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ほんの少しだけホコリっぽい室内も、やわらかい西日が差し込む窓辺も、あの時から何も変わっていない。

ただ一つ、変わったのは、それを取り巻く自分達の環境だけ。



「どんな本を探しているの?」

不意に掛けられた声音に、スズネは危うく踏み台からバランスを崩しそうになった。


「…シェイル様」

「よく、主人の許可もなしに、部外者をライブラリーに招き入れたね」

彼にしては、珍しく痛烈な言葉。


「……申し訳ありません」

ゆっくりと近付いてくる彼の足先を見つめながら、スズネは小さく謝罪した。


「弁解しないの?」

探るように、シェイルが問いかけて来る。

「…‥正直に申し上げていたら、許して頂けていましたか?」

大理石の床に伸びた二人の影が、音もなく重なりあった。


「いいや」

吐息が触れ合う距離にまで接近したシェイルと、スズネの強い黒曜石の瞳がぶつかる。

「……っ」

咄嗟に胸を押して飛び退いた彼女の手首が、強い力で掴まれた。

踏み台に乗っていた為に、逆転していた目線の高さが、一気にいつもの上下関係に戻る。


「嘘だよ、怖がらないで」

「……」

クスクスと忍び笑いをこぼす彼の顔を、スズネはまともに見れなかった。

何度も経験しているから、分かる。
これは、この雰囲気は、あまりいい兆候ではなかった。


「……は、なして下さい」

痺れるほど握られた手首の骨が、悲鳴をあげる。


「嫌だ」

「シェイル様…っ…」

この彼≠よく知っているからこそ、スズネは冷静さを保っていられなくなった。

今の彼は、嫌な彼≠セ。自分の心をかき乱す、穏やかな水面に波紋を広げる、いつもの自分を自分でなくす……大嫌いな彼≠セ。


「…‥本当、面白くない」

何が、とは聞けなかった。

ただ、静かに離れていく彼の温もりと、胸を突いた鋭い棘のようなものが、重たい鉛となって身体の底に沈んでいった。



「…で、本当にアダムは何の用でここに来たの?」

今度は、紛うことなく、アスコット家のいち主人としての問いかけ。


「……答えられない?」

自分は、それに答えなくてはいけないはず。

なのに、


「…───、」

「なるほど。言えない、か」

どこか寂しそうに、 非があるのは自分の方なのに、それ以上責め立てようとはせず、ゆっくりと踵を返していく彼の後ろ姿をぼんやりと見送る事しか出来なかった。


どうして、卑怯だ、こんなの。
いつもそうやって、自分の心に大きなしこり≠残していく。



「──…っ」

気付いたら、走り出していた。よくよく、考えている暇なんてなかった。

ただ、あの時=w行くな』と言った彼の声が、頭から離れない。
引き留められた腕の強さに、何かが弾けてしまいそうだった。



「やっぱり、追いかけて来た」

「……!」

部屋を飛び出した瞬間、まるで待ち構えるように立ちはだかっていた彼の姿に、スズネは目を見開く。


「今度は、君の番だもんね」

見つめてくるその瞳はどこまでも優しいのに、何故か抗うことが叶わない。





(どうしてだろう、

彼といると、こんなにも心が乱される──…)




2010.11.26

あとがき
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