01


 やつに出会って、やつにあまり認めたくない想いを確かに持つようになってから、徐々にその季節のことはきらいになった。お祭り好きの隆春にとっては最高に楽しい頃だったのだろうが。

 で、――何かがいろいろと間違ったせいで僕たちの関係が一転してからも、その季節は僕にとってきらいなものであると信じて疑いもしなかった。

 そしたら、隆春がそんな僕にキレた。唐突に。意味がわからない、あんなやつもう知らん。


「なるほどねえ。そんなわけで、きみは独り身ではないにも関わらず恋人たちのクリスマスな季節にひとり浴び酒をしてるのかあ……可哀想だねなんか」

「浴び酒なんて、してない」

「いやいやいつもの三倍くらいだよ飲むペース。いくら細いきみでも意識失った人間ってのは重いものだからね、面倒見ないからね、そろそろやめとく?」

「やめない……おかわり」

「さあーつきくーん。きみそんなに強くないでしょ……」


 そうはいっても僕はお客さんである。いやいやながら出された、もう既に味すらよくわかっていないそれに口をつけた。


「ばかはる。……クリスマスコンパでいい感じになった女とホテル言ってバナナ突っ込まれてしね」


 暗い店内に甘ったるいクリスマスソングが流れる中ばか、ばか、ばーか、と悪態をつく僕とは裏腹に、あいつの方は今頃さかしい飲み屋で自分たちと同じ数の異性とともにピーヒャラやっているにちがいない。

 もう飲むしかやってられない。


「でもさあ、その彼氏ほんとうにきみがいるのにコンパ行くとか言い出したの? たとえノンケだとしても信じられないっていうか……普通人としてそういうことしないと思うんだけどなあ」

「言った……」


 ――わかったよ、行けばいいんだろう。おまえの言う通り、楽しんできますよ。


 売りことばに買いことばだった……ような気はするが、確かに隆春は怒り任せにそう言った。すごい怒っていた、いつもへらへらして人付き合いもいいし、喜怒哀楽の起伏がない人間だというのに、よりにもよってそんなやつを怒らせた。


(もう終わりだ……)


 荒っぽくなる口調とは打って変わり、心の中を占拠するのは、そんなしょぼくれた気持ち。すっかり心が萎えきっていた。世の中のクリスマスで浮かれるやつら、みんな滅びればいいとさえ思った。

 性格ひん曲がっているのはわかっているし、――どこかで僕が悪いのもわかっている。

 でも簡単に、素直になれ、っていうほうが、無理だ。一度こんな天邪鬼な人間になってみればわかること。

 あれから、隆春と連絡を取っていない。



 事の起こりは、数日前にさかのぼる。世にも憎々しげなクリスマスが近づいてきていることを感じながら、心の中ではすこしだけ困惑していた。去年と今年では、僕たちは全然ちがった関係になっていたから。


 ――クリスマスコンパ? 無理、行くわけない。


 元来、隆春は社交的である。みんなで集まってわいわいするのがすきだ。だから独り身のやつのためにクリスマス限定でコンパをするなんていわれても、毎年驚くことはなかった。ああ、まあ、こいつはやるよなあ、と思うだけだ。ただ、参加不参加を問われるのはどうにも癪に障ったが。


 ――恋人を作るって会じゃないぜ? みんなで楽しくやろうぜっていうだけだし、おまえも来いよお。

 ――毎年断ってんだからもう懲りなよ。


 そんな会話の応酬が続くばかりだった。去年までそんな感じだったから、どうせ今年もこいつはクリスマスコンパでどんちゃん騒ぎなんだろうと、信じて疑わなかった。――いくら僕たちが去年と違う関係になっていようと。


 ――なあ砂月い。今年のクリスマスさあ、

 ――はいはい、毎年言ってるからわかってると思うけど、コンパとか絶対行かないから。おまえだけでも適当に楽しめば?


 だから、つまり、機先を制するとはこのこと。どうせ傷つくのなら、その話が出る前にこちらからけしかけておけば、すこしなら傷は浅いのだから。


 ――あんまり酔ってハメ外しすぎるなよ。


 で、なぜか、隆春はキレた。ふい、とそっぽを向いていた視線をやや戻して、こちらに顔を向ける隆春を一瞥して、……僕は、今までどんなときだってさせたことのないような顔を、隆春にさせてしまったことを知った。


 ――あ、そ。


 冷え冷えとした声。そして、隆春は言った。


 ――わかったよ、行けばいいんだろう。おまえの言う通り、楽しんできますよ。


 いい加減、僕にはわかっていることがある。ふざけた口調で、おちゃらけた仕草で、僕のそばにいる隆春が、寛大な心で素直じゃない僕をいつも受け入れ、そばにいてくれるということ。

 僕がどんなに意地を張っても、その心の奥底までをきれいに掬い取って見せる隆春は、『はいはい』って言いながら理解してくれる。だから、――甘えていたんだ。

 今年のクリスマスは、もしかしたら一緒にいられるかもしれない。隆春はやさしいから、僕が女々しくも一緒に過ごしたいことを知って、ふたりきりを選んでくれるかもしれない。

 それでも、大人数を好む隆春に、不安も募っていた。

 いやでも年に一度しかないクリスマスコンパをこいつが簡単に手放すとも思えない。男同士だと、男女交際みたいに記念日とかイベントとかを大切にするという概念はないのかもしれない。


 ――先にクリスマスコンパの話を僕から出せば、どちらにしたって傷は浅くて済む。それに、隆春は『何言ってるんだ、今年はおまえと過ごす』って言ってくれるかもしれない。淡い期待を抱きながら、憎まれ口をたたいて見せた。

 で、隆春は、最悪なかたちで僕の思惑を裏切った。


     *



「あーのーねえ。砂月くーん。だからあんまり強くないのに飲むのはやめなさいって言ったよねえ。それにさあ、今日なんの日か知ってるでしょ、ついでにクリスマスに独り身が溜まるバーに顔だけは馬鹿みたいにいいきみがそうやっていたらどうなるかくらいわかるよねえ、いや昔から色々と鈍いのは知ってるんだよ? だけどさあ、もうちょっとさあ、しっかりしてくれないとなんだよ。ね? で、僕も忙しいわけ、きみにばっかり構っていられないわけ、とっととお会計で出すもん出して今日のところは彼氏んちでも自宅でもいいからおうちまで帰ってほしいわけ。わかるかなー……わかんないよねえもう出来上がっちゃったもんねえ」


 僕の両想い歴、短かった。

 せっかくだいすきなひとと、奇跡的に通じ合えたのに、僕のせいでだめになってしまった。

 もう隆春は、コンパでお気に入りの女の子を見つけているかもしれない。今は僕だけが入り浸るようになっているはずのあの汚い家に、女の子が入ってキャッキャしているかもしれない。


「ん? ……砂月くん、携帯鳴っていますよ。て、起きないよねえ。ちょっと失礼するよ」


 もーえっちしてるかもしれない。隆春、手早いもん。

 そんで、やっぱり女の子の方がやわらかいし小さいし気持ちいいしってなるかもしれない。


「もしもしー? ……おまえだれって、物騒ですね、きみが例のノンケくん? ……いやいや僕を怒るのはお門違いでしょう。ほら、早くきみのどうしようもないかわいい子持って帰ってよ。このままじゃ、この子さっきから狩りの目にさらされてるし、ほんとに他の子にぱくっといかれるよ?」


 僕、隆春にフラれちゃったらどうしよう。

 もうおしまいだ。

 やわらかくも、小さくも、かわいくもないのに、気づけばいつも隆春に対する態度は不遜だし、天邪鬼だし、なんで隆春が一緒にいてくれるのかわからないし。



 ……あれ。なんだか、体がふわふわ引きずられてる。さっきまで、居心地のよいカウンターを枕にしていたはずなのに、それがいつの間にかなくなってしまったみたい。

 冷たいカウンターと違って、僕を今支える斜めになった枕は、ちょっとだけ骨っぽいけれど気持ちいい。あったかいよお。すりすりしよう。

 なんだか、隆春みたい。


「たか、はるぅー……みたい」

「みたいじゃなくて、正真正銘俺なんだけどね……この酔っ払い」


next



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!