02
「みかげ……」
ちょっぴり寂しそうに俺の名前を呼んで、紘が遠慮がちに抱きついてくる。背中に回ったに力が籠った。
「どうした? ……紘も、寂しかった?」
「ぼ、ぼくは、寂しかったよ。……だけど、御影は……」
いつもと違う、かすかに言いよどむ気配。いつもなら素直に寂しかったと言う紘が、うつむきがちなままただ俺の体に引っ付いている。
「……紘?」
さっきまで、様子がおかしい気配はなかったのに。
すこしだけ体を放して、小さな頭をかきまぜるように撫でる。紘の体がぴくりと震えて、なにかを呟く。
珍しい。寂しかったのだろうか。
なんだかんだ言って、会えない日々が続いた後は、俺の方が先に根をあげて紘不足になるというのに。
「み、御影は……」
「ん? どうした? ……珍しい、紘の甘えん坊」
上目遣いになっていることに気づいていないのだろう。不安そうに眉を下げた紘が、そっと俺を見上げてくる。可愛い……と思ったことは口には出さず、ん?と促すように首を傾げた。
「あの……う……うう……その、御影はもう僕のこと……すきじゃ、ないの?」
口にした瞬間、さっきまで必死に堪えていたのだろう紘の表情が、ひどく歪む。くしゃっと悲しげになるけれど――。
ちょっと待とう。今、俺はとんでもない言葉を聞いた。確かに。
「えっと……紘?」
寂しかった。そんな言葉であろうと思ったのに、予想外のことに体が固まる。
(ここ数日紘不足のあまり真柴をはじめとする委員たちに当り散らし文句たれまくっていたこの俺が、紘をきらいになった? と?)
落ち着こう。原因はなんだろう。……紘と会っていないというのに、紘を不安にさせた原因。あまりにもほったらかしだと思われたとか?
いや、紘は十分風紀については理解がある。今更そんなことで文句が出るとも思えない。
「紘。まずはそんなことないって、言っておく」
「……でも……っ」
「そうだな。きっとこんな言葉だけじゃおまえは安心できないんだろう。……だから、教えて。どうしてそう思った?」
こんなときでもあどけなく真っ直ぐにこちらを見上げてきた紘の額に、ちゅ、とキスを落とす。
「やましいことなんて、何もない。おまえの質問になんでも答えてやるよ」
「ほんとう?」
「ああ。信じられない?」
頬に赤みをにじませながら、紘が首を横に振る。
「あの、あの……さっき、御影のところ、行って」
「さっき?」
紘がこくりと頷く。さっきって、俺が仕事に追われていたとき、ということだろうか。
珍しい。修羅場中は風紀室に出入りするの、遠慮するのに。別に俺はいいんだけど。
「それで、みか、……御影が、……すきって」
すき?
嘘だろうと言いたいが、紘の目は至極真剣そのもの。嘘をついているわけではなさそうだ。
「紘、聞き間違いってことはないか?」
「ない! ……ちゃんと聞こえたもん。……ほんとうに、大事にしてるって……すきだしって……ぼく、ぼく……っ」
――確かに最近紘さん風紀室に来ないからイライラするのも分かりますけど。
――俺の癒しだからー。ほんとう大事にしてるし、すきだし。
――ちょっとぶっ壊れないでくださいよ……普段そんなこと絶対言わないくせに。
ああ、そうか。
倒れる寸前に紘の声が聞こえたのは、幻聴ではなかったのか。あの場で、風紀室の外で俺の声を聞いていたのか。……それにしたって、ひっどい誤解だ。
そんなことで、きっと、こいつはモヤモヤしていたんだ。その上俺が倒れるもんだから。
こうして付き添いながら、きっと不安でいっぱいになって、でも俺に早く目覚めてほしくていじらしくそばにいたのか。
あー、やばい。可愛い。
両頬が吊りあがってにやけそうになるのを、懸命に抑える。
「紘の話」
「え……?」
「それ、紘の話ね。おまえ、笑っちゃうくらい肝心なところ抜いて聞いてんだもんな」
「え? え? ……ぼく?」
そろそろ距離をとって紘の顔の両脇に肘をついているのも疲れた。甘えるようにすこしだけ体重をかけて、紘の体をすっぽりと包み込む。
分かんないかな。周りに迷惑が飛び散るほど、おまえを溺愛してるってのに。
「おまえが俺の癒しで、ほんとうに大事にしてて、すきなんだけど」
当の本人がまだ自覚なしとは、頭が痛い。
きっと役員でもなんでもない、ただ暴君な転入生に巻き込まれただけの自分が、いまだに風紀役職付きの俺のそばにいることが、どこかで劣等感になっているのだろう。
(自分が最近周囲で人気出てきてること、分かってないし)
ま、邪魔な虫は容赦なく駆除し続けているから、紘が知らなくても無理はないが(真柴がおまえエグいなって紘に同情してたくらいだし)。
「え……ほんとう?」
「なに疑うの? おまえに会いたくて会いたくて一刻も早く仕事終わらせたくて睡眠時間削ったらぶっ倒れた俺のかっこよくない姿見ても?」
「う……御影はかっこいいよ!」
いやそこじゃないんだけど。
「でも、ぼく……信じるよ」
だって御影が。
そう言いかけて言葉を詰まらせた紘が、恥ずかしさを我慢するようにきつく目を瞑る。
「だって? なにそれ」
放課後になったのか。開いた保健室の窓から、どこかの部活動のかけ声が遠くに聞こえる。真っ白いカーテンがうねるように羽ばたいて、紘と俺のベッドに影を作っていく。
続きを促すように紘の頬に触れる。薄目を開けた紘が、それでも言葉に詰まる。……あーあ、恥ずかしがり屋の紘の、限界かな。
小さく笑って、紘のほっぺを食むようにキスしてやる。それだけで、ぴたりとくっついた紘の体温がぐっと上がるのが分かった。
「みか――……ぼく、まだ何も……っ」
「ん。でも伝わってるから大丈夫。寂しかった」
「……っう」
「おまえ全然風紀室来てくれない。遠慮しなくていいってのに」
顔中に口づけを落とし、わずかに震えた上唇を舐める。そのまま吸い込んだ紘の息ごと、深く唇を合わせた。
目を閉じるのももったいないくらいの、可愛すぎる紘の表情。とろんと酔うようにとろけた紘の目が、ピントも合わないような位置で俺と合い、恥じらうように固く閉じられる。
「ひろ、……俺が他にすきなひといるって思ったら、嫉妬した?」
「や……みかげ、いじわる……っ」
「なにそれ。可愛い。もっとキスしていい?」
返事をしようと開いた紘の口を、塞ぐ。わずかに開いた唇から舌を差し込めば、それまでも震えていた体が、ひくりと一層震える。
何度もキスをしてきたというのに、この瞬間だけはどうにも慣れないみたい。
(息継ぎのタイミングとか、最初は中学生みたいにへたくそだったけど)
むくむくと湧き上がる感情から逃れられなくなり、夢中で紘の口の中を貪る。必死についていこうとしているものの、根をあげたのか、されるがままになる。
俺の頭にかかっていた手が、苦しそうにくしゃっと握りしめる。痛い。
「ん……みか、……っ!? ちょ、みかげ! やだ!」
どうにも我慢しかねてそれまで抱きしめていた左手を動かすと、すぐに気づいた紘が今度こそ本気で暴れはじめる。その両腕を抑え込むけれど、いやいやと首を振る。
「やだ! 学校なのに、みか……ふあ……っ」
「大丈夫。誰もこない、たぶん」
組み敷かれたままこんな可愛い姿を見せつけておいて、無理という方が、無理だ。ばかみたいに恥ずかしがり屋の紘は、しばらくの間暴れ続けたが、どこまでも粘り強い俺にとうとう白旗をあげた。
何度も名前を呼んでくるいとしい声を聞きながら、赤く上気した肌に目を瞑る。とりあえず、愛の言葉はもうしばらくこの体を堪能したあとだ。
御 影 と 紘
( とりあえず、無駄に俺に合わせようとして遠慮するとどれだけフラストレーションになるのか、身をもって体験してもらうとしよう、なんて )
――End――
サイト開設当初からのラブラブカップルです笑
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