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 “ 群れ” 未来の物語 


繭から絹糸を紡ぐように
少しずつ、少しずつ、言葉を織り上げて参ります。
詩人の描く、SFファンタジーなので
科学的根拠はなにもありませんが……。


(表紙は【無料壁紙】未来をイメージしたクールなイラスト集からお借りしています。
http://matome.naver.jp/odai/2129298719613841501)


     初稿 趣味人倶楽部・創作広場 2009年頃 文字数 20,712字
     カクヨム投稿 2017年2月15日 文字数 1,606字







   ◆ プロローグ ◆

― 西暦20XX年 ―

一度、人類は地球上から、ほぼ絶滅しました。

ある国の独裁者が放った無数の核ミサイルが引き金となり、地球上でおこなわれた核のドッチボールは、一夜にして……。
約98%の人類を地球上から消滅させてしまった。

壮絶な核戦争の果て、わずかに生き残った人類たちは、放射能汚染が比較的軽度な南極の地に逃げのびて……。
人類再生への夢をかけて、新しい生活形態で暮らし始めていた。
長く苦しい地下シェルター時代に、個人の所有欲から仲間同士で争いが絶えず、新たな悲劇を生んだことへの教訓として、考え出された理想社会であった。

哺乳類本来の “ 群れ” という社会意識。

個人愛から仲間愛、家族愛から “ 群れ ” に対する忠誠心。
そして、それは恋愛や結婚、家族への全否定だった。

『個人では何も所有しない』――それが未来世界の掟なのだ。



   ◆ MO−14 ◆

MO−14、それが彼の呼び名である。

M−man(男)、O−October(10月)、14日生まれ。
10月14日生まれの男性、そういう意味なのだ。
その後には長い出生地や身体の特徴を示す、生体番号が続くのだが、通常MO−14と彼は呼ばれている。

彼は生まれた時から父も母もいない。

……いないというよりも、その存在の意味が分からない。
記憶が生まれた頃には、同じ年齢の “ 群れ ”の仲間たちと暮らしていた。
“ 群れ ”では、12歳までは男女混合のチャイルド・グループで生活するが、その後は男女別々の“ 群れ ”で生活するようになる。
特別の行事以外では、女たちと顔を合わせることはまったくない。

特別の行事、それはコミュニティ・プランと呼ばれる、男女の性愛の儀式である。
コンピューターが選んだ相手と、彼らは愛情も無く、ただ繁殖目的で一夜を共にする。
恋愛は個人の感情を所有しようとするため“ 群れ ”の調和を壊すものだと言われていた。

この未来世界では、『個人では何も所有しない』という鉄則があり、恋愛感情はタブーとされていた。



   ◆ コミュニティ・プラン ◆

透明の球体に掌をかざすと、前方の扉が音もなく開いた。
生まれた時から体内にJPチップを埋め込まれて、生体認証されている身体はバーコードのようにコンピューターと連動している。
扉の内側は小部屋になっている、何もない殺風景な部屋は薄暗く、青いライトが天井から灯っていた。
中央を透明のガラスで仕切られて。
こちら側にはイスがひとつ、向こう側の部屋には真っ白なシーツに包まれたベッドが置かれている。
この部屋ではコンピューターが選んだ、見知らぬ男女が朝まで一緒に過ごすことになる。

コミュニティ・プランとは繁殖行動のことで、男性は18歳、女性は16歳から参加する。
それは子孫を残すための、“ 群れ ”社会の大事な責務である。
コミュニティ・プランの相手はコンピューターが選び出し、この部屋でお互い初めて対面するのだ。

性愛の相手をするかどうかの選択権は、子どもを産む女性側にあって、『YES』を押せば、仕切りのガラスが開き女性がいるベッド側の部屋に招き入れる。
しかし、『NO』とボタンを押されて、女性が部屋から出て行けば……拒否された男性側はすごすごと帰るしかないのだ。

MO−14(男)は、先週18歳になったばかり。
初めてコミュニティ・プランに参加する、シュミレーションでは何度かバーチャルな体験はしたものの……。
生身の女性を相手にするのは、今夜が初めてなので胸がドキドキしていた。

ふいに向こう側のドアが開き、若い女性が入室するのが見えた。



   ◆ WD−16 ◆

彼女は、WD−16
W−Woman(女)、D−December(12月)、16日生まれ。
12月16日生まれの女性である。

まだ17歳の彼女だが、半年前に出産を経験していた。
” 群れ ”では通常1グループ100人ほどでハウスと呼ばれる、建物の中で共同生活をしている。
出産したばかりの女性は、ハウス内に小部屋を与えられて、赤ちゃんと100日間、一緒に生活し授乳と育児に専念できる。

WD−16(女)は、初めて産んだ赤ちゃんが愛おしくてたまらなかった。
無心に乳首を吸って授乳する姿は、いくら見ていても見飽きないほど可愛かった。
これが赤ちゃんを産んだ満足感なんだと喜びに胸が熱くなった。

だが、未来社会では、『母性愛』という言葉すら、死語になっていた――。

やがて育児期間が終り、赤ちゃんと別れる日がきた。
別の施設に赤ちゃんは移されて、そこで仲間たちと一緒に育てられるのだ。
もう二度と自分の産んだ子どもと会うこともないのだ。
それが“ 群れ ”の規則なので仕方ない。
しかし、無理やり赤ちゃんと引き裂かれたWD−16(女)は淋しく、悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうだった。

赤ちゃんと別れて、しばらくは脱力感で“ 群れ ”の仕事も、うわの空で手につかず、夜になると赤ちゃんを思い出して泣いてばかりいた。
心配したハウスの年上の女性が慰めてくれたが、「私の赤ちゃんに会いたい」と言うと……
赤ちゃんは“ 群れ ”の仲間で、あなたの所有物ではない!
個人的な感情を持つのは悪いことだ!
きびしく叱責された、そして彼女は……。
「次の妊娠をしたら、そんなことは忘れるわよ」
と、悲しげに笑った。

“ 群れ ”の女たちは、繁殖種として子どもを生むことが義務づけられている。

だけど、WD−16(女)はどうして自分が産んだ子どもの成長を傍で見守ることができないんだろう?
その疑問を頭からぬぐい去ることができず苦しんだ、こんな苦しい思いをするのなら、もう二度と赤ん坊を産みたくないと思っていた。

コミュニティ・プランに参加しても、連続10回、『NO』サインを出した。
そのことがコミュニティ・プラン管理者に知れて、WD−16(女)は厳重注意を受けたばかりである。
これ以上、拒否権を使った場合は『拒否権停止』処分に課す、と言い渡されていた。

『拒否権停止』それだけは耐えられない!

急遽、事故で行けなくなった女性の代わりに、WD−16(女)はコミュニティ・プランに参加させられたが、相手がどんな人物であろうとも……。

今日は、観念して『YES』を押して、ガラスの仕切りを開くしかないのだ。



   ◆ ガラスの仕切り ◆

彼女は、僕と同じくらいの年齢だろうか?
アジアン系の黒い髪を腰まで伸ばし、後ろでひとつに纏めていた。
細身で華奢な感じがするが、ふくよかな胸を白い薄布で包み、柔らかな色香を醸していた。
彼女はベッドに腰かけ、大きな黒い瞳でじっとこちらを睨んでいる。

「こんばんは……」と、挨拶をするが返事がない。

MO−14(男)は同じアジアン系で身長は180pくらいあるが痩せてひょろりとしている。
わりと端正な顔立ちで、目元は優しげで、人懐っこい笑顔だ。
入室して1時間以上経つのに、女はひと言もしゃべらず、じっと動かない。
自分は初めてだし、きっと頼りないから断わられるのに違いない、どうしようもない居心地の悪さに、逃げ出したくなったMO−14(男)だった。

『NO』なら、『NO』と、ハッキリしてくれ! 
心の中でMO−14(男)は叫んだ。

通常、初参加の者には経験豊かな相手が選ばれることが多い。
どう見ても自分と歳が大差のない相手というのは珍しい、ハウスの年上の仲間たちから、いろいろ予備知識を仕入れて、コミュニティ・プラン初参加に挑んだが……。
みじめな結果になりそうで、MO−14(男)は仲間たちへの言い訳のセリフを、あれこれと考え始めていた。
もう相手に掛ける言葉が見つからず、ため息ついたとき……。

いきなり、中央のガラスの仕切りが開いた。

驚いて、MO−14(男)はイスから立ち上がった。
急に心臓がドキドキし始め、自分でも顔が赤くなるのが分かる。

「こんばんは……」
小さな震える声で彼女が挨拶をしてきた。
「そっちに……行ってもいいんですか?」
MO−14(男)は彼女に訊くと、
「ええ……」
小さく頷く。

ゆっくり歩いて、ベッドまで行くと彼女の隣に静かに腰かけた。

「はじめまして……」
「よろしく……」

この世界“ 群れ ”では名前を名乗る習慣はない。

間近に見た彼女は憂いをおびて哀しげで愛らしく……。
一瞬、胸がしめつけられるような未知の感情が、MO−14(男)の身体を駆け抜けていった。





   ◆ 乳房 ◆

WD−16は、繁殖行為が大嫌いだった。

WD−16(女)は、繁殖行為が大嫌いだった。

コンピューターの選んだ相手は毎回替わり、身体を重ねても心が重なることはない。
子どもを作るための“ 群れ ”の大事な義務だと考えていたが……自分が産んだ赤ちゃんを取り上げられてからは、嫌悪感がつのり……。
「どうして、女になんか生まれたんだろう?」
そんな疑問が、WD−16(女)の胸の中で燻っていた。

あんまり早くハウスに帰ると、コミュニティ・プラン管理者に怪しまれるので、わざと男を焦らして時間稼ぎをしていたのだ。
嫌なことは、さっさっと終わらせたい!
彼女は“ 群れ ”に対して反抗的な気分だった。

「私、ハウスに帰りたいの!」
怒ったように、彼女は勢いよく服を脱いだ。
いきなり、むき出しの乳房にMO−14(男)は目が眩んだ。
「早く終わらせて……」
そう呟いて、彼女はベッドに潜り込んで目をつぶった。

なぜか? 理由は分からないが、彼女はひどく不機嫌で怒っている。

初めてのコミュニティ・プランで、嫌がっている女性と交わるのはやるせなくて……。
MO−14(男)はとても悲しくなった。
彼女の方に目をやると、むき出しの乳房が青白いライトのせいで、蛍光しているように白く光って見える。

それは水銀灯のように儚く美しかった。



   ◆ Mother ◆

不貞腐れたようにベッドに横たわる女……。

「嫌ならなんにもしない、だから君のことを聞かせて欲しいんだ」
MO−14(男)は諦めて、彼女と話をしたいと思っていた。
「えっ?」
その言葉に驚いて、WD−16(女)は目を開けて相手の男をまともに見た。
背丈は大きいがひょろりとして、気の弱そうな優しい目をしていた。
嫌いな顔ではない、見覚えのある顔だ、そう誰かに似てる?

「あなたの顔見たことあるわ」
「……えっ?」
「その目が同じ、鼻と口元もよく似ているわ」
「いったい誰に?」
彼女はベッドから起き上がり、面と向き合った。
「あなたの顔、WF−02とそっくりだわ!」

WF−02 W−Woman(女)、F−February(2月)、2日生まれ。
その人は彼女のルームメイトである。
ハウス内にある、1ルームに10人ほどで寝起きをしている。
年齢も職種も違っているが、年長者が若い者の面倒をみながら“ 群れ ”の秩序を守って、女たちだけで暮らしている。
WD−16(女)がチャイルド・グループから、このハウスに移って来てから、ずっとWF−02(女)とはルームメイトだった。
最初の頃、慣れないことばかりで戸惑って泣いていると……いつも傍にきて、WF−02(女)が手伝ってくれた。

「なぜ、そんなに優しいの?」
……て訊いたことがある。
「あなたと同じ年頃の子どもを産んだことがあるから……」
「赤ちゃんを?」
「だから、放って置けないのかなぁー」
と答えた。
ふたりの年齢差は確かに出産者と赤ちゃんほど離れている。
赤ちゃんのことで前に叱責されたことがあるが、いつもは面倒見の良い優しい女性なのだ。

“ 群れ ”の団体生活の中では、親子の絆を断ち切ってしまわなければならない。
この世界では、『Mother』という言葉は存在しない。
それでも年上の女性には、なにかしら甘えたいと思う感情が湧くものである。
そして年上の女性もまた、年下の彼女を放っては置けないのだ。

「その女性は僕を産んだ人かもしれない」
「どうして分かるの?」
「一度だけ会ったことがあるんだ」
「まさか、本当に?」
「うん、偶然だけど……」

この世界“ 群れ ”では親子が対面するなんてことは希有である。


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