そうに笑いながら、WD−16(女)の前に手を差し出してきた、どうやら握手を求めている。
なんだか拍子抜けするようだったが、ふたつの手はしっかりと握りあって別れの挨拶をした。
MO−14(男)の掌は温かく優しさが伝わってくるようで、この感触をきっと忘れないわ、とWD−16(女)は思っていた。

初めて“ 群れ ”の男と心が触れた瞬間だった。



   ◆ チャイルド・グループ ◆

WD−16(女)は、子どもたちだけの“ 群れ ”チャイルド・グループの管理スタッフをしている。
彼女は子どもが大好きで職業適性検査でチャイルド・グループ管理スタッフに任命された。
ここでは6歳〜12歳までの子どもたちが共同生活している。
“ 群れ ”では必要な知識や教育はチャイルド・グループですべて完了させる。
13歳からは一人前と認められて、大人たちに混じって仕事をこなすのである。
しかし、特に成績優秀な者はアカデミーで専門的な教育を受けることが出来るが、ごく限られた優秀な人材のみである。

WD−16(女)は、ここで小さな子どもたちの世話をみるのが好きだった。
一緒に遊んだり、勉強したり、食事をしたりと、子どもたちと触れ合いながら親と暮らしていない、子どもたちの精神面でのサポートをするのがチャイルド・スタッフの重要な仕事のひとつである。
しかし、まだ17歳のWD−16(女)はスタッフと言っても見習いみたいなもので、いずれ資格試験を受けて、正保育士になるために勉強を続けていた。

チャイルド・グループのスタッフは子どもの世話ということもあり、ほとんど女性スタッフが多い。
だが女性ばかりでは、特に男の子の精神発育上、偏りがあるため。
週に何度か、男の“ 群れ ”から男性の保育士がやってくる。
10人ばかりの大人の男たちが、スポーツをしたり、ハイキングをしたりして、スキンシップで子どもたちと触れ合っていくのである。

“ 群れ ”社会では男女、子どもは別々の“ 群れ ”で暮らしているので、通常は顔を合わせないのだが……チャイルド・グループの管理スタッフだけである。
男女混合で働く職場なのは――。

それだけに、“ 群れ ”にとって一番危険な職場でもあった。



   ◆ 愛してはいけない ◆

その事件は起こるべくして起きた事件ともいえよう。

“ 群れ ”社会では恋愛・結婚・家族も禁止している。
完全なる平等をイデオロギーとする“ 群れ ”では、愛は執着であり、独占欲は他人に危害を与え、“ 群れ ”調和を壊す、悪しき考えとされていた。

ちょうど子どもたちとお昼を食べている時間だった。
ポリスロボットが2体突然現れ、部屋に入って来ると、ひとりの女性スタッフを拘束した。
訳も分からず戸惑うスタッフたちと子どもたちに、黒い服を着た屈強なポリスロボットが彼女の罪状を告げた。

〔 “ 群れ”反逆罪第19条で、この女を逮捕、連行する 〕

抑揚のない、冷たい機械音声でポリスロボットは言った。
反逆罪第19条とはコミュニティ・プラン以外での男女の性愛行為のことである。
スタッフたちがどよめく、“ 群れ ”ではコミュニティ・プラン以外での男女の性愛行為は強く禁止している。

そのためにも、男女は別々の“ 群れ ”で暮らしているのだ。

WS−21 W−Woman(女)、S−Sepember(9月)、21日生まれ。
彼女はWD−16(女)より、3歳年上で子どもたちにも人気の優秀な保育士だった。
北欧系の彼女は金髪碧眼でとても美しい容貌を持っている。
“ 群れ ”では、種族保存のため同種族同士でのコミュニティ・プランが通常行われるが、金髪碧眼は劣勢遺伝のため稀少種である。

金髪のWS−21(女)と黒髪のWD−16(女)はとても仲が良い。
仕事では先輩のWS−21(女)を尊敬していたが、ふたりはプライベートでも、気が合って一緒に買い物や食事をしたりと気のおけない関係で、仮に家族という存在があれば、ふたりはまるで姉妹のようだった。
お互い信頼し合っていたが、今回のことはWD−16(女)でさえ何も知らなかった。

それが、いきなりWS−21(女)が連れていかれる!
彼女に手錠を嵌め、ポリスロボットが連行しようとしている。

ショックのあまり頭の中が混乱しているWD−16(女)だった。
最後に彼女は振り向いて「いやー!」と泣き叫びながら、たぶん相手の男性の生体番号を何度も絶叫していた。
その悲痛な叫び声が何度も耳の中でエコーする。
ふたりはもう二度と会うこともないだろう。

男は、南極の僻地で資源開発の危険な重労働をさせられる。
女は、まだ若いWS−21(女)なら、男“ 群れ ”の一角にある性愛施設で拒否権なしで、男たちの相手をさせられる。
そのために避妊手術までおこなわれる、それが“ 群れ ”の規則を破った男女に科せられる罰なのだ。

「お願い! 彼女を連れて行かないで!」
WD−16(女)は悲しみで胸が張り裂けそうだった。

「なんてバカなの!」
背後から誰かの声がした。
「彼女は男“ 群れ ”の保育士と性愛行為したのよ、恥知らずな、許せないことだわ!」
先輩スタッフの怒気を含んだ言葉が胸に突き刺さる。

どうして? 特定の男性と性愛行為をしてはいけないんだろう?
ふと、WD−16(女)の心に素朴な疑問が生まれた。
きっと、彼女はその男性としか性愛をしたくなかったんだ、女の身体は本当に好意を感じる男としかしたくないものだから……。
セックスは、ただの繁殖行為だけではないはず――ちゃんと心も合わせたい。

赤ちゃんと暮らせない、特定の男性と性愛行為ができない。
自分たちは何のために生きているのだろう?
人類繁殖のため? 地球再生のため? ただの動物なの?

“ 群れ ”の人々は生後100日経って母親と離されて、すぐに首の後ろに微小なチップを埋め込まれる。
それはJP機能でコンピューターから常に居場所を確認出来るのだ。
“ 群れ ”の人々はそんな風に完全管理されている、だから自由な行動が出来ない。
WS−21(女)も、そのシステムで特定の人物と行動していたことがコンピューターに発覚したのだろうか。
今まで疑問さえ感じなかった“ 群れ ”のシステムに不満を感じるようになっている。
ぞんな自分にWD−16(女)は驚いていた。

                             
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