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幸福な悩み


「セフィロス」
名を呼べば振り返ってくれる。
愛してくれる。
でも、不安なんだ。

貴方の本心がわからないから。



「あのさ…」
「どうした、クラウド」
セフィロスの休日。部屋で二人で過ごすのが暗黙の了解となっていた。
真っすぐな目で見られ、体温が上がるのを感じた。
「お、お腹空かない?」
「ああ、昼か。少し待っていろ」
頭を撫でてキッチンへ姿を消したセフィロスを見送り、クラウドはため息をついた。

そんなことを言いたいんじゃない。
本当に言いたいのは…。

思考に沈んだ頭を呼び戻したのは、やはりあの人の声。
「すまない、食材切らしていてな。外へ出るか?」
キッチンから出てきてそう詫びるセフィロスにクラウドは真っ赤になりながら答えた。
「は、はい!」
こうして二人の初めての外出が始まった。



ミッドガルでも高級店がならぶ二番街。当たり前のように歩くセフィロスに対し、クラウドは目が眩む思いで必死について歩いていた。
道の両脇を彩るきらびやかなディスプレイ。値段なんてわからないけれど自分が一生かかっても関わることがない世界の金額には違いない。
その内の一つにクラウドは釘づけになった。
それは細いプラチナのチェーンを持つペンダント。
トップについているのは控えめな緑の宝石。
足を止めてしまったクラウドに気付き、隣のセフィロスも歩みを止めてその視線をおった。そして何かを考えるように右手を顎に寄せた後、店内に入ろうとした。
「せ、セフィロス!?」
驚いたのはクラウドの方だ。
セフィロスとは食事をするために外出したはずだ。こんな宝石店で買い物の予定など聞いてはいないが。
引き止めたクラウドに振り返ったセフィロスは不思議そうな顔をした。
「欲しかったのではないか?」
「みてただけです!」
まさかセフィロスみたいだなんて思って見とれてたとは言えない。
コートの裾を引っ張って入り口からセフィロスを離し、道を急がせた。
クラウドの足が止まるたびにこの調子だったからたまらない。予定のレストランに到着した頃にはクラウドは疲れ果てていた。

早く食べて帰りたい…。

しかし彼は忘れていた。
セフィロスの行く店。
それが普通のレストランではないことを。

からん。
音のなるドアを開ければもう一つのドア。その手前に一人の男が立っていた。
「これは…。ようこそおいで下さいました」
腰から折れそうなほどの礼とともに開かれるドア。
「軽いものを用意してくれ」
すれ違いざまにドアマンにそう伝え、勝手しったるとばかりに店を進むセフィロス。
目移りばかりするクラウドは迷子になりかけ、セフィロスから離れまいとコートの裾を気付かれない程度に握った。当然セフィロスは気付いていたが、静かなほほ笑みを浮かべるだけでそれについて何も言わなかった。
店の奥、中庭に面した長い渡り廊下を進んだ先にある別室。
そこがセフィロスの好む席だった。
「クラウド」
ひいた椅子に座るように促され、従えばセフィロスは向かいの席に座った。
渡されたメニューを確認し、顔を上げればかちかちに固まっているクラウドが目に入り苦笑している。それが更にクラウドを緊張させる。
「そう固まっていては食事も喉を通らないだろう?」
くくくっと笑われ、クラウドは真っ赤になって反論した。
「だって俺、こんな所初めてでっ。マナーとかよくわからないし…」
言って俯いてしまった。
「クラウド、何も気にすることはない。お前は食事を楽しめばいい」
優しい笑顔でそう言われても簡単に緊張を解くことなどできず。
せっかくの料理の味もわからぬままにレストランを後にした。

クラウドは帰りは何も見るまいと正面に顔を固定した。
そのまま家路を歩いている途中、ふいにセフィロスはクラウドの顎をくいっと引きあげて自分を見上げさせた。
「え、セフィロス?」
「何故、俺を見ない?」
見上げさせられた顔は眉が寄り、どこか寂しげにも見える。
「俺が嫌か?」
「ち、違うんですっ」
「ならば何故だ?」
セフィロスの誤解は早く解きたいがここは公共の道の上。
端から見ればキスを迫っているようにしか見えない。
しかも神羅の英雄がだ。
セフィロスが歩いているだけなら騒がないこの通りの人々も、さすがに足を止めて聞き耳をたてている。
目だけを泳がせ、クラウドはとっさに見つけたある施設を指差した。
「あ、あそこ入ろう!あそこで話すから!」
だから離して、と目で訴えかける。
納得がいかない顔でセフィロスはクラウドの顎から手を外し、代わりに腕を掴んでその施設ヘ歩きだした。
引きずられるクラウドは内心ほっとしながらも、どう伝えるべきかという別の問題に頭を悩ませていた。

人体には若干暑いと感じる室内。日差しなど望めないミッドガルで人工のそれだとはわかっていても暖かく降り注ぐそれに表情も和らぐ。
ここは神羅が経営するミッドガルの植物園。
もともと植物への関心をもつ人は少ないのか、人影は見られなかった。
静かな世界。
しかし、正面の人はそんなものを楽しむ余裕すらないようである。

「さて、話してもらおうか」

近くの木に押しつけられ、逃げられないようにしてからセフィロスはクラウドに詰め寄った。
「あ…の」
どう説明すべきか迷い、必死に言葉を探す。
クラウドの答えが待てなかったのか、セフィロスは強引にクラウドの唇を奪った。
「んっ…、セフィっ…」
合間に名を呼ぶことでやめさせようとするが、セフィロスは解放する気がないらしい。存分にその唇を貪るように味あわれ、首筋に落ちてくる濡れた感触にクラウドは目をつぶった。
しかしセフィロスはそのままクラウドの肩に顔を埋めてしまった。
「…セフィロス?」
心配になって顔を伺おうとしたクラウドはそのまま抱き締められた。
「セフィロス?」
もう一度その名を呼ぶ。
しかし表情が見えないことがクラウドを不安にさせた。
「セフィ…」
自分を抱き締める腕を解いてその顔を見ようとした。
「…欲しい物があるなら、何でも買ってやる。お前が望むなら何でもかなえてやる」

耳元から聞こえるセフィロスの声は余りにも弱々しく、彼のものとは思えなかった。

「俺を見てくれ…。クラウド…」

囁くように発せられた言葉は彼の本心。
返す言葉をクラウドは自然に紡いでいた。
「すみません、不安にさせて…」
ずっと下げていた両手を愛しい人の背中へ回す。
「ただ、俺が何かを見てればあなたは何でも俺に与えようとするから…」
回した手に力がこもる。
「物が欲しいんじゃないんです。逆に物ばかりを与えられると。…俺が貴方を思っていることも伝わってないような気がして」
「クラウド…」
「あなたと、こうして触れ合って…。傍にいることが俺の幸せなんです。物で繋ぎ止めてなければ不安なほど、俺が信用出来ませんか?」
寂しげに笑うクラウドに向かって上げられたセフィロスの顔。
こちらも苦しげに眉を寄せていた。
「やっと、貴方の顔が見えた」
「すまない、俺は…人の愛し方がわからないんだ」
困惑気味のセフィロスに今度はクラウドが苦笑する番だった。

「貴方の思う通りに」

しばらく何かを考えた後、その顔が意地悪く変化した。
「俺の思う通りに、だな」
「え、セフィロ…。うわっ!」
急に抱き上げられ、クラウドはセフィロスにしがみつくしかない。そのまま出口へ向かうセフィロスにクラウドはただただ唖然となる。
「家に帰るぞ」
にやりと笑う顔に、クラウドは自分の顔が引きつるのを感じた。
「簡単なことだったな。お前が俺以外に目移りしないようにしてしまえばいいんだ」
余りの極論に開いた口が塞がらない。
「せ、せ、セフィロス。それって…」
見たことのないくらいの笑顔が恐い。
自分の発言でセフィロスが吹っ切れたのは嬉しいのだが、どうもその解釈はおかしな方向へベクトルが向いてしまったらしい。
セフィロスの胸にしがみつき、次から次へと湧いてくる不安や悩みに頭はくらくらする。
でも…。

「クラウド」

名を呼ばれ、見上げれば優しいあの人の笑顔。
ああ、この笑顔があればいいやとか思ってしまう自分もベクトルが壊れているようだ。
人様からみればただののろけな悩みを抱えつつ、クラウドはため息を一つはいた後、笑顔でセフィロスに切り出した。

「…ケーキが食べたい、かな」
その一言にぴたりと止まるセフィロスの足。
「…ここからならあっちが近いか」
そう呟き方向転換する自分を抱き抱える人に苦笑しつつ、取り敢えずどう言えば腕から下ろして貰えるかを思案しはじめた。
でもそれより先に。

どうすればこの人に、自分は他の人間など目に入らないと伝えられるのだろう。

それを考えなくては、とクラウドは幸せそうに微笑んだ。



END


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