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「あ、花瓶だわ。 助かったー!」

悲惨な絵の具まみれの部屋を抜けた先は、広く空いた展示室のようだった。
小洒落たレストランじみた装飾の部屋には、ワイン系の美術品や食べ物が描かれた絵画などが飾られている。
その真ん中に置かれた丸いテーブルの上に、花が飾られていない水色の花瓶がひとつ、他の作品とは別にして置いてあった。
ギャリーはその花瓶の前まで歩いていくと、自身の青い薔薇を花瓶に差す。

「……あ、お花が…!」

立ち所に瑞々しさを取り戻した青い薔薇を見て、グレーテルが驚きの声を上げた。

「グレーテルの薔薇も活けてあげたら? まだ一回も水あげてないでしょ。」

手招きしながら提案をすると、同じようにしてピンクの薔薇を花瓶に差す。 すぐさま元以上の瑞々しさになった薔薇を見て、グレーテルは「わぁ…!」と目を輝かせた。

「薔薇を枯らしちゃう前に、小まめに水をあげないとね。」

言いながら部屋を見渡して、一番近くにあった美術品に目を止めた。



『ワインソファ』と題された大きな美術品。 見覚えがある。 イヴと共に行動していた時に見かけた作品だ。
座り心地良くなさそう、等と言っていた記憶がある。
その横のテーブルには『呑み込める闇』というタイトルの宵闇色をした液体が、黄色い球体等と一緒にグラスに注がれた状態で展示されていた。

「まるで星空みたいね。 これ飲めるのかしら。」

「……やめといたほうが、いいと思う……。」

グラスを覗き込みながら軽い気持ちで放った言葉に真剣な表情で諭されてしまったので、「冗談よ」と苦笑しながら次の作品に視線を移す。


『口直しの樹』という色とりどりのカラーリングでデコレーションされた木のオブジェは、美術館で見た記憶のある作品だった。 何となく千歳飴みたいな味を想像しながら、その脇にある絵を見やる。
ケーキとコーヒーが描かれた絵画は、目玉がたくさん居た部屋で見かけた絵だった気がする。 珍しくおぞましさを感じさせないその絵画からは、ほんのりとコーヒーの香りが漂ってきた。
「いい演出してくれるじゃない」等と突っ込みながら、その隣の絵に移る。
『苦味の果実』と題されたそれは、どこかで見た記憶のある絵画だったが、どこで見たかまでは思い出せなかった。

そのまま次の作品に移ろうとした、その瞬間。



グチャ



『苦味の果実』の絵の中からりんごのような形をした物体が落ち、その赤い塊は地面にぶつかり生々しい音を立てて潰れた。

「……………っうぇ……。」

「泣くの我慢してるわね、エライ。 だけど今のはアタシもビックリしちゃったわ……。」

絵の中から果実が消失しているのを確認して「これじゃ題名変えないといけないんじゃない?」と、気を紛らわせるために話を振ってみる。

「ね、新しいタイトルは何が良いかしら。」

しかしグレーテルは答えない。





少女はと言うと、ギャリーの後方を見ながら顔面蒼白になって固まっていた。





→ 「14」


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