[携帯モード] [URL送信]
手裏剣!?あんたは忍者か!とか、ぶっちゃけありえなーい、とか、言いたいことは無限にあったが、
歯の根が噛み合わず、かちかちと音を立てただけだった。
あれ、僕ここまでビビりだったっけ…?
あ…ヘタレ化……?
でもこれだと、どちらかと言うとヘボ化では…?
頭がぐるぐるになっている僕を当然無視して、長門さんはすたすたと近付き、カッターを扉とブレザーから引き抜いた。
大きく切れ目が入ってしまったブレザーを見て、長門さんは、
「後程修正を施す」
と言い、またも刃物を構えた。
それなら無精髭をきれいさっぱり取り除いて下さい。
長門さんの右腕が、再び大きく振り上がって、風を切り裂きながら僕の顔面目掛けて迫って来た。
もう、それ、殺ろうとしているようにしか見えない。とても髭を剃ろうとする動作ではない。
腰が抜ける要領で、足の力を一気に抜き、扉にもたれ掛かって背中を落とし、危機一髪で逃れる。体育座りの姿勢だ。
が、それも虚しく、すぱっ、ぱさっ、と嫌な音が続いた。
「あ」
カッターを手にした、通り魔予備軍の少女の唇から小さく声が漏れた。
はらはら、と僕の肩に何かが降り懸かる。
なんだこれ…血、ではないな…
「ストップ、ストーップ!有希、やり過ぎやり過ぎ!!」
涼宮さんが、がらくたの山から美術に使う画板を引っ張り出し、盾にするように僕と長門さんの間に差し込んだ。
肩に落ちた、細い糸のような物を摘む。髪の毛だった。
どうやら、体を落としたはいいものの、髪が体について来れず、逃げ遅れてしまったようだ、
と、そこまで考えて、僕は卒倒こそはしなかったが、へなへな、と体育座りから、
内股を床にべったり付ける体勢になり、今度こそ腰が抜けた。
「大丈夫か古泉くたばってないか古泉チビってないか古泉立てるか古泉」
彼が、彼なりに心配してくれている顔で僕の前に立つ。
トラウマのせいか、まだ些か混乱気味のように、僕の名前を連呼している。
てか、チビってはない!!ないったらないからな!そこだけは絶対譲れない!!
「ななな、長門さん…カッター、わたしに預けてもらっても…?」
朝比奈さんまでおどおどしながらも心配してくれている。
……みんな、ありがたいのだが、できればもう少し早い段階で助けて欲しかった…
びくつく朝比奈さんに、刃をしまったカッターを渡した長門さんは、
彼に並んで僕の前に屈んだ。
「済まない」
長門さんは淡々と言葉を紡ぐ。
「あなたがなぎさをだしに、私から逃れようとたのに憤りを感じ、
少しばかりの制裁を与えようとした。が、度を越してしまった」
ほんとにな。
…そこまでなぎさを使われたのが頭に来たのか…
ここで、彼女はひょこんと頭を下げた。
「…ごめんなさい」
「そうね、有希も反省していることだし、悪気があった訳じゃないし。
ね、古泉くん、許してあげて!」
全く、この人は寛大と言うべきか、大雑把と言うべきか…
実際、彼女がカッターで髪をちょんぎられたら、多分相手が誰であれ一生涯許さないだろうに。
はあー、と盛大に溜息をついて(それ位は優等生演技中の今でも許されるだろう)僕は力無く笑った。
「帰りに床屋に寄って、髪も髭も見れるようにします…
美容院だと、髭剃りは無理でしょうから」
「そうした方がいいわ。
古泉くんは爽やか美少年ポジションであって、無精髭が似合うワイルドタイプじゃないしね」
そう言って、涼宮さんは彼を暫くじっと見て、あんたも似合わないわね、きっと、と呟いた。
「立てる?」
長門さんが手を差し出す。
あっさりとその手に頼るのも情けないので、ぐっ、と力を入れて立ち上がろうと試みる。
が、腰が全く持ち上がってくれない。
「ちょっとキョン、古泉くんに肩貸しなさい」
「なんで俺が」
「あたしやみくるちゃんや有希じゃ力が足りないでしょ!」
「朝比奈さんはともかく、お前と長門はいけるだろ」
「はあ!?ふざけ――」
「私の責任。手出しは無用」
軽く口喧嘩になりかけていたふたりを長門さんが遮る。
そのまま彼女は強引に僕の膝を立てて体育座りにさせ、手を僕の肩と膝の裏に添える。
おいおいおいおいおいおい、これってまさか…
「世間一般で呼ぶ所の、お姫様抱っこに該当される」
「いやいやいや!何をさらっと!」
彼女の手を引き離し、そのままその手を押さえ付け、
足に力を入れると、火事場の馬鹿力か、ふらつきながらもなんとか立てた。
はー、危機一髪…
もう少しで男の面目丸潰れだった…
で、
「………」
なんで睨むんですか長門さん。

その日の団活動は、床屋が閉まらない内にと涼宮さんが僕に帰るように言い、
その途端、長門さんが本を閉じたので、じゃあ今日はこれでお開きね!といつもより早い時間で終わった。
「という訳で」
最後尾を、今日だけは長門さんと並んで歩き、僕は前の三人に聞こえないように少し声を落とした。
「帰りに床屋に寄るので、先に帰っていて下さい」
ポケットから部屋の鍵を出し、長門さんに手渡す。
ピッキングの現場を住人に目撃されるのは、なんとしても避けたい。
こく、と彼女は小さく頷いて、ポケットに鍵を滑り込ませた。
そのまま彼女は僕のブレザーの裾に手をかざし、その手が離れると、切り込みは塞がっていた。

「あいよ、坊や。お疲れさん」
そこまで髪が悲惨な目に遭っていた訳でもなく、ほんの少し鋏を入れただけで、元通りとはいかなくとも、
自分から言わなくては、切ったことすら団員以外は誰も気付かないと思われる程変化は見られなかった。
顎を支配していた不快感ともおさらばできて、
安堵と共にそのまま床屋の椅子に深く腰掛けたままでいたかったが、
携帯が着信音1を奏でたので、慌てて会計を済ませた。
Eメール一件受信。
定期報告せよ、とのことだった。


続く
「次回、花嫁修行危機一髪・完、お楽しみに!」
「あ?坊や、誰に話し掛けてんだ?」
「…あ、いえ、ひ、独り言です…どうかお気になさらず…」


あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!