01



未来設定/本編ネタバレ有


 高校のときからずっと思っていることだけど。


「でねー! なにかと思ったらあいつ合コンだよ!? 用事ってそれ!? ていうかぼくに何も言わないとかほんと腹立つし! てかその前に行くのそれ、どういうことだと思うねえ!」


 千尋くんは、よくしゃべる。脳が発信してことばを放つ前に、口先でぺらぺらと紡ぐように。通らないせいか無意識に小さくどもりがちになるおれが舌を巻くほどである。

 千尋くんって実は頭いいのかな。……こんなに早く喋れるって頭の回転がすごいぐるんぐるんしていそう。


(それに、今日はいつもの三倍くらい、早い)


 今も絶えず喋り続けている千尋くんの横に驚くほどの勢いで置かれていく空き缶を見つめる。


 ……なんだか、ヤバい気がする。


 そんなことを思いながら、おれはといえばまだ二杯目かそこらの缶チューハイに、口を付けた。

 大学生になってから始めたひとり暮らしにはちょうどよい小さめの冷蔵庫に、普段こんなにたくさんのお酒は入っていない。なぜか夕方のインターフォンとともに嵐よろしく現れた千尋くんが、両腕に引っ提げていたのだ。


 ――え、今日は健ちゃん来てないんだ! しょうがない、いいや! 忍ちゃんだけでも、飲もう!


 ぼくのおごり! ただ酒! ね! なんて言われて、そのままなだれ込むようにふたりだけの静かな――と見せかけて喧騒にまみれた宴会。目の前の千尋くんの顔は、既に赤い。


「いいんちょ……東雲先輩が、合コンとか、あんまり想像できないなあ……」

「いやあいつすんごく大学でモテるの! まあ当たり前だよあんなにかっこいいんだもん! サイッアク! かっこよすぎてサイッアク!」


 ……なんか、言っていることが既に支離滅裂というか……。

 大丈夫かなあなんて思いながら、マイペースにお酒をすする。何度か一緒に飲んだことあるけど、たしかおれよりも千尋くんのほうが弱かった気がする。のに。このペース。


 今も目の前で新しい缶に手を伸ばしている。


「やっぱり、大学入ってから結構経ったけど女のほうがよくなったのかなあ……」


 ぷしゅ、という音と共に一杯目を煽った千尋くんが、途端に沈んだような声を出す。さっきまでのなじるような声ではなく、自信なさげな。


「先輩は、千尋くんのことすごくすきだと思うけどなあ……伝わってくるというか……」

「でも、すきとか言われないし……こんなことで悩んでる時点で男としてどうかとは思うんだけどさあ」


 赤い顔でおれを見つめた千尋くんが、ため息を零す。


「でも、やっぱり男同士なんてマイノリティじゃん。……たまには、不安を消してくれるようなことばがほしいよ。そうでなくったってぼくはあんなイケメンと付き合って不安で不安で不安でしかたないのに……合コンとか! 行くなら行くって言えばいいじゃん!」


 ことば、ねえ。

 そういえばおれ、三上くんにそういうことちゃんと言われたことってあんまりないかもなあ。特に最近は。


 ……たしかに言ってくれたらロケット発射の勢いで舞い上がるだろうけど、三上くんあのとおり無口だし、必要最低限のことしか喋らないし、メールもそっけないしなあ。


「ああ! もうだめだ、ごめんね忍ちゃん! せっかく忍ちゃんと飲むんなら楽しい飲み会にしたいね! そうだねよし!」


 このまま消沈していたらどうやって慰めよう……なんて考えていたら、突然ばっと顔を上げた千尋くんがさっきのようなマシンガントークをふたたび繰り出し、そして缶チューハイを煽った。


「ち、千尋くん……ペース、気をつけてね」

「うん! おっけい!」


(全然分かってない)


 なんだか、週末の夜は長そうである。缶チューハイを片手に、楽しそうになにか言っている千尋くんを見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。


「……」


 数時間後。前言撤回。


 さっきまでどうにか整頓されていたおれの部屋は、缶チューハイが転がる無惨な姿となり果てている。からん、と、どこかの缶が転がる音がした。中身はきっと空だ。

 そして目の前でふわりふわりと上下するつむじ。完全に机に体重を預けて、ぴくりとも動かない小さな体。

 前言撤回。夜の宴会は恐ろしく短かった。


(ど、どうしよう……)


 潰しちゃった? いやいや、潰れちゃった?

 千尋くん昨日先輩と喧嘩してそれっきりだと言っていたが、今日は先輩どうしているとか言っていなかったな。タクシーで送ってあげても、いいことにはいいのだけど。


 大学に入ってからすこしだけ茶色くなった髪は、さらさらと深い呼吸に合わせて上下している。何回か染めているらしいけど、傷み知らずだよなあ。

 って、そうじゃなくて。

 放りっぱなしにしてあった携帯を取り出す。電話帳の中から、先輩の番号を引っ張り出した。


(電話するか、しないか)


 千尋くんの話によると、先輩は千尋くんに黙って合コンとやらに参加していたらしい。運悪く見つけてしまい、今回の喧嘩に至るということだ。先輩もドSだからあんまり自分から謝るなんてことしなそうだし、ここまでこじれたのだろう。


 でも、絶対誤解だと思う。

 高校のときから二人を見ている上に最近もちょくちょく会っているけれど、気持ちが離れているとは思えない。


(お互い意地になってるだけのような気もするけど……)


 ここで電話するのは、ちょっとお人よしすぎるかな。千尋くんも、今は会いたくないとか。

 そんなことを思いながら真っ暗になった携帯を握りしめていると、不意に手の中のそれが振動し出す。驚いて、体が跳ね上がる。変な声出た。


 表示された電話番号に息を飲む。ワンコールで迷わず通話ボタンを押した。



「千尋くんうちで潰れたんで、持って帰ってください!」



 なんというエスパーだろう。


 開口一番になぜか電話を受けたおれが話し出すとは思っていなかったのだろう。向こうが一瞬ぽかんとした様子で静まるのが分かる。やがて、くす、と笑う声がした。

 このすこしだけ底意地の悪いような笑い方は、高校のときから全く変わっていない。


『エスパーなのかな、向井田は』

「おれも、そう思いました」

『奇遇なんだけど、こちらも用事があってね。……そこの可愛い千尋ときみの酔っ払い、交換ね』


 へ? と声を漏らす。

 これはまた、思いがけない偶然である。


 だれが見ているわけでもないのに、目をしばたかせる。目の前の千尋くんはさきほどから変わらずぴくりともしない。

 いや、そんな、だってありえない。

 おれの記憶が正しければ、三上くんがお酒で顔色を変えたことはない。


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