グレーテルは本に気を取られて視線もそちらへ向くが、ギャリーは顔の痛みでそれどころではない。
とっさに鼻を抑える。どうやら鼻血は出さずにすんだらしいが、それでも痛いものは痛い。
右手で顔を押さえながら呻くギャリーに、ジルベルトは気遣いの『き』の字もなく質問を寄越す。
「オマエいつからここにいた?」
「……ってアンタ、人に物投げといて第一声がそれ?」
「いいから答えろ。」
相変わらずの傍若無人ぶりに、何を言った所で効果は期待できないと短い付き合いながらも解っている。
だが、頭で理解していても感情は別行動な訳で。
ギャリーは盛大な溜め息を吐くと、淡々と答えを述べて立ち上がる。
「少なくともアンタよりは前に迷い込んでるわね。 グレーテルと比べてもアタシの方が長いと思うわ。
あと、アタシからもひとつ。」
言いながらジルベルトに歩み寄ると、鼻先に人差し指を突きつけて厳しい声音に切り替えた。
「アンタ意思表現が幼稚すぎなのよ。 人の輪の中に入ってる間くらい協調しなさい。
何をしたいのか解らなかったら、こっちだって協力のしようも無いんだから。」
口調は変わらずとも迫力の籠った説得に、ジルベルトは一瞬意外そうに目を丸くする。
だがすぐに舌打ちをして顔を背けると、事の成り行きを見ているしか無かったグレーテルと目が合ってしまった。
いきなり目が合ってしまったグレーテルも驚いて目を丸くする。
どうしたらいいのか解らなかったのだろう、すぐ傍に落ちた本へと咄嗟に視線を移した。
そんな二人の様子を診ながら、ギャリーはジルベルトへと向き直る。
「……で? 何でアンタはそんな事を急に訊いてきたわけ?」
腰に手を当て、首を傾げて先程より柔らかくなった声音で問いかけると、ジルベルトは探るような視線を向けて思案する。
だが割とすぐに軽く溜め息を吐くと、頭を掻きながらグレーテルの傍の本を顎でしゃくって示した。
「……読ンでみろ。 」
「……ふぇ……?」
きょとんとした表情でグレーテルは呆けた声を出す。
目の前で口論が始まったと思いきや、蚊帳の外にいた自分が話題の渦にいきなり引き込まれたのだ。
脳内の状況処理が追い付かない。
とりあえず目の前に転がった本を手に取ってみると、表紙に『なりかわりのびじゅつひん』とタイトルが書いてあるのに気が付いた。
絵本であるらしいその本の表紙を開くと、子供がクレヨンで描いたような絵が現れた。