ギャリーの目の前で扉が勝手に閉まってから、一の半々刻先の出来事になる。
「よォ化物女。 待ってたぜ。」
左側の扉は開いていた。
黒い服の女が自分で扉を開けられない以上、開いている側の部屋へ向かうのは至極当然の事だろう。
それを承知の上で、ジルベルトは“わざと”扉を開け放しにしておいたのだ。
キャンバスや三脚椅子、その他アトリエにありふれた道具一式が敷き詰められた部屋の中央に、ジルベルトは腕と足を組んだ状態で不敵な笑みを浮かべて座っていた。
「オマエには借りがあるみてェだからなァ。 邪魔者もいねェし、目一杯返させてもらうぜ?」
言いながら立ち上がるジルベルトの表情は、ギャリーと行動しているときには見せない狡猾さと愉悦がありありと浮かんでいた。
「…………奥の方から、話し声……?」
一向に開く様子のない扉との奮闘を諦めたギャリーは、ふと誰かの話し声が聞こえた気がして部屋の奥に目を向ける。
この空間に迷い込んでいる人間がまだいるのだろうか。
そう思って目を凝らすが、仕切りになった壁の向こう側にいるらしくこちら側からは壁しか見えなかった。
ジルベルトの事が気にかかるが、こちらから打つ手が無い以上いつまでも扉の前に居座っていても仕方無い。
ギャリーは心を決めると、声のする方へと恐る恐る向かっていった。
―――うん、あはは。
笑い声が響いてきて、ギャリーは思わず身を強ばらせた。 今は笑い声が聞こえて良いような状況ではない。
ひとまず足を止めて、じっと聞き耳を立てる。
―――そうだね。 ずっとだよ。
聞き覚えのある幼い少女の声。
一瞬メアリーが頭をよぎったが、直感が違うと否定した。
大分感じが違うが、この声は…………。
―――でももうだいじょうぶ。 だって、
「グレーテルっ!」
確信を持って少女の名を叫びながら、勢いよく壁の向こうへと飛び出した。
その瞬間、目の前に飛び込んできた光景に絶句する。
そこには心配していた少女の姿が確かにあったのだが。
「ほら、迎えに来てくれた。」
そう言ってこちらを示すグレーテルの回りには、いつぞやの青い人形が夥しい数群がっていた。
『あまりに精神が疲弊すると
そのうち幻覚が見え始め……
最後は壊れてしまうだろう
そして厄介なことに……』