[携帯モード] [URL送信]

今しがた書かれたばかりであるような生乾きの絵の具の匂いが、部屋に充満する。
それだけではない。 文字の端からは乾ききっていない絵の具が血文字の如く垂れ流れているし、天井からは雨漏りよろしく赤い滴がぼとぼとと落ちている。

籠ったようなカビ臭さと赤色の文字の暴力に、グレーテルは今度こそ涙を抑えきれなくなった。

「……もうやだぁ……。 怖いよぉ……っ!」

ギャリーとは違う意味で力の抜けた少女は、その場に座り込んで咽び泣いた。
わんわん声を上げて泣き崩れるグレーテルの姿を見て、ギャリーは過去の自分を思い出す。

(そういえば、アタシもここに迷い込んだときは事あるごとに驚いたり、精神的にキツかったわね……。)

それに比べると、今は随分と冷静になっているような気がする。
慣れてしまったのだろうか。 だとしたら慣れとは恐ろしいものである。
異常に慣れてしまうという事は、それを異常として認識できなくなるという事だ。
日常化した異常は危険信号の意味を成さなくなり、近く訪れる危険が察知できなくなる。

(この子までそうならないように、早く出口を見つけないと……。)

決意を新たにするものの、とりあえず泣き止ませない事には先へ進みようがない。
イヴと共に居たときには無かった苦労を感じつつ「仕方ないわね」と苦笑すると、ギャリーはグレーテルが抱いている人形の手を取り、目元まで導いてやる。



「“泣かないで、ボクがついてるよ”」



声音を作って人形を演じながら、溢れ出る涙を拭う。
目元に感じた人形の感触と耳に届いた気遣いの声に、グレーテルは泣き声を抑えて目を見開いた。

「せっかくの可愛い顔も泣いてちゃ台無しだわ。 ホラ、ウサギさんも心配してるわよ?」

ひらひらと手を振るように人形の手を動かしながら、ギャリーは「ねー?」とおどけた口調で、人形と話す仕草をする。
その様子をじっと見ていたグレーテルは、やがて小さく呟いた。

「……ごめんなさい。」

俯くように視線を下へ向けたグレーテルの頭を、今度は自らので優しく撫でてやる。

「謝らなくたっていいわ、怖いのは仕方ないもの。
 でも泣いてるだけじゃここから出られないのは、グレーテルも解るわよね?」

諭しながら訊ねると、小さな頭がこくり、と微かに頷いた。
ギャリーは撫でていた手を離すと「エライ」と褒めて立ち上がり、グレーテルに手を差し伸べる。

「じゃあ先へ進みましょうか。 早くこんな所とはサヨナラしたいしね。」

敢えてウィンクしながら人差し指を立てて、殊更明るく言い聞かせた。
グレーテルは差し伸べられた手と腕の中にある人形を交互に見やると、人形を片手に抱き変えてから、おずおずとその手を取る。
立ち上がった少女に、ギャリーは人形を演じながら笑って見せた。



「“大丈夫、ボクも一緒だよ”」





→ 「13」


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[グループ][ナビ]
[HPリング]

無料HPエムペ!