01



 カタカタと目の前のパソコンが開かれた机を叩く音が、やけに静かな風紀室に響いている。周りは何ごとかと思いながらも、イベントに学期の入れ替わり時期にひとりひとりが忙殺されている所為でなにも言えないらしい。

 ああ、イライラする。


(仕事が全然進まない)


 というのも、目の前にいるべき姿が本日の風紀業務の開始時間から消えている。忽然と。来る気配もない。全くイライラする。

 仕事嫌いのめんどくさがりな俺に変わって風紀室の王座に立っているのは、実はこの目の前に鎮座しているはずの真柴である。

 自分の仕事を次から次へとこなしながらも周りへの指示を忘れない、使える男。あいつは将来絶対にワーカホリックになる。

 その仕事ロボットみたいなやつが時間に間に合わないどころか無連絡を決め込んでいるなんて前代未聞、空前絶後のできごとだ。


(イライライライラ)


「イライラ……」

「委員長……」

「口に出てます……」


 真柴の所為だ。いつも真柴があれやれこれやれサボるなどこいく休憩はさっきしただろうなど茶々を入れているから仕事が進むというのに。ああ、憂鬱だ。

 紘に会いたい。イライラを霧消させて小さな愛しい体を抱き潰したい。昨日は会えなかったから、完全に紘不足。

 電源が落ちかけたパソコンのマウスを揺り動かすと、やりかけの資料が出てくる。気――ボードに滑らせた手はスローテンションで動く。そして止まる。深呼吸をして、動かそうとしたときだった。

 ガチャリ、扉が開く音がする。

 食いつくように扉を見たのは俺だけじゃなかった。周りの風紀もみんなが縋るような目で顔を上げた。真柴の需要が伺える。だが明らかにチビな真柴をゆうに超えたシルエットに、すぐに突き落とされる。

 イライライライラ。

 しかもそいつは、真柴の恋人ときた。お呼びじゃねえよ。生徒会役員である会計の腕の中にはたんまりとなりを潜めた書類たち。お呼びじゃねえよ。


「資料」

「お呼びじゃねえんだよ」

「なあに。苛々して。生理?」


 飄々と言ってのける会計。俺が怒るなり呆れるなりのアクションを見せるよりも先に、周りが大仰にびくついた。


「おまえの真柴が来ないからだろうが」

「あ、志野ちゃん連絡もしてないの」


 茫洋と言い放った会計が続ける。まだ学校にいるよ、と。

 はあ!? あいつ何してんだ!

 堪忍袋の尾がぶちっと切れかけて口を開く前に、会計が「保健室に」と付け加える。その声色はまるで「ほんとうに知らなかったの」とでも言いたげだ。

 会計が俺の散らかった机、ぐちゃぐちゃなその中でかろうじて空いていたスペース――パソコンのキーボードの上にどさっと書類を置いた。ついでに俺の両手はすっかり下敷きである。


「紘ちゃんと一緒だけど、ほんとに聞いてないの?」


 はずみで、ワード文書の全面を、やがてKの一文字が埋め尽くした。



     *



「待てこの人攫い! クソダメ男!」

「ちょ、ちょ、志野ちゃん落ち着こう」

「これが落ち着いてられるか!」


 不穏な雲行きに怪訝そうな顔をするも大人しく俺についてきていた会計が、すっかり奇襲をかけられて暴れる真柴を後ろから宥めすかすようにあれこれ言っている。無視だ。

 うるさいほど勢いよく保健室の扉を開けた瞬間、ベッド脇で身を翻した真柴が奥を庇おうと立ち上がったが、容赦はなかった。もふ、と布団にくるまってほっぺたを赤くした紘を軽々と抱きあげて、歩きだす。


「かーえーせー!」

「おまえのものじゃない。俺のだ」

「横暴男! 色魔! おまえの隣じゃ紘が休まらない! 返せ! かえせかえせ!」


 こちらに向かって唸るように威嚇する真柴は、図体のでかい会計と一緒にいるとただのチワワやマメシバにしか見えない。ふっと一瞥して、無視だ無視。

 真柴はだれしもに世話焼き体質だ。仕事をしない人攫いでクソダメ男な俺にさえもたまに所帯じみたオカンを出す。本人はまったく気づいていないが。

 それでも、紘のことは、だれよりも目にかけている。そんな紘を俺に横から取られてすっかり憤然としているが(俺の近くだと紘の気が休まらないとかいう建前、ただ庇護欲をそそられる紘の世話したいだけだろう)。


 仕返しだ。

 真柴のやつ、絶対わざと俺に言わなかった。


「まあまあ志野ちゃん。今日は俺と遊ぼう」

「遊ぶかてめえどっか行け仕事しろ!」

「それを言うなら真柴も仕事だ。おまえ今日の仕事溜まっていたぞ。俺は全部終わらせた」


 電源が入りっぱなしのパソコンの中には作りかけの書類。キーボードの上には未処理の書類たち。

 明日になったら真柴の怒号が嵐な天気予報である。

 しかし騙されやすい真柴はすっかり信じ込んだようで、返すことばもないといった表情。悔しげに唸る声が聞こえてきそうだ。


「紘に無理はさせない」


 振動が響くからか、腕の中で、「うう」と唸る声が聞こえる。睫毛を震わせて熱い息を吐いた紘が、寒いのかすり寄るように体を寄せてきた。ぎゅっと抱き締め直す。

 出ていった保健室から「志野ちゃん、やっぱり取られちゃったね」「うるさい。おまえが余計なこと言ったろ」「ごめんね」「……」「志野ちゃん」「……」なんてやりとりが聞こえる。最後はすっかり会計のごますりタイムが始まっていた。

 諦めた方がいい。あれはしばらくは無理だ。


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