02


「わっ! ゆ、悠里!?」


 手と手が離れて、そのまま腕を俺のおなかあたりで交差して閉じ込めるように、ぎゅうっと抱きつかれる。心臓が、さっきキスをしたよりもずっとずっと馬鹿正直に鳴り響く。鼓動が、うるさく悠里に聞こえてしまうくらい。


「な、な、なに?」

「図書室にふたりきりだけど、和音の追試の勉強を妨げたくなかったから、ずっと我慢してたのに」

「へ?」

「不意打ちのキスなんて、ずるいよ和音」


 いつもよりもすこしだけ低く吐息のような色っぽい声が、耳元に響く。息がかかって、ますます全身に熱がめぐる。


「だ、だって……付き合っても、悠里、あんまり変わらないから……っ」


 そうだ。悠里はいつも通り可愛くて朗らかなのに、俺だけが舞い上がってお祭り騒ぎが抜けずに追試沙汰なんて馬鹿みたい。


「お、俺ばっかり悠里のこと、すきみたい……!」

「だからキスしたの?」

「そ、そう! おまえのこと困らせたくないけど、でも、我慢できなかった、おとなのキス!」

「なにそれ」


 ふふ、と悠里が楽しそうに笑う。


「あれは和音のおとなのキス?」


 なんだか馬鹿にしているようなからかっているような、そんな悠里のことば。くすくすといつまでも笑っているのが、ちょっとだけ憎たらしかった。だから、ほとんど売りことばに買いことばみたいなものだ。


「さっきのは、おれの本気のおとなのキスの、じゅうぶんのいち!」


 じたばたと暴れながらそう言うと、悠里が腕の拘束を緩めて、くるっと俺の体を向かい合せるように正す。目元をやわらかく緩めた悠里に、また背中を閉じ込められて、逃げられない。


「んー、そうなの? じゃあ、和音の本気のおとなのキス、知りたいなあ。ぼくだって、和音のことがだいすきで、早くテスト期間終わってほしくて、和音に会いたくて勉強したんだよ」

「……ほんとう?」


 それなのに、和音は追試になったけどね。いたずらっぽくそう言われて、ことばに詰まる。


 でも、そうなんだ。

 俺は悠里に会いたくて会いたくてどうしようもなく心が躍ったせいでテスト失敗したけど、悠里は俺に会いたくて会いたくて早く終われってテスト頑張ったのかな。


「……そっか」


 笑みが零れる。

 やっぱり、悠里は、ちゃんと俺のことすきでいてくれているんだ。さっきまでの胸のつっかえが、取れた気がする。

 悠里は俺の顔を見て一瞬止まったが、気を取り直すように同じく笑いかけてくれた。

 今俺の顔、歪みに歪んで気持ち悪かったんだろうな。


「やっぱりぼく、和音におとなのキス、してほしくなっちゃったなあ」

「へ? でもここ図書室だし……」


 目をそらすおれに、悠里が詰め寄る。


「でもさ、ぼくテスト頑張って今までよりも校内順位あげたんだよ? それに、こうして和音の勉強を見てる。……難しいことは言わないけど、やっぱりちょっとした和音からのご褒美がほしいなあ」


 色っぽく笑う悠里。いつもよりも百倍増しで憤死ものだ。可愛い。一方の俺は、きっと顔が真っ赤になっているせいでかっこ悪い。


「お、俺の、キスは、悠里にとってご褒美になるの?」

「そうだよ。だからお願い」


 そう言われて、悠里が俺と視線を合わせるようにすこししゃがんで、待つように目を瞑る。長いまつげが伏せられて、一枚の絵みたいに綺麗。

 ほんとうに、こんなに整ったひとが、俺のことすきなんて言ってくれるんだ。


「い、いくぞ……!」

「いつでもどうぞ」


 悠里の唇が弧を描く。やわらかく傷みを知らない髪の毛に、そっと両手を伸ばして、抵抗のない悠里の唇に、やさしくキスをする。


「……っ」


 はずかしくて、そのまま目を開けていることもできずに、強く唇を合わせる。いつもよりもずっと長く。


(でも、あれ? ……息続かない……!)


 ぎゅう、と体に力を込めるけれど、それでも続かない息がどうにかなるわけもなく、とうとう限界がきて唇を放す。それでも、いつもよりも長いし、ソフトじゃなくて、ディープな感じだった!


(お、れの赤面症どうにかならないのかな……)


 全然恰好がつかない。自分からキスしておいて、真っ赤になって、悠里の表情を窺うことすらもできないなんて。


「こ、これで、どうだ! 満足だろう! ……か、帰るぞ!」


 そう言って今度こそ踵を返そうとしたけれど、それまで背中で交差したままなりを潜めていた両手が、俺が離れようとするよりも早く、両耳を重ねるように覆ってくる。

 ぐい、と上を向かせられて、無理矢理目を合わせられる。


「な、なに……ゆ、うり」

「可愛い」

「へ?」


 あれ、今、俺が言うべきことばが……。

 合わせられた視線は、いつもよりもなんていうか、ずっとずっと大人びている。いつくしむように俺の顔を両手が撫でるから、さっきよりもずっと恥ずかしくなる。

 なんだ? ていうか、今の悠里は可愛いというかむしろ――。


「なにそのおとなのキス。可愛いけど、全然足りない」

「……たり、ない?」

「ん。我慢しようと思ってたけど、やっぱりやめるね」

「へ? あ、う……っ」


 いつの間にか、俺に合わせてかがむのをやめていた悠里の背に、今度は俺を合わせるように引っ張るから、かかとが浮く。ピントが合わないほど迫った悠里の唇が、俺の目元にやさしく落とされる。


「和音のキスは、可愛いね」

「な……っ」


「でも足りない」


 そう言った悠里の目には、見たことのない色が宿っている。艶っぽいそれに目を奪われた刹那、一層顔が近づいて、詰まった息ごと飲み込まれるように唇が重なった。


「……っ」


 さっきと同じキスなのに、さっきと全然違う。

 いとおしむようにくっついては離れて、またくっつく。

 目の前にいるのは可愛い悠里の顔であるはずなのに、いつもの悠里よりもずっとずっと色っぽくて、ドキドキして――悠里をドキドキさせたいのに、今翻弄されているのは俺だ。


「ふ……あ」

「図書室の先生に、聞かれるかな」

「や――……っ」


 やだ! と開いた口の隙間から、何かが入ってくる。驚いて体を引く暇もなく後頭部に回された手がかっちりと俺の動きを固めてきて……ただされるがままに、息も続かない。


 悠里――と名前を呼ぼうとするのに、びりびりと体が痺れる。

 差し込まれたそれは――悠里の舌だ。支配するみたいなそれに、体が震える。


「んう……っ」


 酸欠に体から力が抜けたところで、ようやく悠里が唇を放す。ぽすっと悠里の胸の中に顔を埋めて、ゼイゼイとままならない息を整える。だけど、悠里の胸はいたって静かで、すこしも息切れしていない。

 なんでだ……悠里の肺活量は並外れているのか。実は吹奏楽でもやってるのかな。


「やりすぎたかな。ごめんね和音」

「だ、いじょう……ぶ」

「大丈夫じゃないね。このまま、落ち着くまで待とうか」


 ぽんぽんとあやすように俺の頭を撫でる悠里のしなやかな手。いつも通りなのに、全然いつも通りじゃない。悠里にキスするのはいつも俺だから、こんなのおかしい。

 なんで俺が息切れてんのに、悠里はこんな平然としてるんだ!


「悠里……可愛いのに……」

「それはありがとう」


 その後に言ったらしいことばは、どうにも聞き取れなかった。ぐったりとしたまま、しばらく大きな悠里に体を預ける。こんなはずじゃなかった。二次成長期はいつくるんだ。


(かっこいいって……思ってしまった……)


 いやいやだめだ! 悠里は永遠に可愛いんだ! 可愛い泣き虫悠里で、俺に守られているんだ!

 ぶんぶんと首を振って、ただならない雰囲気を押しのける。


「キス、もう一回!」

「へ? ……和音、またするの? さすがにもう、図書室しまっちゃうから帰ろう」

「……」

「なんでそんなに恨めしげなの」


 次こそは! と意気込む俺に、悠里はただ苦笑して「また今度ね」と言って頭をひと撫でした。納得いかなかったけど、いかなかったけど! とりあえず俺は悠里の手を引いて図書室を出た。

 悠里が、いつもの雰囲気に戻って「ね?」って首を傾げたから。

 いつもと同じように悠里の手を引きながら、ふと考える。


(そうだ! 今日家に泊まって勉強教えてもらえばいいんじゃん! そこで……まあ、我慢できなかったらしょうがない!)


 とりあえず、悠里はやっぱり俺のことをすきでいてくれている。それを知って、とりあえずの心のもやもやは取れた。あとは、やっぱり――。


悠 里 と 和 音


( 悠里! やっぱり今日おまえんち勉強教えてもらいに行く! )

( え、今日? うーん……明日からでいいんじゃないかなあ……。ぼくもう全然我慢できる気しないし…… )

( なにか言ったか? )

( ……なんでもないよ )

――End――

悠里は典型的なロールキャベツ男子です笑
01周年ありがとうございます^^!

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