「はぁ、はぁ、はぁ……さすがに、しんどい…わ…。」
ぐったりとへたり込み、荒い息と同じ感覚で肩を上下させながら、ギャリーは切れ切れに言葉を紡ぐ。
担ぎ上げられていたグレーテルは疲労こそしていないが、罪悪感を感じているのか「ごめんなさい……」と、ギャリーを気遣っていた。
「ギャリーさん、手…かまれちゃったの、大丈夫…?」
「あはは、大丈夫よ。 ちょっと痛かったけど、傷もついてないわ。」
そう言って見せた右手は、咬まれた筈なのに傷痕が一切ついていなかった。
その代わり胸に差した青い薔薇の花弁が二枚、音もなく千切れ落ちたのを、グレーテルはしっかりと目にする。
「…お花の花びら、落ちちゃった……。」
「そうね……。 でもグレーテルが途中で助けてくれたから、これ以上は減らなかったわ。 アリガトね。」
予期せぬお礼を言われ、グレーテルは赤くなってウサギの人形に顔を埋めた。
白い通路に掛けられていた怪物の絵。
ひとつひとつを注視していたギャリーはその中の一枚にだけ、口の奥に白い鍵が描かれていたのを発見した。
手を突っ込めば取れそうな位置だが恐らく咬まれるだろう事は予測できたし、取れたとしてその後もただで逃げられそうに無いのは今までの経験から解っていた。
出来るだけ怖い思いをさせないようにグレーテルに耳を塞がせ、人形を頭の上に避けることで咄嗟に抱き上げて逃げられるように予め指示を出して、後の展開は見ての通り。
(思ってたより行動力があったと言うか……。)
何かと泣いているような少女がまさか、追い掛けてくる絵画相手にあのような行動に出るとは予測できなかった。
獣だからなのか絵だからなのかは解らないが、火に弱いと判断しての手助けは非常に大きかった。 正直に助かったと言える。
だが。
「ここでは、火は厳禁なのよね………。」
「……え?」
ギャリーが呟いて、仰ぐように視線を上げた。
同じようにグレーテルが部屋を見渡して、引き攣った短い悲鳴を上げる。
入り込んだ部屋には、赤い絵の具で部屋いっぱいに“火気厳禁”という文字が書きなぐられていた。