02


 いつもぽやんのくせに、どうやら今は動揺しているようなので、猶予を与えるべく肩口に顔をうずめてきた体を支えて抱きしめてやる。


「やー……」


 て、言っていることとやっていることが違うが。


「みたー……おーさま」

「何をだ」

「ぼくの、ちゅーするとこ」

「なぜ見てはいけなかったんだ」

「やー……おうさまの、まね、……恥ずかしい」


 確かに顔はゆるんでいたが。

 ……ここ数日顔を合わせていなかったから何を考えていたのか全く理解に欠けていたが。きらいになった素振りもなければ悪いことをして顔を合わせづらいという感じでもない。ただただ顔がゆでダコみたいに染まっているのを見ると、恥ずかしかっただけか。


(単純)


 単純で、素直で、無垢な、小動物。

 それだけで手元に置くと決めたはずだったが。


「エル。いい加減顔見せろ」

「やー……」


 今日は、ずいぶんと駄々っ子。最近すこし成長してきたと思っていたが、幼児返りしたか。


「どうしてキスしてたんだ」

「んうー……」


 腕の中の子どもは、もごもごと動いたまま返事をしかねている。仕方ないので、頭を押さえる手にすこしだけ力を込める。


「言わないと顔見る」

「やー! 言う!」


 放してやると、ほっとしたように元の自分の顔を入れやすいポジションに入っていく。肌に触れる子どもの体温は、いつもよりも高いか。

 息がかかってくぐもって聞こえる小さな声。そんな風に顔が埋まっていても、耳の近くなので容易に聞き取れる。


「おーさまのちゅー……おもいだそうと、した」


 一体全体自分がどういう無自覚で何を言い散らしているかすら、分かっていないのだろう。困ったようなどこか甘えるような声が、チリチリと耳を焦がすよう。


「思い出したか」

「んー……んーん。ぼくあのとき、頭がふわってなってね、よくわからなくて……」

「なら思い出すか」

「ふえ?」


 髪を梳くように撫でていた手でそのまますこし乱暴に小さな頭を掴んで、ぺりっと肩から引き離す。

 呆気にとられたようなぽかんとした真っ赤なあほ面は、次の瞬間、すねたような抗議の色に変わる。


「やー! おうさま言ったら、顔見ないって言った……!」


 じたばたと暴れるその髪の毛に、ちゅ、と影を落とす。小さな子どもの体に、一気に緊張が走る。


「あ、……」


 まるで煽るようにしか聞こえない、かき消えるような声。


「お、さま……っ」


 これ以上は限界だと思っていたのに、それを突破する勢いでエルの顔が一層赤く染まる。それはあまりにも。


 堪らなくなったのか、きゅう、と閉じたその瞼にも、唇を落とす。肩に添えられた小さな手は震えていて、しがみついているのか突き放そうとしているのか分からないくらいだ。

 俯いた額を、上気た頬を、たどるように口づけて、何かを我慢するように噛みしめた唇にそっと手を這わす。

「や、あ……っ」

「思い出したか」

「ん! ……ぼく、おもい、だした! ……もうい――」


 止めなかったといったら、嘘になるのかもしれない。


「ん……ぅ」


 止まらなかった。

 震える体を閉じ込めるように抱きしめて、二回、三回、と唇をくっつけてはまた、離して、くっつける。ピントが合わないほど間近になったエルの表情は、もはやキャパオーバーなのか、これ以上ないくらいの赤。

それでも繰り返す。今度は長く唇を合わせて、すこしだけ吸って、ひくりと震える体に唇を離して、また寄せて。
 
 濡れる瞳が、限界、と言っているのはこの際無視だ。なんにしろ、五日も手持ち無沙汰にされたのだから。


 ――くちびるの、キスは、ぼくだけ?



 ぽへ、と色気のない顔でぐいっと上を向いてそう言ってきたあの表情を思い出す。すこしずつ、変わっていくエル。


 だけど今は、幸せそう……だけじゃない。


(いつ、こんな顔見せるようになったんだか)


「お……さま、息……っいき、できな……っ」

「そうか」


 くっつけていた唇を放してやると、疲れ切ったように体を上下させながら、エルがぽすっと胸の中に倒れてくる。まったく警戒心というものがない。これはこれで可愛いが困りもの。


「おー……さま、食べるちゅー……した」


 息を荒げながらも、なんとも言えない感想。なんだそれは。


(食おうと思ったら、もっと食べるようなやつなんだけどな……)


 そんなことを知らないエルは、「やく、にる、なま」と、うわ言のように呟く。だからなんだそれは。


「食べない」


 多分。

 という言葉は伏せておくが。


 小さな体を抱きしめなおして、「エル」とその名を呼ぶ。俺がつけた名前だ。ぼろぼろのおまえを拾ってすぐに。


「ふえ?」


 まだ赤みを残し、とろんとした瞳のままのエルが、口を半開きにしたままこてんと首を傾げる。……食べない、多分。


「また部屋にこい」

「あ、うん。おうさまの部屋、ぼく、行く」

「それでいい」

「おうさまも寂しかったの?」

「……そうだな」


 きっちりと整えられた書類。音沙汰のない扉。見えない小さな子どもの姿。

 いつの間にか、依存されるのと同じくらい、依存されるのに慣れきってしまっている自分がいる。


「んー……うれし」


 体を安堵させたのか、エルがいつも以上にぎゅうぎゅうと胸の中に侵入してくる。それ以上押しつけたってどう深くも入り込めないというのに。


「ぼくも恥ずかしいけど、おうさまに、あいたかったよ」


 まあ、ともあれ、五日ぶり。もうすこし、この体に触れていたい。

お う さ ま と エ ル フ


( でもおうさまのちゅー、恥ずかしい )

――End――

最近糖度が増してきました。笑
01周年ありがとうございます^^!

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