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どこにその必要があるのやら毛頭見当つかぬまま、そこからは殆ど長門さんが物語の語り手になっていた。
これでは僕の方が先に眠ってしまいそうだ。
「そうして、坂田金時は酒呑童子を無事に退治した。と言い伝えられている」
「それで源頼光に褒美を頂いて、めでたしめでたし、ですか…」
「そう」
「そうですか…金太郎ってそんな話だったんですね…
眠い、です…」
「そう。私も」
「寝てもいいですか」
「いい。私も寝る」
その言葉に僕は目を閉じる。するとそのまま、くたっ、と眠れた。
色々と疲労が溜まっていたからだろう。その疲れが取れる筈の入浴が一番気苦労が絶えなかったから。

朝に強いとも弱いとも言えない僕を起こしたのは、先に目覚まし時計を止めた長門さんだった。
「起きて」
「ん」
「起きて」
「あーい…」
は、の発音ができず、それでもまだ布団の中でまんじりとしていると。
「起き――て!」
そう言いながら、助走をつけて腹に飛び乗られた。
「ぐあ!」
膝立てることねーだろ!!
と叫ぶのもままならなず、自由な上半身のみで飛び起きれば、
僕に跨がっている長門さんのドアップで、うわうわ言いながら背中がソファに逆戻り。
コントか、コントがしたいのか一樹。
「起きた?」
「ええもう最高の目覚めです。誰かさんのおかげで」
体の上から退いた長門さんに、いつもの笑顔で痛むお腹を押さえ、ほんの少しの嫌味を垂れる。
「あなたは痛くされるのを好むの?」
嫌味は通じなかった。
「なんでそう話がぶっ飛ぶんですか」
「好き?」
「違います!」
何時何処でどんな状況で誰からそういう知識を得ているんだ。
朝っぱらからなんて会話だ、と洗面所に向かおうとすると、
『ラジオ体操第一!』
全部やってたら確実に遅刻しますよそれ。

結局遅刻は免れた。
体操は昨日のものを全てやったので、
終わった頃には徒歩では到底間に合わないであろう時間だったのだが、
ここでもう一度自転車に出番が与えられた。
「早く乗って」
「ふたり乗りで登校はちょっと…教師の目もありますし」
「遅刻したいの?」
「そういう訳では…」
自転車置場でもたもたする僕を見兼ねてか、
長門さんはさっさとスタンドを撥ね上げてサドルに腰掛け、こちらを振り返って言い放った。
「乗らないと置いて行く」

チリンチリン
「おはよう」
「あら有希、おはよ!…え?古泉くん?」
「お、おはようございます」
チリーン
「おはよう」
「おう、はよっす長門…はあ?古泉?」
「おはようございまーす…」
チリンチリーン
「おはよう」
「あ、おはようございますー長門さ……ふえ?こいず…」
「おはようございま、す…」
恥ずかしい恥ずかしい目茶苦茶恥ずかしい。
こっち見ないで欲しい、っていうか、なんで今日に限って登校中のSOS団全員に会わなきゃならない。
それになんで今日に限って長門さんは全員に挨拶するんだ。
わざわざベルまで鳴らして。
長門さんは三人ともすいすい追い抜かしたが、荷台で僕が縮こまっていた事に関して、
必ず後で涼宮さん達に追及されるんだろうな、今から頭が痛い。
とひとりで思い悩んでいると、坂のふもとの自転車置場に着いた。
「ありがとうございました…」
「いい」
見上げただけでうんざりとする坂を徒歩で登る。
「今日の僕の下駄箱には何が入っているんでしょうね」
昨日の剣山を思い返す。画鋲どころでは無かったな…
「さあ。ちなみに昨日の私の下駄箱には消しゴムのかすが隅に置いてあった。
恐らくは、あなたに好意を寄せている女子生徒の仕業」
うん…なんてコメントしよう……。
長門さんは、怒らせたら恐そうな人学年第一位に輝いてるから…当然と言えば当然か。
「ショボい」
うん…。
その日の僕の下駄箱には、いや、上履きの中には、良く練られた納豆が入っていた。
ちょ、たんま。ほんのちょっとでいいから暴言吐かせて…一言で済むから。
せーの、
「食べ物に罪はないでしょうが!!」
「そっち?」
と、下駄箱から丸められた紙屑を取り出しながら言う長門さんを尻目に、
僕はあらん限りの力で上履きを廊下に叩き付けた。
ああ、むしゃくしゃする。こんな扱いを受けた納豆の気持ちを考えてもみろ。
誰のために美味しく加工されたと思っているんだ。
買ったお前のためだろう!?
「いや、ツッコミ所が違う」
長門さんはそう言い、廊下に転がった上履きを拾い、口をもごもごとさせた。
復活の上履き。
さて、特筆すべきは全ての授業が終わった放課後、文芸部室にての事だ。
今朝の件についての、他の団員からの追及どころでは無かった。
いや、追及はされるにはされた。一時間目が始まる前の休み時間、教室に襲撃しに来た涼宮さんに。
なので、長門さんが昨日に限り僕の家に泊まったことや、
晩ご飯を作りに来てくれていることは勿論伏せて涼宮さんには寝坊して遅刻か、
と慌てて僕がマンションを飛び出した所でたまたま長門さんが通りかかり、
彼女の善意による思い付きで一諸に自転車で登校することになった、と説明した。
今の状況に至った経緯を順に追って説明するのももどかしいので、過程は省かせて頂こう。
僕は両肩に物凄く強い力を加えられ、腰を掛けた姿勢のままパイプ椅子に押さえ付けられていた。
その力は長門さんの両手に込められていて、彼女は僕の目の前で仁王立ちをかましていた。
「えー…と」
「却下」
「まだ何も言っていませんが…」
「あなたが、先程私があなたについて指摘し、
そして今から私が、あなたに実行しようとしている事から逃げようとしているのは明らか」
「いや、そりゃ、逃げもしますって」
「遠慮は無用」
「遠慮だとか言う問題では無くてですね…」
「私は有機生命体で言う所の雌に分類される。あなたは雄。
よって私には、あなたが今置かれている状況を完全に理解する事は不可能」
「はあ、まあ、長門さんには無縁でしょうねえ…」
「しかし、今のあなたは辛そうに見える」
「別に、あなたが思っていらっしゃる程問題は…」
「ある。あなたのそれは痩せ我慢」
「我慢、って…」
「間違ってはいない筈。私は私の発言に責任を持つ。
『あなたの手が完治するまで私があなたの生活をサポートする』」
「はあ、まあ、そんな台詞もありましたね…」
「それはこうとも言える。あなたの手が完治するまで私があなたの右手の役割を担う、と」
「だからって、何もこんなことまで…」
「恐らく、あなたの右手が正常に使えたのであれば、
あなたはこの様に追い込まれるまで放置しなかった筈」
「ええ、まあ、それは確かに」
「しかし、あなたのその不快感も今日で終わり。私がその始末をする」
「いや、マジでいいです、って!僕はそこまで気にしていませんから!」
「あなたが気にせずとも、私が気になる。もう限界」
「どうかお気になさらないでく――なんて物ポケットに入れていらっしゃるんですかあなたは!?」
「これは使用しないの?」
「しませんしません!
あなたは、何か大きな勘違いをされているようですね、止めておきましょう!ね!!」
「却下」
「却下って!あなたにこういった経験があるとは思えません!」
「確かに、経験は皆無」
「なら!」
「やる気があれば何でもできる。これは名言。偉大な人の言葉」
「ひっ、人には努力や根性のみで出来ることと出来ないことが…
とにかく一旦離して下さい」
「暴れないで」
「お断り、しますっ…手を退けて頂けませんか!」
「却下。これ以上は私が見ていられない」
「たんま!待った!結局それ使うおつもりですか!?」
「そう」
「いや、そんなの使ってやったら死にますよ!殺す気ですか!」
「男が細かい事でごちゃごちゃと…」
「男だからです!」
「わかった、文句は後程受け付ける」
「後では遅――」
「力、抜いて…」
「ちょ、わ、やめ、ぎゃああああ!!」
ひゅっ、と長門さんの右手が振り上がり、僕は彼女の手の中にあるカッターナイフの刃先を避けるべく、
渾身の力で彼女の左手を肩から払い、椅子から転げ落ちた。
しかし、無様に尻餅をついた体勢の僕が立ち上がるよりも先に、彼女のカッターが頬にぴたりと添えられる。
「あなたに無精髭は似合わない」
「ひ……!」
皮膚に、刃の冷たく固い感触を感じ、さーっ、と血の気が引く。
カッターで、髭は、剃れません…!!
そう言おうとするが、後ちょっとでも刃が深く入れば、
間違いなく流血沙汰なこの状況に対する恐怖からか、
口がぱくぱくと空気を噛むだけで全く声にならない。
怪しげな機関に所属しているせいで、恐い目や痛い目には割と遭い慣れている筈なのだが、
それらと決定的に違っているのは、今の彼女に悪意は、それはもう全く、全然、これっぽっちも無く、
だからこそ、これ位で許してやらあ、ここまでやったら十分だろ、というラインが彼女には存在せず、
それがより恐怖を倍増させる。
更に、あんなに必死になって身に付けた護身術は、彼女相手には無効と来ている。
カッターとのゼロ距離に鳥肌を立て、僕は首をカッターから逃れる為に横に向けた。
ぎぎぎ、と効果音を付けても良さそうな程ぎこちなく。
今の今まで長門さんの説得に必死(しかもその説得も失敗への道まっしぐらだ)だったせいで全く描写していなかったが、
涼宮さん達も既にこの部室に居て、先程から僕達の会話を目の当たりにしているのだ。
そろそろ危険だ、と助太刀をしてくれても良さそうだと言うのに、しかし一向に誰も動く気配を見せない。
は、薄情者…。
傍観を決め込んでいる三人に、アイコンタクトで助けを求める。
S!
「しっかし、さっきの有希と古泉くん、会話だけ聞いてたらどえらい勘違いしそうだわ。
ね、みくるちゃーん」
O!
「ふえ?勘違いですかあ?別に何も…
ああ、長門さん、カッター振り回しちゃ、危ないですよぉ…でもわたしじゃ止められないし…
あれ?キョンくん、なんで震えてるんですか?」
S!
「刃物持った女子恐い腹えぐられるえぐられる朝倉止めて助けて嫌だ助けて助けて」
SOS送信ミス
………どっ、どいつもこいつも…!!
僕のSOS信号は誰にも届かなかったようだ。
いや、届くには届いたが、長門さんプラスカッターのコンボに立ち向かう勇気が無いのかもしれない。
僕だってそんな勇気は微塵も無い。
が、このまま大人しくしていると輪をかけてとんでもない事態に陥りそうなので、
ていうか、高々無精髭くらいで一々血の海に沈んでいては、この先命がいくつあっても足りない。
「ああっ、あんな所にキュアブラックがっ!!」
「なぎさ!?」
この部室のある校舎とは反対側に建っている校舎の屋上を指差す。
長門さんがプリキュア好きだというのは初詣の際に知ったことだ。
窓の方へ、足はその場に貼り付けたまま、上半身のみを大きく後ろに捻った長門さんから隙をついて飛び退き、
ドアノブに手を掛ける。この部室から逃げた所で彼女が諦めてくれるとは思わないが、ここはすったもんだをするには狭すぎる。
しかし、こんな見え見えの嘘に上手いこと引っかかってくれたな…
「この様に」
「え?」
「私が騙されるとでも」
長門さんはこちらを振り返ることすら無く、刃物を握った右手を肩越しに覗かせただけだった。
…僕の目には少なくとも、そうとしか映らなかった。
次の瞬間には、すかーん!と音を立て、扉にカッターが突き刺さった。僕のブレザーの裾を巻き込んで。
「な……!」

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