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現実が遠ざかって行く。
時間の流れも限りなく緩やかに……否、ほとんど止まったも同然な程、それは実感を失っている。

10年前、と桃色の少女は言った。

己の命と引き換えに赤い少女を現実へと送り出した。
あれから少なからず時間は経過してるだろうとは覚悟していたが、その隔たりについては考えないようにしていたのに。

いくら何でも10年もあれば、見た目に変化が出てきて然るべきである。
ギャリーの場合それは成長ではなく衰退を意味する訳だが、肉体に衰えなど微塵も感じられない。

夢物語なら羨望の対象になる不老も、今この状況では絶望以外の何物でもないのに。



「…………嘘、でしょ……。」



青い青年は、驚愕と絶望の混じった眼差しで自らの薔薇に視線を落とす。
その様子を見て、黒い男性は訝しげに問い掛けてきた。

「オマエ、10年間もこンな所にいて何も感じなかったのかよ。」

「………寝てたのよ、……多分。 グレーテルと会う直前くらいまで。」

額を床に打ち付けて目が覚めた時の事を思い出す。
感覚的には日常の睡眠から目覚めた時のそれと何ら変わりはなかった。
おかしい事と言えば、通路に落ちていた青い花弁と、今自らが持つ青い薔薇の両方が存在していた事。

そういえば、落ちていた花弁は水分を失いきって干からびていた。 ちょっとやそっとの時間では、あそこまでは至らないだろう。
原型を留めていたのは、雨風に晒されず長い時間を経て静かに朽ちていったからだろうか。

そもそも何故、一度散った筈の薔薇が手元にある?

偽物ではないと思う。 実際ギャリーがダメージを受けた際、傷を負う代わりにこの薔薇の花弁が散っていった。
しかし当初からこの薔薇への違和感が拭えないのも事実である。

ぐるぐると終わりの無い輪を走るように思考が廻る。
青ざめた表情で絶句しているギャリーに、心配したグレーテルが声を掛けようとした。

だが何と声を掛けていいのか解らず、声は喉を通過することなく胸に留まる。
無論ジルベルトも気遣いの言葉など発する訳もなく、寧ろ不機嫌そうに「腑に落ちねェ」と呟いた。

その時、



ズ、ズ、ズ……



遠くで、何か重たい物が動いたような振動と音が聞こえた。





→ 「55」


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